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3話「帰還への旅立ち」

「あの、俺の魂っていうか、中身だけでいいので、元の世界に戻してもらえませんか?それからもう一度儀式をすれば、本物の魔王が目覚めるかもしれないですよ」


 イルはソウジの提案にどう対応すればよいのか戸惑っていたが、やがて言い淀みながら説明を始めた。


「先ほど500年かかったと申しましたように、魔王様の強靭かつ繊細な心身に作用できるほどの膨大なマナを蓄積するまでには、それに比例した長い歳月がかかるのです」


 なるほど、魔王の名は伊達ではないということか。


「さらに、用いた術式にも一つ問題があります」


「問題?」


「はい。理論的には完璧だったはずなのですが、今回の一件を見る限りどこかに不具合があるようですから、再度行っても成功するとは限りません」


 その『不具合』とやらのせいで一方的に巻き込まれて被害を受けていることについては、怒っても怒りきれない。だが、ここでイルに不平を言ったところでこの事態が解決するわけではない。

 ソウジは喉元まで込み上げてきた批判の言葉をぐっと飲み込んだ。


「そして、ここからはソウジ様にも関係する話です。私にはソウジ様を安全に帰す方法が分かりかねるのです。無理をすれば、ソウジ様の意識が消滅するやもしれません」


「もしミスったら死んじゃうかもしれないってことですか?」


「左様でございます」


「それは絶対嫌です」


「仰る通りでございます……」


 イルは一通り説明し終えると、口をつぐんだ。両者の間に気まずい沈黙が流れる。


 このままでは(らち)が開かない。こうやって平行線で言い合っていても、お互いどんどん不幸な気持ちになっていくだけだ。双方が納得できる解決策は何かないのだろうか。


「例えばなんですけど、俺が100%無事に元の世界に戻れて、かつ最盛期の魔王様が完全な状態で復活できる、素晴らしい方法があるとしたら?」


「そんなことができるのですか!?」


 嬉しそうに詰め寄ってきたイルを、ソウジは慌てて押し戻した。


「いや、俺は知らないですよ。でも、俺たちよりそういう事柄について深い知識を持っていたり、何らかの手段を知っていたりする人がこの世界のどこかにいるかもしれない」


「さ、左様でございましたか……」


 荒唐無稽な提案なのは重々分かっている。しかしソウジにはこの世界の常識や法則について何の見識もないし、この骸骨くんにも良いアイデアは浮かびそうにない。そうなったらあとはもう、餅は餅屋だろうと思った。


「どんな些細なことでもいいんです。心当たりってありませんか?」


「実を言うと、存じておりますが……しかし、あのお方に話をつけるとなると相当の難が……」


「ダメ元でもいいんです。教えてください」


 イルはしばらく逡巡したあと、白い歯がきれいに並んだ口を開いた。


「“四天王”ならばあるいは、と」


「四天王?」


「魔王様が不在の間、魔界の領土と魔族たちを高い実力と威厳でまとめ上げている四魔(よにん)がいるのです。その方々を、我々は敬意を込めて“四天王”と呼んでおります」


 そこで、ソウジの頭の中に根本的な疑問が浮かんだ。


「あの、そういう人たちがいるんだったら、わざわざ死んだ魔王様を叩き起こさなくても、全部そいつらに任せておけばよかったのでは……?」


 この質問は想定の範囲内だったのか、イルはさほど驚くこともなく答えた。


「いえ、それは決して敵いません。彼らは互いに犬猿の仲でございます。魔王様が健在だった頃はこまめに仲裁をなさっており、そのおかげで渋々引き下がっているような有様でした。それが、魔王様亡き今となっては――」


「ああ……大体察しました」


「私にもっと強い力があれば……面目次第もございません」


 目の上のたんこぶがなくなったので、それぞれ我欲を剥き出しにして好き勝手暴れ回っているということなのだろう。

 ソウジがさっきまで過ごしていた現実世界の歴史や政治にも、似たような話は山ほどある。


 魔王に後継ぎがいなかったのか、後継ぎはいたものの役に立たなかったのか、それとも全く違う理由なのかは分からないが、困った挙句に魔王を蘇らせる計画に至った、というところだろう。


「私が申した心当たりとは、その四天王の一魔(ひとり)である“冷火妃”でございます。彼女は魔術の研究に関しては魔界で一二を争う実力を持つ才女であらせられます。加えて、貴方様の魂を呼び寄せたのは“冷火妃”の考案した術式でございますので、それに関する知識ならば随一詳しいかと」


「その人に頼めば、何か良い知恵を貸してくれるかもしれないってことですね。じゃあすぐに発ちましょう」


 建物の外に飛び出しそうな勢いで力強く歩き出したソウジの肩を、イルはがしりと掴んで引き留めた。その弾みで危うく()けそうになったが、なんとか踏みとどまる。


「お待ちください! いくら魔王様とはいえ、即座に彼女と面会することは無理でございます」


「えっ、なぜですか? 魔王がいわゆる上司みたいな立場だとすると、実質顔パスじゃないんですか?」


 背後から眼前に回り込むと、イルは神妙な面持ちで饒舌(じょうぜつ)に語り出した。

 どうやらこの骸骨には少々語り癖があるらしい。少しでもこの世界の情報を得たい今のソウジには、それがむしろありがたかった。


「魔王様は表向き、勇者に命を奪われてお亡くなりになったということになっているのです。それが不用意に姿を表せば、不安定になっている魔界全体の力関係がさらに崩れ、不要な混乱を招きます」


「あっ、そうか……この体の持ち主は今まで死んでたんだっけ」


 ソウジの主観では短時間気絶しただけだが、この世界の魔王は500年前に死んでいるのだ。

 大昔に亡くなった有名人が現代に蘇ったら色々とおかしなことになるのは、誰の目から見ても明白だ。


 ソウジはふと、元いた世界の自分がどうなっているのか、気になってしまった。

 あちらの自分はもう死んでしまったのだろうか。妹は気丈に見えて実のところ繊細だから、心配していることだろう。


 そうやって元いた世界のことを思うと、心の中が不安で溢れそうになってくる。ソウジはそれらの思考を無理やり頭の片隅に押しやった。いまは感傷に浸っている場合ではない。


「件の“冷火妃”は近年、先代“豪炎華”から代替わりしたばかり! 魔王という存在に対して、どのような思想や信条を持っているか分からないのです。そこにいきなり訪ねていくことは、火の真っ只中に飛び込むようなものです」


「なるほど……だとしたら、最終的に会うとしても、段取りはきちんと計画すべきですね」


「魔王の存在は伏せ、市井(しせい)に紛れて密かに移動しつつ、政情を偵察するのが宜しいかと思われます。じれったいこととは思いますが、ソウジ様の身の安全のためでもあるのです。何卒ご理解のほどを」


「分かりました。俺も危ない行為は極力避けたいですからね。こちらの世界のことは全然分からないので、細かいことは全てあなたに任せます。よろしくお願いします」


「滅相もございません、今回の件はソウジ様を呼び立ててしまった私の落ち度でございますから。どのような自我をお持ちでも、私にとっては(ただ)一魔(ひとり)の魔王様でございます。精一杯尽くさせていただきます」


 その過剰に思えるほどの慇懃さは、まさに王の右腕と呼ぶにふさわしい立ち居振る舞いに違いない。しかし、一般人であるソウジにとって、その態度はコミュニケーションを取る上で何となく居心地の悪さを感じさせた。


「一つだけお願いがあるんですけど、その丁寧すぎる言葉遣い、止めてもらうことってできませんか? なんだか慣れないし、分かっててもくすぐったくなっちゃうんで……」


「中身は異なれども、魔王様の姿形に対して不躾(ぶしつけ)な言動を取るなど、あまりに恐れ多い。ソウジ様は私のことなどお気になさらず、ただ堂々としておられればよいのです。ささ、参りましょう」


 表情は窺えないが、イルの口調からはわずかに狼狽しているのが伝わってくる。このように相手が弱みを見せたとき、うちの妹ならば多分こんな感じで攻め立てるだろう。


「あー、そんな冷たいこと言うと、目を離した隙にどっか行っちゃうかもしれませんよ。あなたの大好きな魔王様が幼児退行しながら街道を練り歩くかもしれない」


 我ながらえげつない人質作戦だと思う。言わずもがな、この大真面目な骸骨には効果てき面だった。


「そ、それは困ります! それにソウジ様自身もその後困るでしょう! そのような珍妙な真似はどうかお辞めくださいっ!」


「だったら普通に接してください。ちょっと仲良くなり始めの友達とか同僚に接するような感じでいいですから。これから一市民として行動するのに、喋り方が大仰すぎたら怪しまれるでしょう? これは魔王としての命令です」


「……承知いたしました。精進いたします」


「ほら、また丁寧になっちゃってる。もっと簡単に『分かりました、努力します』でいいですよ。言ってみてください」


 新生魔王の無茶振りに困惑しながらも、この仕事熱心な骸骨はこちらの要求を最大限に聞き届けようとする従者の鑑であった。


「分かり、ました。ど、努力します」


「うむ、よろしい。その調子でお願いします」


 骨張った心がへし折れる音が今にも聴こえてきそうだった。可哀想だが、イルのおかげで少しだけ『魔王様』に近づけた気がした。

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