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15話「混乱の昼下がり」

◆◆◆


 衛兵噛狼(ヴォル)二魔(ふたり)組は、ハブ・プロットルの道路の中央をがに股で歩いていた。衛兵が来たと見るや否や、通行者はみな怯えた顔で一定の距離を取り、端へと散っていく。その光景が、彼らにとってはたまらなく痛快だった。


「俺たちがこの街を守ってやってるっていうのに、気に入らねぇなぁ?」


「ああ、全くだ」


 ニタニタと笑いながら、大声で言い合う。それはもちろん本心から出た言葉ではなく、町民たちのよそよそしい態度に対する、当てつけにも似た冗談だった。自分たちの立場が絶対的上位にあると分かり切った上で、彼らはわざとやっているのだった。


 ラッシマ商会の商館を出て北の方へ十数分ほど進んでいくと、目的地のホテルメリーへとたどり着いた。予定していた時間より少し早いが、ホテルの中で強引に居座って、支払うまで待っていればいいだけの話だ。


「邪魔するぜ、お嬢さん」


 ロビーに入ると、フィーネがたった一魔(ひとり)で立っていた。両手を前で合わせたその立ち姿は、客を出迎える一オーナーとしての雰囲気をたたえている。その毅然とした表情には、彼女なりの決意が見えるようだった。


「おや、今日はあのかっこいい用心棒くんはいないのかな?」


「はい。私だけで対応できますから」


「おお、そうかい。そりゃ何よりだ」


 ハスキーの噛狼は感心したように片方の眉を上げると、ズボンのポケットに手を入れながら、前日と同じように詰め寄った。


「で、もう金は用意できてるのか?」


「その前に、もう一度あの借用書を見せてください」


 フィーネは首を振ると、右手を差し出してきた。


「けっ、またかよ。気が済むまで何度でも確認するといいさ。おい、見せてやれ」


「ああ」


 後ろにいるコーギーの噛狼が、ポケットから借用書を取り出して、両手で広げる。フィーネは顔を近づけると、それを凝視した。


「すみません。細かく見たいので、もう少しこちらへ」


「ちっ……」


 コーギーの噛狼はめんどくさそうに前に進み出ると、フィーネの目の前まで歩み寄った。距離にして半歩程度という位置だ。


「これでいいか?」


「ありがとうございます」


 そんなに穴が開くほど見たって内容が変わるわけでもないのに、一体何がしたいのだろうか。時間稼ぎのつもりだろうが、焼け石に水だ。

 ハスキーの噛狼がそう思いつつ、煙草でも吸おうとポケットに手を伸ばしたときだった。


「火事だ! 火事だ!」


 ホテルの外から唐突に叫び声が聞こえて、衛兵たちは思わず後ろを振り返った。


「火事?」


「いまだ!」


 その瞬間、陰から飛び出した何者かがコーギーの噛狼に体当たりした。あっと思ったときには、持っていた借用書は奪い取られていた。


「こら、待て!」


 衛兵たちは飛び出したホテルの前で、ソウジたちと対峙した。

 フィーネをかばうように立つソウジとイルに向かって、ハスキーの噛狼はガンを飛ばす。


「おいテメェら、どうなるか分かってんだろうな?」


「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。商館にある()()()()()()が火事で焼けてなくなったら、色々と困るんじゃないんですか?」


「なっ、どうしてそれを……!」


 ハスキーの噛狼の顔色が一気に青ざめた。借用書の原本は、嘘の借用書を作るときにサインや母印などを偽造するための大元となる大切な書類だ。それらを失えば、まだ借用書を改ざんしていない借主からも金を取りっぱぐれるおそれが出てくる。


 コーギーの噛狼は事情を把握しきれていないらしく、悩みながら首をかしげている。


「何のことだ?」


「お前は知らなくていいことだ!」


 ハスキーの噛狼は、すぐそばにある見通しのいい交差路まで慌てて走った。火事が起きたというのはどうやら本当のことらしく、まさしくラッシマ商会の商館がある方角から煙が上がっていた。


「やりやがったな!」


「さあ、何のことですか? こんなしけたホテルなんか放っといて、早く戻った方がいいと思いますけどね」


「覚えとけよ……!」


 ソウジから図星を指された衛兵二魔組は、歯噛みしながら踵を返した。大事の前の小事だ。いま一番優先するべきなのは、現場にいなかったせいで館長の大目玉を食らわないことだ。


 息が切れるほど必死に走って彼らがたどり着いたころには、商館はもうもうと立ち上がる煙に包まれていた。

 開かれた正門を通って商館前の小広場へ足を踏み入れると、館長目下、各部門の長たちが、行き交う職員たちに向かって大声で指示を飛ばしていた。突然の出来事に誰もが慌てふためいており、完全にパニック状態だった。


 ハスキーの噛狼たちは、黄色くつややかに光る鱗とこげ茶色のぎょろついた目玉を持つ、掘爬(ディゴ)の館長の元へ急いで駆け寄った。

 その隣では、茶色いスーツを着ている灰毛と黒毛のサバトラ跳猫(キット)が、ドウェインに向かって何度も頭を下げている。


「謝ったって、なかったことにはできねぇだろうが! どうすんだって聞いてんだよ!」


「た、ただいま、重要度の高い書類から順番に、建物の外へと避難させております!」


「分かってんならさっさと動け、このノータリンが!」


「ひえぇ!」


 ドウェインに尻を強く蹴飛ばされた経理部長は、情けない内股になりながら、転ぶ寸前までよろけた。商館のボヤ騒ぎについて、責任の所在がはっきりしないことに苛立っているせいか、それはもはや八つ当たりに近い叱責だった。


「館長! ただいま現着しました!」


「おう、早かったな」


 ドウェインは横で待っている噛狼たちの存在に気がつくと、右手を振ってハスキーの噛狼をさらに近くへと呼び寄せた。


「お前、取り立て班の班長だからよく知ってんだろ。中行って、全部出してこい」


「はっ!」


「おい、早く出せよ! 鍵を!」


「こ、こちらです――あひぃっ!」


 経理部長は、一部の者しか扱うことを許されていない金庫の鍵をハスキーの噛狼へと手渡した。

 激怒に任せて再び経理部長の尻を思い切り蹴飛ばすドウェインを見て、すっかり震えあがった衛兵二魔組は、自ら率先して商館の中へと突入していった。

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