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40話「転身」

◆◆◆


 カナエ・フォーゲルは、さっきより少しだけ重くなった体の動かし方を思い出しながら、路地を歩いていた。

 思ったより着替えるのに時間がかかってしまったが、幸いなことに集合時刻にはまだ若干の余裕がある。しかし早めに着くに越したことはないから、知られざる裏道の短縮ルートを通っているのだ。


 この革鎧を身にまとうと、嫌でも思い出すことがある。


 つい先日、国立騎士学校の入学試験を終えたカナエだったが、結果は見事落第。筆記はそこそこよかったのだが、実技試験で振った剣が手からすっぽ抜けて、試験官の顔の数インチ横の壁にぶっ刺さるという大ポカをしてしまい、王国騎士としての夢はあえなく散ったのだ。


 落胆しつつも来年こそはと奮起するカナエに、カナエの母は「これから仕事はどうするの?」というキツイ一言を突き付けた。そして小一時間の壮絶な喧嘩の末、カナエは自分の魔術の知識や戦闘技術を活かせる職業としてぴったりな傭兵を選び、望まぬデビューをしたのだった。


 もちろん、ソウジたちとの素敵な出会いがあって、傭兵になったからといって損ばかりするわけではないということは分かった。しかしそのことと、今までずっと目指していた目標がまた一歩遠のいたことにより感じる悔しさとは、全く別の問題だ。


「あー、あのときちゃんと剣を握っておけばなぁ。私って昔から本番に弱いのよね……絶対外れないように予め紐で縛りつけとくとか?いや、その時点で適正なしって落とされるだろうなぁ」


 失敗した瞬間のしーんと張りつめた空気や脳天まで響く鼓動の音が未だに忘れられず、思い出してうじうじと悩むカナエに、路地裏の方から声が聞こえた。


「もし、そこの方」


 ふと振り向くと、フードを深く被った怪しげな(マギ)が、魔通りのない小さな空き地で椅子に腰掛けていた。

 手前には紫の布をかぶせた低いテーブルが置いてあり、その魔はテーブル上に置いてある透明な水晶に手をかざしている。占い師の出稼ぎといったところだろうか。街中では比較的よく見かける光景だ。あまり客が寄り付かないところも含めて。


「もし、カナエさん」


 その女は明らかにカナエに向かって手を招いていた。

 カナエは占いや神託のようなオカルト的要素の強いものを信じやすく、そういう類の商法には気をつけた方がいいと親や知り合いから散々言われているので、警戒するようにはしているのだが、今回は初対面にも関わらずなぜか名指しで呼ばれたということもあり、気まぐれからその占いブースへ近づいていった。


 占い師はカナエがテーブルの前に立ったのを見ると、想定通りと言わんばかりにニヤリと笑った。


「なぜ私の名前を?」


「あたしゃ占い師ですよ、それくらいのことならすぐに分かる。あなたの年齢は182歳で、出身はクーホルン。ギルド『天翔ける鴉ライジング・レイヴンズ』に所属したばかりの新魔(しんじん)傭兵。そうでしょう?」


「すごい……!」


 カナエはその一言を聞いて、占い師への信用度を急激に高めた。まさか、出会っただけでそんなに細かいプライベートな情報まで分かるなんて。これなら期待していいかもしれない。


「貴女は今、大変な苦境に立たされている。そうですね」


「えっ? ああ、はい。大変とまで言えるかは分からないですけど、結構悩んでます」


「私が占ってしんぜよう。お代は結構です。強いて言えば、貴女と対話することそのものが立派な対価ですよ」


 要は無料ということだ。もしかしたら、あまりに売れないのでリピーターを増やそうとしているのかもしれない。

 とはいえ、こういうサービスは今まで一度も利用したことがないし、少しつまずいてしまった自分の魔生(じんせい)の、歩むべき次なる一歩を占ってもらうのも悪くはないだろう。


「じゃあ、お願いします」


 占い師はサイズの合っていないぶかぶかのフードをまくると、細い両の腕を出し、カナエの手を握った。細長い中指に光る銀のリングがとても印象的だった。


「では、貴女の体を少々お借りするが、よろしいか?」


 体をお借りするというのはつまり、手を見せてくれというような意味合いだろうか。妙な言い回しをするなぁとカナエは思ったが、それも占い師としての雰囲気づくりの一環だろうと思い、快諾することにした。


「はい」


 そう返答するなり、カナエの体の芯から力がどっと失われた。比喩ではなく、『力』という言葉が示す通り、体力、魔力、気力など、ありとあらゆるパワーが急激に失われていくという感覚だった。


「あ、あれ……」


「どうかしたかな?」


 まるでひどい風邪でも引いたような強烈な倦怠感に見舞われ、思考がボーっとしてきた。カナエは倒れ伏しそうになるのを必死にこらえながら、不敵な笑みを浮かべ続ける占い師をにらみつけた。


「あなた、何かしましたか……?」


「したと言えばしたな。会話して、手を触った。それだけだ」


「そんな屁理屈、通じるわけが……うっ」


 占いテーブルに手をついたカナエだったが、体重を支えるだけの力が残っておらず、肘が折れて前のめりに突っ込んでしまった。体勢をなんとか立て直そうとするものの、膝が笑ってしまい、上手く立っていられない。

 そのうち、まるで飲みすぎた酔っぱらいのように尻餅をついて座り込んでしまった。それに伴い、カナエが手を突っ伏していた占いテーブルも豪快に倒れる。カナエが地面にくずおれた衝撃で、カナエの腰に下がっている剣とその鞘がぶつかり合い、がしゃりと鈍い音を立てる。


「おやすみ、新米傭兵殿。気が済むまでぐっすり眠るといい」


 占い師は気絶したカナエを脇から抱えて持ち上げると、近くの壁に優しくもたれかけた。それから、カナエの頬をつねって十分に意識を失ったことを確認すると、自分が身につけていた暑苦しいフードを粗雑に脱ぎ捨てた。


「全く、魔王に出会うにも一苦労だな」


 ウェイダは右手から放った炎でエセ占い道具を跡形もなく燃やし尽くすと、左手の中指にはめた指輪に手を当てた。


「転身、カナエ・フォーゲル」


 すると、指輪から生み出されたマナの奔流がウェイダの全身を包み込む。数秒が経った後、そこには元いたウェイダの代わりにカナエ・フォーゲルが立っていた。

 もっとも、着衣までカナエが身につけているものに変化したわけではなかった。へたり込んでいる軽装備のカナエの隣に普段着のカナエがもう一魔(ひとり)立っているという、とても奇妙な状況になっている。いま誰かに見られたら、双子だと勘違いされそうだ。


「意識障害なし。着衣状況下の実体生成プロセスに関しても、概ね問題はなさそうだ。同種族間の肉体遷移は成功と言っていいだろう。毎回着替えねばならんところが面倒だが――」


 無事カナエに変身したウェイダは、床に脱ぎ捨てたフードをもう一度拾い上げると、自分とカナエの姿がすっぽり隠れるようにして上から被せた。そして、何やらもぞもぞとフードの中で(うごめ)き始めた。着衣のずれる音、軽い金属音、籠る吐息などが、薄暗い路地裏に怪しげに響く。


「我よりもずいぶんと出るところが出ているではないか! ま、別に悔しくはないがな……」


 やがてフードの影から出てきたのは、革鎧を纏ったカナエだった。

 もう一魔のカナエは、ウェイダの着ていたものを身につけて、被せられたフードの下で静かに寝息を立てている。()()()()()()()()を持つウェイダのジャケットやショートパンツは、カナエの体のサイズにはあまり合っていないようで、伸縮性のない革素材でできていることもあって、全体的にぴっちりして見えた。


「お前の姿、しばらく借りるぞ」


 革鎧のカナエは路地の隅に置いていた道具袋を手に取ると、金貨を数枚取り出し、眠っている方のカナエの手にそっと握らせた。アイデンティティを勝手に使わせてもらう慰謝料と口止め料にしては、これでもまだ少なすぎるかもしれない。


 それから、数ヶ所に描いてあった(マギ)払いの魔術陣を右手から放つ炎で焼き払った。

 カナエ・フォーゲルを模した構造の肉体が扱えるマナの出力では、壁や床を軽く焦げ付かせる程度が限界だったが、陣の中核となる部分を破損させるためにはその威力で十分だった。これで、眠っているカナエが自然に目を覚ましてここを立ち去ろうとする頃には、残存している魔術陣の効果が切れて、元通りに魔族が通れるようになるだろう。


 ともかく、これで事前の準備は整った。

 未知なる魔王の姿を求めて、偽物のカナエ・フォーゲルは町の喧騒へと繰り出していった。

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