25話「信賞必罰」
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壁材が打ちっぱなしになっている、無機質で薄暗い室内に、陰鬱な場の雰囲気には似つかわしくない軽快な鼻歌が響いている。
ランプの光に照らされて、何者かの影がグレーの壁にゆらゆらと映し出されている。低めになっている天井はどことなく圧迫感を生んでおり、部屋の中にいる者の息を自然と詰まらせる。
ここはラッシマの屋敷のとある一室、いわゆる折檻部屋というやつだ。
中に入っていいのは、屋敷の主であるラッシマ自身と、彼が入室を許可した商会の関係者だけである。現在はラッシマと、その付き添いのジューダスが使用しているところだった。
ラッシマは猿の魔族である器猿にしては珍しく、体毛がほとんど生えていない。人間と同じように、髪の毛だけが生えている。
ツーブロックにしてあるその黒髪をなでつけると、ラッシマはテーブルのペン立てに入っているダーツを一本手に取った。足を肩幅に開いた状態で半身になり、十分に狙いを定めてから、それを投擲する。
放物線を描いて放たれたダーツはドウェインの腹部に見事命中し、先端の針がぐさりと突き刺さった。その瞬間、ドウェインは大きな悲鳴を上げた。
「ぐあああっ!」
痛みにもがくドウェインであったが、その四肢は鉄鎖つきの手錠により拘束され、壁面に大の字に張りつけられているため、そこまで大きな身動きは取れない。引っ張られた鎖がガシャガシャと虚しく鳴るばかりだった。
ドウェインが落ち着きなく暴れる様子を見て、ラッシマは不満そうに顔をしかめた。
「おい、騒がしいぞ。お前は的なんだから、大人しくしていろ」
「も、申し訳ございません……!」
「その返事もいらん!」
ラッシマはさらにダーツを手に取ると、大きく振りかぶって力一杯投げつけた。
今度のダーツは右目の下の薄い皮膚に刺さり、開いた傷口からだらりと血が垂れる。刺さった位置のせいで、まるで血の涙を流しているかのように見える。
ドウェインは健気にも言いつけを忠実に守り、苦悶の表情を浮かべながらも歯を食いしばって静かにこわばった。
それを見たラッシマは思案顔であごに手をやると、悩ましい唸り声を上げながら首をかしげた。
「やはり反応がないと面白くないなぁ。次からはもっと喚いてみろ。ちゃんと腹から声を出すんだぞ? 分かったな?」
「はひっ、ひぃっ……」
すぐに二転三転するラッシマの命令にすっかり困惑している様子のドウェインだったが、辛そうに目を細めながら、なんとかうなずいた。
ラッシマは後ろにあるグレーのテーブルの上に行儀悪く足を組んで腰掛けると、そばに置いてあった白いメモ用紙を手に取り、しげしげと眺め始めた。そこには身体の各部位の名称と、それに対応する数字が書いてあった。
「あのさぁ。お前、俺様に隠れていくら貯め込んでたんだっけ?」
「にひゃ……ご……じらで……」
「声が小せぇよ! それじゃあ何も聞こえねぇだろうが!」
ラッシマが顔を上げ、声を荒げながら力強くテーブルを叩くと、ドウェインは震え上がって大声で叫んだ。
「253万8210ジラです!」
「ほう。ということはだ、端数を切り上げて254点取ればいいわけだな。よーし」
ほくそ笑んだラッシマは次のダーツを手に取ると、テーブルに座ったまま肘から先だけを伸ばしてひょいと投げた。そのダーツは軽やかに飛んでいくと、ドウェインの胸の中心に貼られている赤色の丸い紙に刺さった。ダーツが刺さった痛みに、ドウェインは本日二度目の悲鳴を上げた。
「ブルズアイ! 20点だ! いいねぇ、ノってきたぞ!」
ラッシマは歓喜のガッツポーズをすると、背筋をピンと張った綺麗な姿勢で背後に控えている執事服の飛鳥秘書をふと振り返った。
「そういえば、なんて言ったかな? あの例の旅魔は」
「ソウジ・マミヤという若い唱魔です、ラッシマ様」
ラッシマはそれを聞くと、ジューダスに指を差しながら納得したようにうなずいた。
「そうそう、ソウジ君だ。あまり聞かん名だが、足元をすくわれたこいつの名誉のためにも、しっかり覚えておかんとな!」
首を垂れるジューダスを一瞥した後、ラッシマはそれまで以上の笑顔を見せながら的へ向き直る。そして、恐怖に身を震わせるドウェインに向かって四本目のダーツを投擲した。ドウェインは首のつけ根に深々と刺さった針に発狂した。
ジューダスは長年の経験からよく知っている。ラッシマがこうしてわざとらしく盛り上がって笑みを浮かべるのは、彼がとても不満なときだ。
彼が腹いせに命じてくる無理難題にまた付き合わなければならないと思うと、ジューダスは気が重くなるばかりだった。
「なんだお前、辛気臭いな! もっと楽しそうな顔をしろ! ほら、笑え!」
「はいぃっ……!」
ドウェインは空元気を使って精一杯の笑顔を作ったが、ラッシマからの評価はあまり良くなかったようで、すぐさま五本目のダーツが投擲された。ドウェインは再び悲痛な叫び声を上げた。
彼の自業自得はまだまだ続きそうだ。




