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29話「シャーロット姉妹の憂鬱」

◆◆◆


 イザベラはハブ・プロットルの中に戻ると、入り組んだ路地をするすると抜けていく。やがてたどり着いたのは、昨日ソウジたちを案内した寂れた雑貨店『ティエシュプア』だった。


「ただいま、姉さん」


「おかえり」


 カウンターに着席していたエリーは顔を上げると、にこやかに呟いた。


「もう終わったのね、アンナ」


「うん、街を出るところまで見送ってきた」


 イザベラもといアンナは、硬貨の入った布袋をカウンターに放り投げた。イザベラというのは身元を隠すための通称名で、本名がアンナなのだ。


「何よ、このお金?」


「ソウジからもらったお駄賃だよ。成功報酬だってさ」


「あら、そうなの! こんなにくれたのね。実はうちも今月ピンチだったから、助かるわ」


 アンナはそれを聞くと、悪びれもせず、盗んだ金だということを隠しながら笑った。あんな危険な賭けに付き合ったにも関わらず、ラッシマ商会からは何も盗み出すことができなかったのだから、これくらいもらっておかなければ割に合わなかった。


 いましがた通行客から盗み取ったリンゴを上に放り投げて遊びながら、レジカウンターに行儀悪く腰かける。その瞬間、エリーはアンナが後ろ手についた左手を、ガッと掴んだ。


「――とでも言うと思った? 姉さんの目は節穴じゃないわよ?」


「ぎくっ!」


 嘘がばれたことに若干の気まずさを抱えながら振り返ると、エリーは別に怒っているわけではなく、心配そうにアンナをじっと見つめていた。


「ねえ、アンナ。私たちあくまで義賊なんだから、あんまり正義のない盗みをやると、リーダーに怒られちゃうのよ。今からでも考え直す気、ない?」


「いいじゃん、少しくらい。旅行者がこの辺で使った金は、どうせ回り回ってほとんどあのハゲの懐に入るんだからさ。鶏と卵の関係だよ、姉さん」


 アンナは、リンゴの皮を鋭い牙を使って器用に剥いていく。金の調達先が変わるだけであって、やることは同じだと言いたいようだ。


「そういうわけにはいかないわ。いちおう建前は守らないと」


「はいはい、エリーお姉はまの言う通りでごばいまふ。ぺっ」


 アンナは連なってクシャクシャに潰れたリンゴの薄皮を床に吐き捨てると、露わになった瑞々しい実の部分へ豪快にかぶりついた。


「うわ、うまいなぁこれ。おじさんとこのやつかな?」


「ねえ、アンナ。少しでいいから、姉さんの話を真面目に聞いて」


 しつこいエリーに対して業を煮やしたアンナは、手当たり次第にかじりとって中途半端に欠けたリンゴを床へ思い切り叩きつけた。


「そんなこと言ったって、じゃあどうしたらいいの!? 私たちが食べていくだけでもカツカツなのに! リーダーからは最近ロクな指示も来ない! いっそ“禿げマシラ”の大豪邸まで行って、あいつの馬鹿でかい金庫ごとちょろまかしてこいとでも!? 冗談きついって」


 苛立ちのあまり怒鳴るアンナの両腕をエリーはしっかりと掴み、自分の方へ向き直らせると、その目を真剣に覗き込んだ。


「そんなこと一言も言ってないでしょう! ただ単に、盗む相手を選びましょうって言ってるの。これじゃ私たちコソ泥じゃない。ソウジさんたちの大立ち回りに、何も思わなかったわけじゃないでしょう? 彼らを見捨てずに最後まで付き合ったのは、そこに筋が一本通ってるのを感じたからなんじゃないの?」


 つまり、アンナがいま取っている行動には筋が通っていないと言いたいのだろう。

 アンナは少しのあいだ困ったようにエリーを見つめたが、すぐに顔を背けると、玄関の方へ早足で向かった。ドアノブに手をかけ、エリーと目を合わせないようにうつむいたまま振り返る。そこにもはや対話の意思はないようだった。


「ごめん、姉さん。次の獲物漁ってくる。夜ごはんはいらないから」


「待ちなさい!」


 ドアが静かに閉まり、蝶番についているベルが店内に虚しく鳴り響いた。


「アンナ……」


 アンナが先程投げつけたリンゴを拾ってじっと眺めつつ、エリーは暗い面持ちで呟いた。

 そのとき、エリーのポケットがぶるぶると振動した。スマボが連絡を受信した合図だ。エリーは急いでスマボを取り出すと、スイッチを押して応答した。


〈エリー、俺だ。いま大丈夫か?〉


「リーダー!? ちょっと待ってください」


 その声色から重要な案件だと直感で察したエリーは、スマボをカウンターにいったん置くと、店の外にあるかけ看板をOPENからCLOSEにひっくり返し、店内へと戻ってきた。

 これで客は入ってこないはずだ。普段からほとんど客入りがないから、今日も今日とて来るとは思っていないが、万が一ということもあるので一応の対処だった。


「どうしたんですか、定時連絡の時間じゃあないのに」


 エリーの問いかけに対し、通話の相手は切迫した様子で返答する。


〈大変なことが分かったんだ。アンナもそこにいるよな?〉


「いえ、いましがた出ていってしまいました」


〈そうか……まあいいや。とりあえずお前にだけ説明するぞ〉


 リーダーと呼ばれた男は緊急に連絡した理由を説明した。話を聞くにつれて、エリーの血相が次第に青ざめていく。


「そんな……!」


〈あまり時間がない。すぐに準備を始めるから、『裏道』を通って本部まで来てくれ〉


「分かりました。アンナにも伝えておきます」


 エリーは急いでリーダーとの通話を切ると、続けてアンナに通話をかけた。しかし、返ってきたのは神経を逆なでするような猫なで声だった。


〈いまは電話に出ることが出来ないニャ。ピーっと鳴ったらお名前とご用件をよろしくニャンニャン♪〉


「こういうときに限ってなんで出ないのよ!もう!」


 エリーはスマボをいまにも叩きつけたい衝動を押さえると、ポケットにしまい直し、奥にある狭い一室へと進んだ。棚の一番下の段にしまってある小ぶりななめし革のリュックを背負うと、床にある小さな扉を開け、梯子を伝って中に入っていく。


「これはミャントム団、一世一代の大勝負だわ――」


 額に薄く冷や汗をかきながら、エリーは気を引き締めた。

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