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39話「野望発覚」

 ラッシマは銀の装飾に縁取られた豪華な赤色のチェアにゆったりと座り、えんじ色の眼鏡をかけて、何かの資料に目を通している。ジューダスが持ってきた資料をテーブルに置くと、ラッシマはそれまで読んでいた紙束を置き、その新しい資料へと手を伸ばした。


「出欠について全員分のリストが出そろいましたので、お持ちいたしました」


「ああ、ご苦労。見たところほんの少し欠員がいるようだが、これだけ集まれば十分だろう」


「ええ。傭兵協会に対して大きな打撃を与えるには、問題ない(マギ)数かと」


 アンナは壁際の本棚を伝ってゆっくりと横に回りこみ、その資料を遠目にのぞきこんだ。

 表紙には『護衛任務参加傭兵リスト』と題されており、機密のスタンプと印章が押してある。これはたしか、傭兵協会のハンコだ。なぜラッシマがそんなものを手にしているのか、アンナは(いぶか)しんだ。


「想像するだけで愉快になってきたよ、ジューダス。傭兵協会の血生臭い傭兵どもと、ハブ・プロットルに住むコソ泥の群れ。無価値で邪魔なあいつらが、俺様の試金石となるんだからな」


「はい。さぞ気持ちのよいことかと」


 ジューダスは静かに目を伏せて肯定した。ラッシマはふと立ち上がると、窓のカーテンを勢いよく開き、ゲルートの街並みを見下ろした。


「しかも無差別テロリストの汚名まで被せられて、全く可哀想なことだ。ボカーン!」


 ラッシマは両手をばっと広げて爆発を示すジェスチャーをすると、胸を張って高らかに大笑いした。


 アンナは憤怒に拳を握りしめた。ミャントム団に汚名をかぶせて、爆破テロを行おうというのだ。しかも自分が治めている町を自分でめちゃくちゃにしようだなんて、頭がどうかしているとしか思えなかった。


 存分に笑い飛ばしたあと、ラッシマはまぶたにたまった涙を指で拭きとった。


「しかし、これでやっと覇道の第一歩が踏み出せるというわけだ。思えばここまで長かった。たかがごみ溜めの町一つを制圧するのに、10年もかかるとは」


 ラッシマはテーブルに置かれていた金のグラスを手に取り、目を細めながら窓に向かってそれを突き出した。この町だけでなく、地平線の果てまで続く全てをそのグラスに収めんとしているかのように。


 彼の貪欲な計画の全貌を知り、アンナは底知れぬ恐怖を感じた。これはもはや自分だけの問題ではない。今すぐにこの計画を止めなければ。


 潮時だろうと思い、ミエナイン壱号機をポケットから取り出してタイマーを確認すると、残り1分しかなかった。そして、アンナはまだこの部屋からの脱出経路を決めていないため、急いで考える必要があった。


 この部屋の扉は内側からの開け方が分からないから、入口から出ようとして、もし失敗したら確実に見つかってしまうだろう。それならいっそ思い切って、そこにある窓から地面まで一気に飛び降りてしまおう。

 そんな風にアンナが思案していた、そのときだった。


「ところでジューダス。さっきからそこでこそこそしている泥棒猫は、お前のペットかな?」


「はっ……?」


 ラッシマは唐突に、空中に向かってグラスを放り投げた。中に入っていたワインが飛び散り、まるで虚空へと吸収されたように不自然に消滅する。

 アンナは驚きに目を見張りながら横へと飛びずさった。しかし、ラッシマは間髪入れずに右腕を突き出すと、目に見えないはずのスパイ跳猫(キット)の頭部をしっかりととらえ、力強く鷲づかみにしながら持ち上げた。


 何らかの手段により動きが完全に見切られている、とアンナは感じた。


「うぐっ……!」


「おお、可愛い子猫ちゃんだ。だが、初対面の相手には顔くらい見せるのが礼儀ってもんじゃないかね?」


 ラッシマが右手の握力を増し、アンナの頭蓋骨がきしむ。


「言われなくても見せるっつーの……!」


 ミエナイン壱号機のマナバッテリーがついに切れ、アンナを包んでいた透過膜が消滅する。やがて、宙に吊り下げられながらラッシマをにらみつけるアンナの姿が露わになった。ジューダスは想定外の事態に、両の眉を上げて驚いている。


「ここまで高度な姿隠しの魔術を使えれば、盗みなど容易いだろうな」


「もちろん。アンタの庭でずいぶん稼がせてもらったよ」


 アンナはそう言うなり、ラッシマのにやけ顔に向かって、思いきり唾を吹きかけた。ラッシマは顔を背けたが避けきれず、木の実くさい唾が頬にべちゃりと付着した。ラッシマのこめかみの血管が、怒りと興奮でにわかに浮き上がる。


「威勢がいいのも今のうちだ。ジューダス、このクソネコを地下牢へぶちこんでおけ。魔具は回収して倉庫に保管しろ」


「かしこまりました」


 ラッシマはアンナの体をぞんざいにぶん投げ、書斎の壁へと叩きつけた。強烈な衝撃にアンナの意識は飛びそうになった。たまらず、じゅうたんにくずおれる。脳震とうを起こしたのか、情けないことに立ち上がることさえできない。


 その様子を見たジューダスは、扉わきのフックにいくつも常備してある青い手錠の一つを素早く手に取ると、アンナの両手首にかけてきた。憎いくらい仕事ができる執事だ。


 一瞬、最後っ屁に暴れてやろうかとも思ったが、この狭い空間に二対一では痛い目を見るだけだというのは分かりきっていたので、アンナはおとなしく観念した。

 それに、アンナは手練れの盗賊である。後先考えず敵陣に突っ込んで、無策で捕まるほど無能ではなかった。というのも実は、先ほど宙吊りにされたままラッシマと会話をしたとき、次につながる一手を打っていたのだ。あとは団員たちがそれに気づき、上手く活用してくれることを祈るだけだった。


 独断専行してしまったことをミャントム団の仲間たちに心の中で謝罪しながら、うなだれたアンナは牢獄へと連行されていった。

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