23話「手帳のゆくえ」
「ジューダス!? なぜここに!」
「騒ぎを聞きつけたのです。たった数名の旅魔にかき回されているとは……」
ドウェインは予想外の来客にうろたえているようだった。
親しげなその話し方からして、二魔はどうやら顔見知りのようだ。
「あれって誰?」
「ジューダス・クラウスです。衛兵隊の元隊長で、いまはラッシマ会長の秘書をやっているとか」
腰を屈めてひそひそ話を持ちかけたソウジに、フィーネは耳打ちした。
商会の長と密接な立場にいる者にこのタイミングで乱入されるのは、ドウェインにとっては胃に穴が開くほどのストレスだろう。
「これはプロットル商館の館長である俺の問題だ! 本部所属のお前には関係ないだろう!」
「そうでしょうか? あなたが問題を起こせば、ラッシマ様の顔にも泥が塗られるのですよ。早くこの不届き者たちを始末してください」
「ぐっ……」
会長の名前という伝家の宝刀を取り出されて、ドウェインは悔しそうにうつむいた。
「上手くできないなら、手伝いましょうか?」
「いらん! 俺がやる!」
ドウェインは威勢よくそう言ったものの、ソウジたちをねめつけるばかりで動こうとはしない。ジューダスは首をかしげた。
「どうしたんです? 早くやりなさい。何か問題でもあるんですか?」
「いや、その……」
イザベラの出方をチラチラと伺いながら、ドウェインは持っているサーベルを所在なさげに上下に振っている。ジューダスはその情けない様子を見て鼻を鳴らした。
「なぜ彼らを始末できないか、当てて差し上げましょうか。例えば、そうですねぇ、誰かに弱みを握られている、とか」
「お前、最初から知って……!」
持って回った言い方で問い詰められ、ドウェインは狼狽した。
ジューダスは羽ばたきながら高度を下げ、イザベラに目線の高さを合わせる。彼は事の大まかな経緯をすでに知っているようで、黒い手帳へ真っ先に目を向けた。
「その手帳、こちらに渡していただけますか」
「お、おい、やめろ猫娘! こっちに渡せ!」
「はぁ? 大切な交渉材料をそんな簡単に渡すわけないでしょ」
イザベラはわめき散らすドウェインを無視しながら、手帳を後ろ手に隠した。ジューダスは呆れ顔で嘆息した。
「あなたたちはゲルートに逃げ込もうと考えているのでしょう? ここにいる衛兵だけでなく、あの町にいる衛兵まで敵に回せばどうなるか、すぐに分かりそうなものですが」
「脅しってわけ?」
「老婆心による忠告です」
いずれにしても、ラッシマに告げ口をすればソウジたちを一瞬でお縄にできるということだろう。秘書から直接報告を受ければ、ラッシマも黙ってはいないはずだ。
ジューダスは屋根の上に着地すると、猛禽類特有のギラついた眼光を輝かせながら、眼下の広場を見下ろした。
「素直に渡していただければ、今回の一件は不問とします。衛兵たちがさらなる危害を加えることはありません。そうですね、ドウェイン?」
館長としてのプライドが許さなかったのか、ドウェインは明白な返事をせず、沈黙によってそれを肯定した。その震える両こぶしは、激しい悔しさと恐怖を物語っている。
「もし渡さなかったら?」
「そのときは――」
恐る恐る問うてきたイザベラに、ジューダスは安易な言葉を用いず、有無を言わさぬ実力で答えた。強く踏みしめた足のかぎ爪で屋根の瓦を粉砕すると、大小様々な屋根瓦の欠片が飛び散りながら地面に落ちていった。
「徹底的に叩きのめします」
持ち上げた蹴り足を自分の方に向けられて、イザベラは震え上がった。その威力をまともに受けたら、骨折程度では済まなさそうだ。
「イザベラさん、渡しましょう!」
「でも、せっかく決定的な証拠を手に入れたのに!」
「俺たちの目標はラッシマ商会を潰すことじゃないはずです」
フィーネを救うという第一目標は達成した。これ以上欲張るのは強欲が過ぎるというものだろう。そして、過ぎた欲は自らの身を滅ぼす。
「はぁ……わかったよ。持ってけ泥棒」
「ありがとうございます。これで穏便に事を進めることができる」
ジューダスは手帳をパラパラとめくった後、合点がいったようで、ドウェインのところへばさりと舞い降りた。屋根の上から広場までは結構な高さがある。飛鳥の飛行能力の高さを目の当たりにしたソウジは驚いた。
「ドウェイン、いますぐに本部まで来ていただけますか?」
「い、いやだ……待ってくれ! これには理由が!」
「来ていただけますね?」
無言の圧力に押されて、ドウェインは大きく震えながら首肯した。
ジューダスは早速、衛兵たちに指示してソウジたちの包囲網を解かせると、ドウェインの両脇を大柄な衛兵でがっちりと固めさせた。これでもう逃げることはできないだろう。とぼとぼと連行されていくドウェインの背中はしょぼくれて、いくばくか小さく見えた。
ジューダスはソウジたちに向き直ると、慇懃に会釈をした。
「はじめまして。私、ラッシマ会長の秘書を務めているジューダスと申します」
ソウジは警戒しながら、いつでも戦闘に入れるようサーベルをぐっと握った。ドウェインのようになにか企んでいるかもしれないからだ。
「俺たちのこと、本当に捕まえないの?」
ジューダスは目を細めて微笑んだ。
「ええ。あなたたちには大変感謝しています。ドウェインの裏金工作については前々から調査していたのですが、なかなか尻尾を出さないので困っていたんですよ。そこにあなたたちが現れた」
イレギュラー要員であるソウジたちの働きによって上手く化けの皮が剥がれたというところだろうか。ニールが告発しようとした件といい、今回の借用書事件といい、商会の内部も一枚岩ではないのかもしれない。
そのとき、フィーネが控えめに手を挙げた。
「あの、ドウェインさんはこの後どうなるんですか?」




