21話「ソウジVSドウェイン」
ソウジとドウェインは互いの間合いを計りながら少しずつ前進していく。鳥肌が立つような凄まじい緊迫感の中、両者の均衡がついに破れた。
先に仕掛けたのはドウェインだった。腰を地面すれすれまで落とすと、地を這うような疾走から鋭い突きを放つ。
ソウジは刺突の軌道を見極めると、ギリギリのところでタイミングを合わせて、刃を左へと払いのけた。
しかしドウェインは動揺することなく、弾かれた勢いのまま半回転し、固い尻尾でソウジの頬をしたたかに打ち付けた。脳天を揺さぶられ、ソウジは口の端から血を流しながらよろよろと後退した。
「どうした? そんなもんか?」
ドウェインは続けざまに剣を突いてきた。今度は横ではなく、斜め下へ受け流す。
するとドウェインは、ソウジのわき腹目掛けてミドルキックを繰り出した。革ブーツのつま先が腹にえぐり込み、ソウジは肺の中の空気を大きく吐きながらさらに数歩後退する。
はっと気がついたときには、早くも広場の端まで追い詰められていた。
「なぜそこまでお金にこだわるんですか!?」
外塀を背にして、ソウジは問いかける。それまで真顔だったドウェインは、見透かしたようなその質問を聞くと急にくつくつと笑った。
「さっき言ったろ? 綺麗ごとだけじゃ飯は食えない。金のあるやつが、金のないやつから奪い取っていくんだよ。金も、物も、家族もな」
ドウェインのその言葉は、いままでの薄っぺらいチンピラのような言動とは異なり、切実さと後ろ暗さを帯びていた。
ソウジは、黄色い瞳の奥底に見える彼の心の中に、真っ黒い泥がよどんでいることに気がついた。この魔族も自分と同じように何か重いものを抱えているのかもしれない。悪には悪なりの理由があるのだろう。
「だからって、横暴に振る舞って勝手に私服を肥やしていい理由なんてどこにもない!」
「それはテメェには関係ねぇだろうが、ヒーロー気取りのお節介野郎が!」
ドウェインは説教などクソ食らえと言わんばかりに、地面につばを吐き捨てた。
「俺にはささやかな願いがあるんだ……それがもうすぐ叶うってときに、テメェらの邪魔が入った! 完膚なきまでに屈服させなきゃ、腹の虫が収まらねぇんだよ! さっさと沈め!」
追い詰めたソウジに向かって、ドウェインは高速で刺突を繰り返した。魔王の体が持つ優れた動体視力をもってしても見切るのがやっとで、反撃する隙などなかった。
かといって、横に避けるとリーチの長い尻尾による攻撃と、強烈な蹴りが待ち構えている。
喧嘩殺法と洗練された剣術の高度な融合に、ソウジは自分が一方的に押されていることを自覚した。正面からまともに戦ってはジリ貧になるだけだ。
そこで、ソウジは思い切った策を披露することにした。
「なっ――!?」
ソウジは自分のサーベルをドウェインに向かって投げつけた。その予想外の行動に、ドウェインの動きが一瞬固まる。
ソウジはその隙を見計らって、ドウェインの懐に潜り込んだ。
振り下ろされた腕を左手で受け止め、さらに接近しながら身体を密着させる。そして両手でしっかりとドウェインの右腕をつかむと、流れるような動きで膝裏に右脚を入れた。
自分の腰を下から上に持ち上げながら、上半身を前に倒す。ドウェインはくるりと半回転して、後頭部から地面に叩きつけられた。
柔道における足技二十一本の一つ『大外刈り』が綺麗に決まったのだった。
石畳に大きく亀裂が入り、石の破片が飛び散る。ドウェインは咄嗟の投げ技に受け身を上手く取れなかったようで、全身でもろに威力を受けながら唾を吐き出した。
ソウジは足元に落ちていたサーベルを拾うと、ドウェインの首元に切っ先を当てた。
「俺の勝ちだ、ドウェイン。降参しろ」
大の字になって仰向けに倒れているドウェインが、急に笑い出した。敗北のショックで頭がいかれてしまったのかと思ったが、そうではないようだった。その瞳には、いっぱしの商魔としての矜持が未だ宿っている。
「俺をここまで追い詰めたのは見事だ。戦闘技術は一丁前だが、しかし戦場を生き抜く兵士としては失格だな」
「なに?」
「周りの状況をよく見ろ!」
ソウジはそこまで言われてようやくドウェインの真の意図に気付き、はっと顔を上げた。
ドウェインは強敵だった。だからそちらに意識を向けるだけでも精一杯で、仲間を心配する余裕まではなかったのだ。
慌てて背後を振り返ると、ソウジの悪い予感は的中した。噛狼二魔組に捕らわれたフィーネとイルが後ろ手に縛られていたのだった。
「ソウジさん、ごめんなさい……足手まといになってしまって……」
「いえ、私がソウジ様に見とれるばかりで、こやつらを注意深く観察していなかったのが悪いのです。従者として失格です」
二魔は申し訳なさそうにうなだれている。ソウジが知っている決闘というのは、もっと崇高で正々堂々としたものだ。これでは話が違う。
「仲間の助けを借りないと誓ったのは嘘だったのか!」
ソウジは憤激しながらドウェインを見下ろした。その瞬間、ドウェインは握っている左手を開きながら、ソウジに向けて振り上げた。
「うっ――!?」
細かい砂利がドウェインの手から放たれ、ソウジの顔面を直撃する。反射的に目をつぶってしまったソウジに対して、ドウェインは跳ね起きながら右ストレートをぶち込んだ。
たまらずソウジはよろけた。口の中がどこか切れたらしく、唇の端から垂れてきた血を拭う。ドウェインは距離を取りながらサーベルを拾い、再び構えた。
「いや、嘘はついていないぞ。なぜなら、あいつらはこの決闘に関しては何ら介入していないからなぁ!」
それはあまりにも自己本位の屁理屈だった。
いまになって考えてみれば、そもそもドウェインは真面目なタイマンなど元からする気がなかったのかもしれない。近接戦闘の能力が一番高そうなソウジの気を逸らしているうちに、他の仲間を質に取って優位に立つという作戦だったのだろう。
一杯食わされたソウジはなんとか反論の言葉を紡ぎ出そうとするが、脳みそはただ空回りするばかりで、何も思いつかない。ドウェインが巧みな話術でソウジを言いくるめようとしていることは重々分かっているのに、抵抗できないことがとても歯がゆかった。
「ほら、かかってこいよ。あいつらの身の安全は保障しないがな!」
ドウェインはにたにたと嫌らしい目つきでサーベルを突いてきた。それはさっきまでの本気の突きとは異なり、反撃できないソウジをじわじわといたぶるような剣さばきだった。もちろんソウジはそれを受け流すしかない。
そのとき、豪快な破壊音が商館の方から聞こえてきた。氷塊に封鎖されていた扉がついに開いたのだ。扉に向かってタックルしたらしき数魔の衛兵たちが、転げながら外へ飛び出してきた。
その後ろに控えていた衛兵たちが駆け寄ってきて、すかさずソウジを取り囲む。
「これでもまだ続けるか? いま降参すると言えば、命だけは助けてやらんでもないぞ? んん?」
ドウェインは勝者の笑みを浮かべながらソウジに問いかけた。
残っていた勝ち筋が全て潰されて、ソウジの頭はもう真っ白だった。ここから逃げようとしても、逃げ道はどこにもない。助けてくれる味方もいない。




