28話「前途多難」
二魔の魔族が、石畳で舗装された街道を伝って歩いている。
片方は黒い角とコウモリのような翼、そして悪魔の尻尾が生えた唱角の青年。もう一方は、皮も肉もついていない死骨だ。どちらもくたびれた様子でいる。
「着いたようですよ、ソウジ様」
「ああ、やっとかぁ……」
従者であるイル・エピデミオは、眼孔に灯した青い炎を揺らめかせながら、主を振り返った。ソウジ・マミヤは情けない声を出すと、疲労にすっかり重くなった頭をのろのろと持ち上げた。
ハブ・プロットルからゲルートへ向かうためには、そこそこ険しい峠を越えなければならない。そのため、そんなに距離は離れていないものの、結構な時間がかかってしまった。
しかも、仮死状態で長年眠っていた魔王の体は想像を絶するレベルでなまっていたようで、まだそれほど動いていないにもかかわらずソウジはもうへとへとだった。
ともあれ、ソウジたちは大きな怪我やトラブルもなく、無事にゲルートの近くまでたどり着くことができた。
町は高い城壁で囲まれており、中の景色を伺うことはできない。巨大な門の前には複数名の門番が立っており、門の下では多くの魔族が、町の中に入るために列を作って待っている。
「ずいぶんと物々しい雰囲気ですね」
「私が知っている昔のゲルートとは様相がだいぶ異なっているようです」
「ここに来たことあるんですか?」
イルは訳を知った様子でこくりと頷いた。
「ええ。十数年ほど前になりますがね」
この骸骨の従者はざっと数えても数百年の時を生きているから、その言い分にも何ら不思議はなかった。
「私が最後に訪ねたときにはこのような壁はなく、先程通過したハブ・プロットルと同じように開けた雰囲気だったのですが。何かあったのでしょうか」
ここまで魔族の出入りを警戒する理由は分からないが、万が一を用心するに越したことはないだろう。周囲の魔族たちの様子を伺いつつ、ソウジたちは列の最後尾へ並んだ。
前方に並んでいる魔族たちの行動を観察したところ、通行者は門の下で手荷物の中身をチェックされ、衛兵から許可が出たあとに通行料を払うというシステムらしい。少数ではあるが、通行手形のようなものを見せて顔パスしている者もいた。
空港の税関みたいだなとソウジが考えていると、イルが焦った様子で囁いてきた。
「どうしたんですか?」
「ソウジ様、路銀がありません……」
「ええっ!? 全部ですか!?」
イルが申し訳なさそうに控えめにうなずく。
「どこかに置き忘れたんじゃ?」
「いえ、硬貨を入れた袋のひもを肋骨にしっかりと結びつけておいたのです。それが――」
イルはマントの襟を少し開いて、中を見せてくれた。肋骨の根本には長方形の小さなカードが一枚貼り付けてあるだけで、イルが探しているという硬貨袋は影も形もない。
紐は粗雑に引きちぎれたという感じではなく、明らかに何らかの刃物で切り裂いたという平坦な断面だった。よく見ると、マントの方も同じ高さのところで真横に切り裂かれている。
これを見る限り、歩いているうちにうっかり落としてしまったということはおよそ考えられず、可能性は一つに絞られた。
イルは肋骨からカードをはがし、手に取った。耳が二つとんがったネコのような黄色いアイコンが、灰色の背景に印刷されている。
「ど、どうしましょう」
「どうしましょうって言ったって……」
そうこうしている間に、ソウジたちの番が回ってきてしまった。
大柄のいかつい門番が金属の鎧をカチャカチャと鳴らしながらソウジたちを手招きした。
露出した肌には茶色い剛毛が生え、湿った黒い鼻がうっすらとテカっている。こげ茶の短髪から、小さな丸い耳が飛び出している。
このクマのような姿をした魔族たちは、たしか『剛熊』と呼ばれていたはずだ。
「お前たち、荷物はそれだけか?」
「はい」
「こっちへ」
剛熊の衛兵は壁際にソウジたちを呼ぶと、腰をかがめて粗雑にボディチェックをした。もっとも、凶器どころか日用品さえろくに持っていないのだから、当然何も見つからない。
「この町に入る目的は?」
どうやら怪しまれているようだった。軽装すぎて逆に怪しいということなのかもしれない。言い訳に困ったソウジが会話を譲ると、イルは言葉巧みに答えた。
「日銭に困りまして、働きに参りました」
これは事実だ。身なりからも分かることだし、嘘をついても仕方がない。
「誰かのツテか?」
「いえ、傭兵登録がしたいのです」
その言葉を聞いたとたん、衛兵はなぜか嫌そうにこちらをにらみつけ、あからさまな舌打ちをした。ソウジはその対応に対して不愉快を覚えたが、そんな些細なことにつっかかっても仕方がないので、黙って待つ。
「よし、通れ」
ソウジたちは続いて、奥に立っている噛狼の衛兵のところへ通された。
「二魔で1000ジラだ」
通行料はここで払うようだ。
変な間が空いて、気まずい空気が流れる。
「どうした? 後ろがつかえているから、早くしなさい」
そう言われても、先立つものがないのだからどうしようもない。
ソウジは冷や汗をかきながら、苦し紛れでポケットに手を突っ込んだ。すると、爪の先が硬いものにかちんと当たった。
この感触はお金だ。気のせいではない。
ため息をついて肩をすくめる衛兵に、ソウジはようやく硬貨を差し出した。
「これで足りますか?」
衛兵は沈黙で肯定すると、赤い通行手形を二枚手渡してから、町の中へ通るよう促した。
「ソウジ様、そのお金は一体どこから」
「ティエシュプアで買い物したときのおつりだよ」
「ああ、あのときのものですか! 僥倖でしたね!」
なけなしの銀貨を一枚支払ってしまったので、あとはわずかな小銭しか残っていない。衛兵から受け取った期限付きの手形を眺めながら、イルはぼやいた。
「中に入れたのはいいですが、生活費すらなくなってしまいましたね……」
「なんでもいいから稼ぎたいですね」
「それについては心当たりがあります。ついてきてください」
イルに連れられて、ソウジはゲルートの町へと足を踏み入れた。




