41話「交わる腕」
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ソウジとイルは、同じ任務を受けた他の傭兵たちとともに、ラッシマの屋敷前の広場に集合していた。
予想していた頭数を大幅に超える魔が集まっており、ソウジたちは驚いた。魔族には様々な種族がいるため、バラバラな容姿の者が一堂に会することによって、ソウジは現実世界では感じたことのない特殊な一体感に包まれていた。
「彼らに対して失礼な発言になっちゃうかもしれないんだけど、傭兵ってこんなに必要な職業なんですか?」
イルは待ってましたと言わんばかりに、流暢に語りはじめた。
「現在いるほとんどの傭兵は戦闘以外の依頼も受注する便利屋のような存在ですから、色々な場面で重宝されることが多いですね。それとソウジ様は幸運なことにまだ出会っておりませんが、盗賊や魔物などに道中遭遇することもありますので、護衛の需要も高いんですよ」
魔物なんてゲームや漫画のような作り物の中でしか聞いたことがない単語だった。本当にファンタジーの世界みたいだなとソウジは今更ながら思った。もっとも実際に会うのは危険そうなので、できれば御免被りたいところだ。
そんな風にイルと話していると、聞き覚えのある声が呼びかけてきた。
「待たせたな」
「あっ、カナエさん! 見違えましたね」
「お、そうか? より凛々しくなっただろう」
カナエはにやりとすると、腰に左手を当てて堂々と胸を張った。その動作に合わせて、肩にかけている荷物袋が軽い衣擦れの音を立てる。
「口調まで変えちゃって、すっかり騎士の気分ですね」
「えっ? あっ……そ、そうね。着替えたらそんな気分になったのよ。おほほほ!」
今度は手の甲を口の横に当てて、高笑いしている。どうやらまだアルコールが抜けきっていないようだ。最後に別れたときにはだいぶ飲んでへべれけになっていたので、それも仕方ないだろう。次からはお酒は控えめにしてもらおう、とソウジは思った。
ほどなくして、屋敷の正門の前に設置されている演説台に誰かが登った。拡声器を片手に持って黒い執事服を着た、姿勢の良い飛鳥だった。
ソウジは彼の姿に見覚えがあった。ハブ・プロットルで幾度となく顔を合わせたのだから、忘れるはずもない。イルもどうやら同じことを思ったようで「あっ」と声を上げた。
その飛鳥は傭兵たちに呼びかける。
「皆様、お集まりいただき誠にありがとうございます。今回、全体の指示を務めさせていただきますジューダスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
ジューダスはメガホンをくちばしから外すと、深々と会釈をした。それから頭を上げ、もう一度呼びかける。
「これから、班に分かれて行動していただきます。重い荷物を運べる方は私に向かって右手へ、重いものを持てない方は左手へお集まりください。その後は、下に立っているスタッフ各員の指示に従ってください。それでは行動を開始してください」
ジューダスがメガホンを下ろし、演説台から降りると、早速スタッフからの呼びかけが始まった。
「私は重いものを持てませんので、お二魔で右の方へ向かってください」
死骨という種族は体が脆く、あまりに重量のある物を持つと、関節が外れて大変なことになるそうだ。ソウジとカナエはうなずくと、傭兵たちの群れに紛れていくイルを後にして、重い荷物を運ぶグループの集合場所へと加わった。
やがて魔たちは縦四列に並ばされ、スタッフがそれを横に一段ずつ区切っていった。どうやら四魔一組で貨物を運ぶということらしい。
ソウジとカナエは隣同士に並んだため、別のグループになることはなく、残り二魔の見知らぬ魔と一つのグループを形成することになった。
スタッフの待機指示に従ってその場にじっと立っていると、同じグループになったうちの一魔がさっそく気さくに話しかけてきた。
「よう、あんちゃん。よろしくな」
ソウジの肩に軽く左腕を回すと、赤毛の嗅豚は渋いだみ声でにこやかにそう言った。
街中でよく見かける嗅豚とは異なり、彼の体には脂肪があまりついておらず、茶色いチュニックの袖から出ている傷跡が多く残る腕は健康的に引き締まっている。優しく接しながらも隙のないその雰囲気を肌で感じ、この魔界においては全くの世間知らずであるソウジでさえ、彼がやり手の傭兵であることは理解できた。
ソウジは気圧されながらも、お互い立場は同じなのだからあくまで対等に返答しようと思った。
「ああ、少しの間だけどよろしく」
ソウジがそう言って冷静に左手を差し出すと、彼はソウジの肩に回した腕を下ろし、少し感心した様子で握手を返してきた。
「見たところ若そうだが、物怖じしないところは嫌いじゃねぇ。相手を見て態度を変えるようなへっぴり腰は、傭兵として風上に置けねぇからな。なぁ、相棒?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。こ、こ、こんなマブと一緒に仕事できるなんて聞いてなかったからよ、その、浮ついちまって」
相棒と呼ばれた青毛の剛熊は、カナエの方をちらちらと横目で見ながら顔を両手で隠している。カナエが呆れ顔で見返すと、その剛熊は恥ずかしそうに顔をこちら側へ背けた。傭兵嗅豚は深いため息をついた。
「ったく……いま言ったことが嘘になっちまうだろうが。いい加減、女に慣れたらどうなんだ?」
「そ、そうは言ってもよぉ……お、俺は男兄弟で育ったもんだから、おおお、女って生き物をどう扱ったらいいか分からねぇんだよ」
いつまでも落ち着かない様子を見てイライラしたのか、嗅豚の男は相棒の剛熊の左上腕をつかんで手荒く引き寄せた。
「手の平に鼻クソでも練りこんで握手しときゃいいんだよ。同業なんだからかしこまるこたねぇって、いつも言ってるだろう」
剛熊の男は慌てて首を振ると、着ている灰色のズボンの尻の部分に両手をごしごしと擦りつけた。もちろん、実際に鼻クソが練りこまれていたというわけではなく、手のひらの脂や汗を拭きとろうとしているようだった。
「そ、それはできねぇ! そ、そんな汚ねぇやつと一緒にいんのは、嬢ちゃんだって嫌だろ?」
突如カナエの目つきが変わり、あたふたする剛熊の男に詰め寄っていくと、その顔を両手で臆面もなくつかみ、自分の顔の方へと向けさせた。そして両目をじっとのぞき込む。
「『嬢ちゃん』とは聞き捨てならないわね。せめて『お嬢』と呼んでちょうだい」
「は、はい、お嬢」
それ以上の言葉を発せず、ろくに格好もつかないままカナエに強引に握手された剛熊の男の情けない姿を、嗅豚の男は豪快に笑い飛ばした。
「こりゃいい薬だ! もっと可愛がってもらえよ!」
「か、か、堪忍してくれよぉ」
背中を強く叩かれ、剛熊の男は泣きそうになりながら音を上げた。
「そうだ、まだあんたらの名前を聞いてなかったな」
「申し遅れました、我々はギルド『天翔ける鴉』。私はカナエ、こちらはギルドマスターのソウジ」
カナエはさらりと紹介を終えると、ソウジの後ろへ瀟洒に退いた。そのあまりに流麗な言動にソウジの出る幕はなく、慌ててお辞儀をするしかなかった。赤毛嗅豚たちはそれに対し、陽気に返してきた。
「俺たちは二魔で一魔の『交わる腕』! 俺がトニーで、こいつはイアンだ!」
「よ、よろしくなっ」
二魔は右腕を曲げ、互いの肘の裏がくっつくように交差して腕を組んだ。豪気なトニーに臆病なイアン、それらの対照的な性格が上手くかみ合っているように見えて、とても印象的だった。




