42話「世界一のバカ」
グループメンバー全員が面識を得たところで、ちょうど新たな指示が下され、ソウジたちは荷物置き場へと移動した。
屋敷からしばらく歩くと、くすんだ灰色の建物が立ち並ぶ区画へと到着した。
道路の石畳と異なり、地面はコンクリートのような硬く黒い物質で平らに舗装されており、どの建物のシャッターにもラッシマ財団のロゴが印字されている。どうやら、ラッシマが保有する倉庫群のようだった。
先導していたスタッフは立ち止まると、シャッターが上がっている一棟を指し示し、傭兵たちをそこへと向かわせた。
そこには、想像以上に大きなサイズの金属製の箱が山のように積まれていた。貨物コンテナとまではいかないが、ソウジのみぞおちくらいまでの高さと幅がある。腕で押してもびくともしないところを見ると、箱の重量は相当のものだった。
これらを全て屋敷の前まで運べ、ということらしい。倉庫の周囲を見渡しても、特に運搬用の車両や道具があるわけではないようだった。
トニーは大きな通る声で、近くに立っていた誘導係の衛兵へと呼びかけた。
「おいスタッフさんよ。こんな馬鹿でかい箱、一体何が入ってんだよ? 俺たちに素手で運べってのか?」
「武器だ。それ以上のことは言えん。いいからさっさと運べ」
ぶっきらぼうに返す衛兵を見て、暖簾に腕押しだと悟ったのか、トニーは肩をすくめながら戻ってきた。傭兵たちは仕方なく、作業を開始することになった。
ソウジたちは、掛け声をかけて四魔で一気に箱を持ち上げた。
二魔の貧弱そうな体格を見て配慮してくれたのか、トニーとイアンは自分たちの側に箱をかなり傾けてくれている。それでもなお、体がきしむのを感じつつ、箱を落とさないようにゆっくり慎重に運んでいった。
ソウジが運んだことがある一番重たい物といえば、体育の授業で使うサッカーのゴールくらいのもので、ここまで重い物を運ぶというのは生まれて初めての経験だった。
辛くも一箱を運び終えると、ソウジはすぐに戻ろうとするトニーとイアンを急いで引き止めた。
「すいません……ちょっと休憩していいですか……?」
「私も、少しだけ……」
箱をすでに地面に降ろしたあとだというのに、まだ全身がビリビリしている。カナエも弱音は吐かないものの、見るからに辛そうな顔をして息をあげている。
一方のトニーたちはというと、汗一つかいていなかった。イアンは心配そうにしながら、膝に手をついてうつむくカナエの背中をさすってやっている。トニーは二魔の醜態を眺めて苦笑しながら言った。
「ああ、構わねぇぞ、若いの。15カウントな」
「うげぇ……」
「まだ一個目じゃねぇか! 気合い入れていくぞ!」
トニーに背中を強く叩かれるとともに大声で発破をかけられ、ソウジは辛いながらもうなずいた。わずかな休息の後、ソウジたちは再び箱を持ち上げ、屋敷の前へと運搬していく。
往復を二度三度と繰り返すうち、体力が奪われてどんどんつらくなっていく。想像以上の重労働に、トニーたちの当初の陽気さも次第になりを潜めていった。
他の傭兵たちも同様に苦しんでいるようで、痛みにあえいだり、苦悶の表情を浮かべたり、中には立っていられず地面に屈みこんでしまった者までいた。
しかし、ソウジの心は決して折れなかった。これはロスタルカに来て最初の任務だ。ここで諦めたら、これから行く旅の途中で起こるどんな出来事にも手を抜いてしまいそうな気がして、ソウジは最後まで踏ん張ろうと決めていたのだった。
気が遠くなるような奮闘の末、傭兵たちはようやく大量の箱を運び終えることに成功した。気づけば、空に輝く二つの星がすでに地平線へと落ち始めていた。
「やったね、カナエさん……」
「ええ……そうね……」
他目もはばからず地面に倒れ込む二魔に、トニーは呼びかけた。
「おう、お疲れさん!」
「だ、大丈夫か、お嬢? こ、こ、これ、飲めそうか?」
見ると、トニーたちはそれぞれ透明な液体の入った瓶を両手に一本ずつ持っている。ろくに動けないソウジたちのために、すぐそばのテントで貨物運搬を終えた魔たちに向けて配られている水を取ってきてくれたようだった。
ソウジたちは上体を起こすと、その恵みの水で乾ききったのどを潤した。トニーたちも同様にぐびぐびとあおっている。生き返ったような心地がして、ソウジはほっとため息をついた。
「二魔とも、なかなか根性あるじゃねぇか。最初はただ生っちょろい新入りだと思ってたが、見直したぜ」
「お褒めいただき光栄だわ」
「ロスタルカで五本の指に入る強い奴に会いに行かないといけないんでね。この程度で根を上げてたら、とても会えませんから」
それを聞いて、トニーはぴくりと眉を上げた。イアンは困ったように頬をかき、真横に座っているカナエはその言葉になぜか驚いて、口に含んだ水を吹き出した。
「どういうことだソウジ!? そんな話、初めて聞いたぞ!」
カナエは般若のような形相でソウジをにらみながら、両肩をつかんできた。あれだけ消耗した後だというのに、どこにそんなエネルギーが残っていたのか、ものすごく強い握力だった。トニーも、驚きを禁じえない様子で口をはさんできた。
「まさかあんた、四天王に挑もうってのか!?」
「違いますよ! ただ“冷火妃”に聞きたいことがあるので、そのために」
泡を食っているソウジだったが、カナエはそれを見て気兼ねする様子もなく、間髪入れずに尋ねた。
「聞きたいって、何を?」
真剣な表情で見つめてくるカナエに、ソウジはたじろいだ。「意識だけが偶然呼び寄せられた別世界からの来訪者で、元の世界に帰る方法を探している」などという妄想みたいな内容をそのまま言うわけにはいかなかった。
ソウジは考えあぐねて、なんとか言葉をひねり出した。
「あまり上手く説明できないんですけど……まだ誰も解いたことがないような難問の答え、ですかね」
それを聞くと、トニーはげらげらと笑い出した。イアンもつられて小さく笑っている。
カナエはその返答の真意をつかみかねたらしく、眉をひそめつつ首をかしげると、ソウジの肩から手をそっと放した。
「力試ししようっていう命知らずのバカは度々現れるが、謎かけしに行くってやつぁ初めてだ! おとぎ話に出てくる迷宮の門番じゃねぇんだぞ! ひーっ、腹が痛てぇ!」
「し、四天王っていうのは、簡単には会えないんだぜ、ソウジ」
「分かってます。それでも、会って聞かなきゃいけないんだ」
ソウジは確固たる意思を持ってそう呟いた。トニーはその真剣な眼差しを見て気分が変わったのか、笑い泣きであふれた涙を指でぬぐい、急に真顔になると、ソウジの左上腕を右手で大きく叩いた。その衝撃によって、酷使された筋肉が痛みを発し、ソウジは思わずあえいだ。
「世界一のバカになれ、ソウジ。好きなだけ聞いてこいよ。そんでもって“冷火妃”とどんなこと話したのか、酒のつまみに教えてくれ」
「と、とびきりうまい酒が飲めそうだな、相棒」
そう言って笑い合うトニーたちに、ソウジは強く言い放つ。
「ありがとうございます、トニーさん、イアンさん。俺、絶対やり遂げます」
互いに握手を交わすソウジたち。気持ちを新たに、旅の目標をしっかりと見据えることができたような気がして、なんとも心地がよかった。
一方、カナエはどういう心境なのか、特に何か言うことはなく、神妙な顔でソウジの横顔をじっと見つめていた。




