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31話「ようこそ傭兵の世界へ」

◆◆◆


 ソウジたちが門を抜けると、そこには外の荒涼とした丘陵地帯とは正反対の空間が広がっていた。立ち並ぶ建物はどれも大きなビルばかりで、先程ハブ・プロットルでよく見かけた素朴な建物とは大違いだ。おしゃれな街灯や街路樹が一定間隔で街の風景を彩っている。


「こうして見ると、俺がいた都市と大して変わらないなぁ」


「そうなのですか? それなら、こちらの世界に慣れるのも早いかもしれませんね」


 そう言われても、ソウジの本懐としては元の世界に帰りたいわけで、異界での生活に慣れたいとはあまり思っていなかった。もっとも、それを言うときっとまたイルを困らせてしまうので口には出さなかった。


「それで、稼ぐ心当たりっていうのは?」


「傭兵として地道に稼ぎます」


 ソウジはぎょっとして、首をぶんぶんと横に振った。


「いや、荒事はちょっと……他の方法があったらそっちの方がいいかな、って」


「大丈夫です、ソウジ様。ロスタルカでいう傭兵というのは、便利屋のようなものです。腕力に自信がなくとも、できる依頼はたくさんあります」


「そうなんですか? じゃあ行くだけ行ってみようかな」


 百聞は一見に如かずとも言う。ソウジは弱気になりながらも、言われるがままイルについていくことにした。

 通行者に場所を訪ねつつ、体感で十五分ほど歩くと、この街の中でも比較的多く魔族が集まっているように見受けられる建物を発見した。


 その建物は街の端の方にひっそりと建っており、住民というよりは、明らかにガラの悪い者や、兵士のように装備を整えた者など、物騒な出で立ちの者が多く出入りしている。それはシックな灰色を基調とし、無駄な装飾のない二階建ての大きな建物だった。


「ここがその傭兵協会ってやつですか?」


「そのようですね。あの看板は全世界共通のシンボルですから」


 イルが指さした先を見ると、三本の爪痕を背景にして両刃剣が十字に交差し、その周囲をシンプルな長い尻尾が囲っているデザインが彫刻された看板が、建物の入口の上に掲げられている。


 ソウジが建物の中に入ったときに気づいたのは、傭兵協会という堅苦しい名称とは裏腹に、その空間が温かくも騒がしい雰囲気に包まれていることだった。


 向かって左側には酒場が内設されている。ゆったりとしたスペースに客席がいくつも置いてあり、魔族たちが軽食を取りながら談笑したり、休憩したり、険しい顔で手元の資料をにらみながら何やら打ち合わせしたりしている。


 右側に併設されているのは、チラシやら貼り紙やらがまとまって置いてある、情報提供を目的としたスペースだ。窓口には三名のギルド職員が並び、相談や手続をしにきた魔族たちにせっせと対応している。


「すみません、傭兵登録をしたいのですが」


 ちょうど手すきになったウサギの頭をしている女性職員――聴兎(ラビル)と呼ばれる臆病な性格の種族だ――にイルが呼びかけると、手振りで脇の階段を上がるように言われた。


 少しきしむ階段を踏みしめながら二階へ上がっていくと、一階より狭いながらも同じようなカウンターがあった。こちらの職員はというと、掘爬(ディゴ)の魔族が一魔(ひとり)だけで、特にやることもないのか椅子に座ったまま暇そうにあくびをしている。


「あの、すみません」


「ん? ああ……登録ですか?」


「はい、お願いします」


「えーっと……はい、ではこちらに記入を」


 職員は、蛇のように先が二つに割れた舌を黄ばんだ牙で軽く挟みながら、横の棚に置いてあるファイルをごそごそと漁ると、そこから取り出した用紙を気だるそうに手渡してきた。ずいぶんやる気のない職員もいたものだ。


 イルに記入を任せている間にソウジがカウンター横の壁に目をやると、そこにも様々な貼り紙がしてあった。

 ソウジは魔族になった影響か、この世界に来るまで一度も見たことがない魔族の文字の読み方や単語の意味を、自然と理解できていた。魔族が用いている文字は、既存の現代語というよりは、教科書で見たことがあるような古代文明の象形文字に類似しているように思われた。


 壁に貼ってある中でも特に目に留まったのは『窃盗団を許さない!』という標語とともに、ニヤニヤと笑う猫が財布をかすめとるイラストが描いてあるポスターだった。下の方に小さな文字で『ミャントム団の被害が増加しています。戸締りや金品の管理に気をつけましょう』と書いてあり、彼らが好んで使用しているというシンボルが記載されている。


 まさかと思い、ソウジがポケットに入れてあるカードを取り出すと、全く同じシンボルがそこに印刷されていた。金を盗まれたことが発覚したとき、イルの胸元に残されていたカードである。「見るたびに落ち込んでしまうから、代わりに持っていてほしい」と言って、イルが半ば強引に渡してきたのだ。


 防犯ポスターとカード。それら二つのシンボルの一致は、財布の盗難事件が紛れもなく彼らミャントム団の仕業であったことを示していた。


「イルさん、これ!」


 イルはこちらを向くと、驚きのあまりしばらく手を止め、眼孔に灯る青い炎を大きく燃え上がらせた。まさかこんなところで憎き犯魔(はんにん)が判明するとは思わなかったのだろう。職員の怪訝そうな視線に慌てて向き直ったが、動揺しているのか書く手が震えている。


 二魔(ふたり)ぶんの記入を終えると、イルはその揺れる手で用紙を職員に手渡した。

 職員は二魔の顔写真をスマボで撮り、用紙に何やら書き込むと、コピー機のような機械へ持っていき、書面の複製を一枚取った。それから、奥の方で少し作業をして、小さなカードを二枚持ってカウンターへ戻ってきた。


「これが傭兵協会の会員証になります。細かいことはこの紙に書いてあるので、よく読んでおいてください」


「ありがとうございます」


 会員証にはそれぞれ二魔(ふたり)の名前と顔写真が貼り付けてあり、現実世界でいうところの運転免許証のようなつくりのものだった。職員は書類の写しと会員証を手渡し終えると、俺の仕事は終わりだとでも言いたげにどっしりと腰かけた。


 もっとも、ソウジたちは職員のその粗悪な態度より、ミャントム団と名乗る窃盗団のことが気になって仕方がなかった。

 ソウジはちょっと急な下り階段に気をつけて下りながら、イルに話しかける。


「あいつらのせいで俺たちはいまここにいるんですよね……」


「全くですよ! そうでなければ、ソウジ様にこんな思いはさせていませんからね! 今すぐにでもバラバラに破いてやりたい気分だ」


「ダメですよ。このカードが唯一の証拠で手がかりなんですから」


 カード目がけて今にも飛びかかってきそうなイルから慌ててカードを遠ざけたソウジだったが、すぐ隣にいた魔族に勢いあまって手が当たってしまった。


「あっ、すいません!」


「大丈夫ですよ、気にしないで――ってそれ、あなたの!?」


 緑のボブヘアーをしたその女唱角(デモン)は、ソウジが手にしているカードを見かけると、イルと同じくらい勢いよく食いついてきた。


「え、ええ……俺のではなくて窃盗犯が置いていったやつですけど」


「そっかぁ、あなたたちもあいつらの被害者なのね。実は私もそうなの」


 女唱角は悲しそうな顔をしながら手招いた。たしかに、階段の入り口に重なって邪魔な位置に立ってしまっていたので、ソウジたちは呼ばれた壁際へと近寄っていった。


「どこでやられたの?」


「えーっと、ハブ・プロットルの町で今日の朝方に」


「えっ、本当に? あいつら、ついに手段を選ばなくなってきたのかな」


 その女唱角は心の底から悔しそうに、チュニックの長袖の裾を両手で握りしめる。自分のことではないのに、よほど堪えかねているようだ。


「嫌いなんですか、ミャントム団?」


「ええ、私の家も一度盛大にやられたことがあってね……とにかく手癖が悪くて、この街の住民たちはみんな嫌ってるわ」


 女唱角は両手を開くと、苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てた。

 イルはカナエの憤る様子を見てよほど共感したのか、女唱角の手をつかんで強引に握手を交わした。


「貴女とは気が合いそうだ! あんなやつら、私も嫌いです!」


「あらら、相当たまってるみたいね。よかったら話がてら一杯おごるけど、どう?」


 女唱角は左手の親指と小指だけを立てて、ジョッキを傾けるジェスチャーをした。ソウジが目線を向けて伺うと、イルはすぐに首を縦に振った。ミャントム団についての情報を少しでも得たいということらしい。

 結局、ソウジたちはご相伴に預かることにした。

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