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24話「ジューダスの提案」

「巨額の横領となれば大問題です。本部で正式に処分が下されるでしょう」


「そうですか……」


 フィーネは語気を落としてうつむいた。経緯はどうあれ、結果として自分たちがドウェインを失脚させる直接の原因になったわけだから、複雑な心境になるのも仕方のないことだろう。ソウジだって、この結末を諸手を挙げて受け入れることができるかというと、ちょっと怪しいところだった。


「今回、皆さんには大変ご迷惑をおかけしました。どうぞ謝礼をお受け取り下さい」


 ジューダスは懐から小袋を取り出して、ソウジに手渡した。中を開くと、金貨が大量に入っている。


「こんなにたくさん!?」


「命を賭してここまでやってきたのでしょう? それ相応の対価は必要かと」


「すごい額ですよ、ソウジ様!」


 フィーネはくりくりの目玉が飛び出しそうなくらい目を見張っている。イルもさすがに興奮しているようで、眼孔の青い炎がギラギラと輝いている。

 ソウジはこちらの貨幣の価値についてよくわからないが、二魔(ふたり)の反応を見るにどうやら大金らしい。ソウジは少し思案した後、フィーネにその小袋を手渡した。


「全部あげます」


「「えっ!?」」


 イルとフィーネは感嘆のハーモニーを奏でた。


「だって、一番損したのはフィーネさんでしょ。だったらこれはフィーネさんが受け取るべきだ」


「それは、そうですけど……」


「本来ならラッシマ商会がきちんと事後処理すべきことだけど、そうも言っていられないみたいだし」


 ジューダスの鶴の一声により、広場に入ってきた職員たちはすでに慌ただしく動き回っている。ボヤ騒ぎに引き続いてドウェインの大捕り物という大きな事件が発生し、処理すべきことが山積みの彼らは、みな疲れきってげっそりした顔をしている。


 ボヤ騒ぎで散乱した書類の精査に加えて、似たような事件が再発しないように商館関係者の取調べを行うとすれば、かなりの時間を要するに違いない。

 この状況が落ち着いて商館の営業が通常通りに再開し、借主との契約の見直しと補償が行われるのは、当分先になるだろうとソウジは考えていた。


 だから、日銭に事欠かないソウジたちが受け取るより、ドウェインの企みによって経済的に大きな損害を被ったフィーネに報酬を受け取ってもらうべきだと考えたのだ。


 それに、ソウジが金銭を受け取りたくない理由はもう一つあった。


「これは俺たちへの口止め料ではなく、フィーネの過払いに当てた補償金という扱いでいいよな?」


 権謀術数を張り巡らすようなドロドロとした戦いにはもううんざりだった。だからこそ、最後くらい後腐れなく終わりたい。

 ソウジが一歩詰め寄ると、ジューダスは声を上げて笑った。


「なるほど、なかなか鋭い視点をお持ちだ。安心してください。私はドウェインのような小手先の小細工はしませんよ」


「それでもだ」


「分かりました。それであなたがたが安心するならば、そういうことにしましょう」


 ジューダスはぽんと手を合わせるとこくりとうなずいた。

 それから、ソウジたちを正門の方へ向かうよう促す。


「ホテルへは後日改めてお伺いします。だいぶお疲れでしょうし、ここにいるとまた嫌な気分になるでしょうから、今日のところはもうお帰りいただいて結構ですよ」


「後ろから不意打ちされたりしないよな?」


「してほしいのですか?」


 ジューダスは真顔で言った。冗談には聞こえない冗談に、ソウジは苦笑した。


 ジューダスに見送られながら、門をくぐり抜けて通りに出ると、噂を聞きつけた野次馬たちが未だに群がっていた。ソウジたちはそれをかき分けつつ、ホテルメリーに向かって歩いていく。

 拍子抜けするくらい平和な締めだったが、何度も訪れた危機を乗り越えてようやく得ることができた特別な日常だと思うと、とても嬉しかった。


 いままでは緊張と興奮に満たされていたので気がつかなかったが、こうして身柄を解放されてみると、全身に分銅をつけているかのように体が重い。


「もうへとへとですよ。早く帰って休みたい」


「全くです。しばらくは商館という単語を見聞きしたくありませんよ」


 ソウジもその意見には同感だった。衛兵たちに囲まれたときのあの絶望的な光景は、しばらく夢に出てきそうだ。


 そんな不快な妄想を振り払いつつ、ソウジは背後にそびえる商館を振り返ってみる。


 ラッシマ商会を敵に回すことの恐ろしさを目の当たりにしたことで、異世界人であるソウジにもその強大な力をひしひしと感じられるようになった。道理でハブ・プロットルの住民たちが恐れるわけだ。

 いまになって思えば、そんな相手によくもあんな無茶な喧嘩を吹っ掛けたものである。ソウジは自分の無知さと無謀さに小さく身震いした。


 そのとき、ソウジはあることにふと気がついた。


「そういえば、イザベラさんは?」


「私たちが出るとき、屋根の上にはもういませんでしたよ」


「きっと自分の家に帰ったんじゃないですか?」


「なるほど」


 あの奔放なイザベラなら、それも十分にありえる話だ。ソウジは彼女の無事を祈りつつ、安心して帰路につける幸せをのんびりと味わうのだった。

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