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4話「旅は道連れ、世は乱世」

◆◆◆


 城の外に出ると、そこには現実世界の人々が想像する一般的な魔界のイメージよりはかなり平穏な光景が広がっていた。


 いわゆる荒野というものだろう。ひび割れた地面が見渡す限りに続いており、風雨にさらされて角が削れた石畳の街道に沿って、枯れた木がぽつぽつと生えている。

 空には巨大な太陽の他に、小さな青白く光る星がもう一つ、離れた位置に浮かんでいる。


 ソウジが背後を振り返ると、廃墟と化した古城の全容が見えた。

 外壁は剥がれたり割れたりして、ほとんど原型をとどめていない。本丸にあたる建物は上部が豪快に吹き飛んでおり、いくつかの部屋だけが、わずかばかりの天井や床とともに辛うじて残存している。

 先程まで我々がいた部屋は、イルによってきれいに整備されているため、外から見ると妙に目立っていた。


 目の前にある噴水の残骸をそっと触りながら、ソウジはイルに尋ねる。


「ここが魔王城なんですか?それにしては、妙に小さいしボロボロですけど」


 イルは即座に首を振った。


「我々がいまいるのは、ピュルトゥスの外れにあるルイフ城という古城です。魔王城は、先の魔人大戦時に人間どもに占領されてしまいました」


「な、なるほど。あんま聞いちゃいけないこと聞いちゃったみたいですね。すいません」


「いえ、大丈夫です。いずれ魔王様が奪還すれば、問題はありませんので」


 その口調は平坦だったが、心の奥底に秘める激情はイルの声を震わせていた。魔王が人間にやられたことがよほど気に食わないらしい。腹心としてはこれ以上ない忠誠心だった。


「魔王様と私は、逃避行の果てに荒れたまま放置されているこの城を見つけ、隠れ家としたのですよ。成り行きで住み始めてから相当経ちますので、ここを離れるとなるとなんだか感慨深いですねぇ」


 イルはこの城によほど思い入れがあるようで、立ち去るその足取りは重い。

 しかし、しっかりついてきてもらわなければ困る。骨だけで構成された手をソウジが優しく引くと、イルは観念したのか振り返るのをやめた。


「これからどうするんですか?」


「まずは、この先にあるプロットルという街で装備を整えましょう。件の“冷火妃”が統治する首都ブレンネルまでは相当の距離がありますので、しっかりと身支度するべきです」


 イルは、魔王が復活した後のことまではあまり考えていなかったらしい。そのため、古城には最低限の旅装しか用意されておらず、いまのソウジたちは着の身着のままだった。


 ソウジは少しかびた群青色の長袖チュニックと、黒の七分丈ズボンに、ヨレヨレの茶色い革ブーツをはいている。イルにいたっては、長年愛用している紫のボロマントだけだ。

 そして、ソウジの背中には空っぽの小さなリュックが虚しく垂れ下がっている。旅路に出るからには少なくとも、地図と水筒くらいはほしいところだった。


「分かりました。ちなみにその首都までは何日くらいかかりそうですか?」


魔導車(マギアオート)や飛行魔具で急いでも二週間程度はかかるかと。鳥馬(レシューネ)ならば一ヶ月は要しますね」


「そ、そんなに?」


 知らない単語はさておき、想像していたよりもずっと先が長かったので、ソウジは落胆した。その様子を見て、イルが申し訳なさそうにもう少し補足する。


「もしソウジ様がその翼で飛行できれば、到着はさらに早まるかもしれません」


「なんとか動かせるけど、飛ぶのはちょっと無理ですね……」


 ソウジがこちらの世界に来てみて一番違和感があるのは、背中に大きな翼と尻尾がついていることだった。イルによれば、他の同種の魔族は空を飛べるらしい。


 そう聞いたソウジはしばらく頑張ってみたが、どうやっても飛ぶことはできなかった。なにかコツがあるのかもしれないが、短期間で習得するのは難しそうなので、やはり歩くしかなさそうだった。これが悪い夢なら、さっさと覚めてほしい。


 結局、観念して荒野に歩を進めるソウジたちであったが、特に景色がきれいなわけでもなく、手持ち無沙汰でしょうがない。風に舞い上がる土煙と乾いた草のこすれる音が辛うじてアクセントになっているくらいだった。


 何も知らないソウジを(おもんばか)ったのか、イルは歩きながらこの世界の基本的な状況を語ってくれた。その情報をまとめると、概ね以下のようになる。


 この世界はロスタルカと呼ばれ、一つの大きな大陸にそれぞれ魔族と人族が分かれて暮らしている。人族は魔族を敵対視しており、虎視眈々と領土拡大を狙っている。魔界には多様な種類の魔族がいて、互いに譲り合いながらひしめきあって暮らしている。


 魔王は500年前の大戦で勇者に倒されて死にかけたが、対象を仮死状態にする魔術によりこの肉体だけは助かった。現在の魔族と人族は小競り合いをしている状態で、大きな戦いはしばらく起きておらず、ギリギリのところで安定している。


「現在のロスタルカはさしずめ、コップに張りつめた水のような状態なのです。それがいつこぼれるかは誰にも分かりません」


 ふとした拍子にドバっと溢れるということも十分にありうるというわけだ。


「それでイルさんは、みんながまた昔みたいに一まとまりになって、平和を取り戻してほしいって思ってるんですか」


「ええ、魔王様がご存命だった時代には、このような悲惨な状況ではありませんでしたから。当時の人間たちの内情についてはほとんど判りませんが、少なくとも魔族に関してはもっと大らかに暮らしていました。私はいまでも、ふとした拍子にその頃の生活を思い出すのです」


 イルの話を一通り聞いたことで、彼がここまで魔王にこだわる理由が分かった気がした。きっと、魔王という絶対的存在がいれば全てが元通りになると妄信しているのだろう。その梯子を思い切り外そうとしている自分の行動に後ろめたさはないものの、やるせなさが残った。


「さて、世知辛い話はこれくらいにして……到着しましたよ。ここがプロットル。通称『ハブ・プロットル』です」


「うおお、思ったよりもでかい!」


 ソウジの尾の先が、興奮のうち無意識に軽く跳ねた。


 大きめのテントと建物が密集したそのバザーは、先程の寂れた古城から数十分の距離にあるとは思えないほどの賑わいがあった。石造りの建物の合間を縫うようにしてメインストリートが伸び、その両側に店舗や出店がずらりと並んでいる。


 そこを行きかう魔族も多種多様だ。

 トカゲのような(あきない)魔族が、暗褐色のマットを敷いて装飾品の露店を開き、のぞきに来た鳥の獣人に商品を売りつけようとしている。

 その隣では、派手な格好をしたウサギの獣人がくねくねしたダンスを披露して、群がった観客から歓声を浴びている。

 体の両脇に荷物を背負った、四足歩行の鳥のような動物を乗りこなして移動している者もいる。

 装飾品の露店の道向かいの店では、まだ日も明るいというのに、魔族たちが赤黒い飲料をあおって管を巻いている。


 そのように盛況である一方、清掃管理は全く行き届いていないようだった。道端に各店舗の私物が山積みになっていたり、ところどころにゴミが散らかったりしている。

 魔族と物があふれかえって、雑然としつつ統一感もあるという、一見矛盾した独特の雰囲気を形作っていた。


 そのとき、背後からふと声がした。


「ちょっと、そこのお兄さん!青い髪の!」


 ソウジは聞こえた声の方へと振り向いた。

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