44話「よい夢を」
給仕メイドたちの手によって、傭兵たちの前に立て続けに料理が運ばれてくる。見たこともない食材の山に、ソウジの胸は躍った。
「これってなんですか?」
「マンドラゴラとソラナスのサラダですね。マンドラゴラには魔素も栄養素もたくさん含まれていて、健康に良いんですよ」
イルは、菜っ葉にくっついた茶色い塊をフォークで持ち上げて見せてくれた。マンドラゴラといえば叫ぶような顔がついていることで有名だが、たしかに顔のように見えなくもない。もっともソウジには、叫んでいるのではなく笑っているように見えた。
「これは美味しいマンドラゴラね。株についている顔が笑っているかどうかで見分けるのよ」
カナエはそう言うなり、イルが持っているフォークにそのままかぶりつき、そのマンドラゴラの欠片を一口で食べてしまった。
「あっ、ずるい!」
「ずるいなんてぬるいこと言ってると、全部取られてしまうわよ?」
カナエは不敵な笑みを浮かべると、ナプキンで口を拭いた。たしかに、屈強な傭兵たちの食いっぷりはすさまじい。その勢いに負けじと、ソウジも皿に料理をどんどん盛って口に運んでいった。
ところで、ソウジにはずっと気になっていることが一つあった。イルの食事がどういう仕組みになっているか、ということだ。宿屋に一泊したときや傭兵協会でカナエと出会ったときにも同じ疑問を抱いたが、良いタイミングがなかったため聞きあぐねたのだった。ソウジはイルの食事風景を一度ちゃんと見てみたかった。
イルは小食で、飲み物は口にするが食べ物はあまり手に取らない。いまはどうしているかというと、手に持ったベリー酒のグラスを時折ちまちまと口に運んでいる。不思議なことに、内蔵にあたるものが全くないにもかかわらず、イルが飲み下したベリー酒が下に垂れてくることはない。
「失礼かもしれないんですけど、イルさんの体ってどうなってるんですか?」
イルは白骨の指で自分の口を指差すと、かたかたと歯を擦りあわせて少し笑った。
「ああ、これですか? 死骨が飲み込んだものは頭蓋骨などの内部空間にしばらく滞留し、マナとして分解されていくのですよ。搾りかすが少し残るので、それは後で排出することになります」
「じゃあ、いま骨が割れたらベリー酒が溢れてくるんですか?」
「そうだと思うわよ。やってみる?」
ソウジが何の気なしに放った質問にカナエが真顔で答えると、イルは自分の頭蓋骨をかばいながら必死に背を丸めた。
「怖いことをおっしゃらないでください! 合ってはおりますが!」
「大丈夫、冗談よ」
カナエはイルの背中を優しく叩いたが、意地悪そうに笑っていたため、イルはさらに怯えていた。先ほどイルが自分のことを心配してくれなかった意趣返しということなのかもしれない。
宴もたけなわ、メインディッシュであるメーモ肉のソテーがついに登場し、ソウジにはそれがいままで食べた料理の中でもいっとう美味しく感じられた。たれに含まれるスパイスの香りが鼻をつき、肉を噛みしめるたびに閉じ込められている旨みが染みだしてきて、口の中を包んでくれる。
肉食魚ピラティアのムニエルやマール木片の酒漬け、フローズンスパイダーの糸とソウルベリーで作ったパフェなど、その他の料理も食べたことのない味ばかりだったが、とても美味しかった。
魔界的な感覚でいくと、どれも貴重な食材や手間のかかる調理法を用いており、かなりのご馳走らしい。傭兵たちが目をギラつかせて食べまくっていたから、実際そうなのだろう。食べ残しが出ることもなく、全員がほぼ完食するという状態になっていた。
「よう、ソウジ。食ったか?」
食事も一通り落ち着き、談笑の時間に差し掛かった頃、トニーたちが声をかけてきた。イルは初対面のため、いかついトニーたちの容姿に少々ビビっているようで、両目の青い炎をちかちかさせながら、ソウジの斜め後ろに身を退いた。
「イルさん、大丈夫です。さっき話に出たトニーさんたちですよ」
「おお、あんたが参謀のイルさんか! たしかに、打撃にゃ弱そうな体だな」
死骨であることを知ってあえて言っているのだろう。歯に衣着せぬ物言いがトニーの長所でもあり短所でもあるが、今回は裏目に出たらしく、イルの動きはどこかぎこちない。
「俺たちゃ二魔で一魔の『交わる腕』! 俺がトニーで、こいつが相棒のイアン!」
「よ、よろしくなぁ」
このちょっと暑苦しい名乗り口上は、どうやら毎回やる決まりらしい。それから、ソウジたちと出会ったときよりだいぶ繊細な手つきで握手を交わすと、その心遣いにイルも少しは心を許したらしく、ようやく面と向かって対話することができるようになった。
「貴方がたのおかげで、ソウジ様たちが倒れずに済んだと聞きました。どうもありがとうございます」
「いいってことよ。力のある方がたくさん力を使うってのが、道理に適ってるだろ?」
「お、俺たち、ムキムキだからなぁ、か、軽いってもんよ」
イアンは腕をまくると、力こぶを見せた。太い腕が毛に包まれていることでさらに男らしさを引き立てている。これほど鍛えるまでにはだいぶ苦労しただろうな、とソウジは感心した。
そのとき、イアンの腕が力なく垂れ、よろけた。トニーが体を支える。
「おいおい、大丈夫かよ」
「ちょ、ちょっと疲れたみたいだ。あ、頭が、ふらふらする」
片手で目元を苦しそうに押さえるイアンに苦笑するトニーだったが、今度はそのトニーも体勢を崩してしまった。そして二魔はバランスを失い、もつれ込むようにして地面に倒れ込んだ。
その滑稽な転び方に思わず笑ったソウジたちだったが、全く立ち上がれないトニーたちを見て、さすがにおかしいと気づいた。
「くそっ、これは……なんだよ畜生」
「た、立てない」
周囲を見渡すと、トニーたちと同じように地面に倒れこんだり、机に突っ伏したりする魔族たちが大量に発生していた。ソウジ自身も意識が若干もうろうとし始めている。ソウジに関しては、アルコールを全く飲んでいないにも関わらず症状が発生していることから、飲みすぎが原因でないことは明白だった。
カナエがソウジとイルに向かって何かを発言しようとしたとき、ジューダスのアナウンスが室内に大きく響き渡った。
「みなさま、異常な事態が発生しております。落ち着いて行動してください。急病者の方々は、スタッフが看病に向かっておりますので、その場で待機なさってください。それ以外の方は、声かけや移送のお手伝いをお願いいたします」
ソウジが力なく横たわるトニーたちに声をかけていると、すぐに担架がやってきた。衛兵たちと協力して担架の上へ持ち上げると、トニーたちは呻きながら室外へと運ばれていった。
ただでさえ疲労している上に意識が遠のいてきたため、ソウジは心地よい睡魔に襲われているような感覚に陥った。やがて重力に耐えきれなくなり、床にべったりと伏したソウジは、すぐそばに倒れ込んだカナエとイルの姿を瞳に映しながら、昏睡の暗闇へと誘われていった。




