13話「決起集会」
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「つまり、話をまとめるとこういうことになります」
ソウジはテーブル上に置かれている、トカゲの顔が描かれた紙片を軽く叩いた。
「ドウェインは昔から裏金工作をして、私服を肥やしていた。プロットル商館の館長になったドウェインは、町民たちへの貸金に目をつけた」
ニールはそれを見て、こくりとうなずいた。
トカゲの絵の周りに、剣が描かれた紙片と、困っている顔文字の紙片がそれぞれ何枚か置かれる。
「衛兵の指揮権を掌握したドウェインは、その勢いに乗って借用書を偽造。衛兵を使って町民たちを脅しつつ、利息を跳ね上げた」
金貨の描かれた紙片が、顔文字からトカゲの方へと移っていく。
「そして、利息の差分がドウェインの懐にすっぽり入るというわけですね」
「その通り」
ソウジがトカゲの絵を裏返すと、腹をいっぱいに膨らませたトカゲがふんぞり返ってにんまりと笑う絵が出てきた。
「仕組みは分かりましたが、しかし証拠がないのではどうしようもないですね」
イルは腕を組みながらひとりごちた。
その問題がまだ解決していないということに変わりはなかった。理路整然と突っぱねたところで、それを証明できる物品がなければ、いちゃもんをつけただけで終わってしまう。
「また今日の昼間みたいに脅されたら私、言い返せる自信がないです……」
フィーネは不安そうな上目遣いでソウジたちを見上げた。
「大丈夫だって。そのときはまた、この唱角のあんちゃんがどうにかしてくれるから」
「あ、あはは……」
イザベラは他魔事のように言いながら、ソウジの背中を押した。腕っぷしにはあまり自信がないのだが。頼りにされすぎるというのも結構困りものだった。
そのとき、ふとニールが口を開いた。
「そういえばその証拠のことなんですが、一つだけ心当たりがあります」
「本当ですか!? 何です!?」
イルは嬉しそうに飛びついた。横から差すイザベラの疑うような視線に怯えながら、ニールはぼそぼそと話を続ける。
「ドウェインは、どんな些細なメモ書きでも最低三年以上は取っておくんです。だから、古い方の借用書も保管しているはずです」
「就任後に契約を改ざんしたとなると、プロットル商館のどこかにあるってことですね」
「ええ、おそらくは」
手に入れる方法はいったん置いておくとして、借用書の原本がまだ処分されておらず、現存する可能性があると分かっただけでも大きな収穫だ。
ニールはさらに言葉を紡ぐ。
「それともう一つ、ドウェインは裏帳簿を持っています」
「裏帳簿!?」
「裏金の動きが詳細に記されているんです。それがいま、どこにあるのかまでは分かりませんが……」
「そんなものが明るみに出たら、どうなるかねぇ。ひひひ!」
イザベラは両手の指をわきわきと器用に動かしながら、目を吊り上げて嫌らしく笑った。どうやらそれを手に入れた後のことを想像しているらしい。ドウェインはいまごろ、イザベラの脳内でさぞかしひどい目に遭っているに違いなかった。
「在り処の分からないものはともかく、偽物の借用書と本物の借用書をそれぞれ手に入れてラッシマ商会に突きつければ、ドウェインは言い逃れできなくなるはずです」
妄想にふけるイザベラをぐいぐいと横に押し出しながら、イルが指摘した。
ソウジは大きくうなずいた。
「あとはどうやってそれを手に入れるか、ですね」
「バカ正直に資料を出してくださいって言っても、きっと出してもらえないですよね……」
「闇夜に紛れて盗んじゃえば?」
イザベラは思考を邪魔された腹いせなのか、イルの後頭部をデコピンしながら言った。
「それはいくらなんでも危険すぎます!」
「でも、方法って言ったらそれくらいしかないじゃん。アタシはまだ取り立て屋たちに顔が割れてないし、動こうと思えばいつでも動けるよ」
「建物内部の構造なら私に任せてください。あそこには何度か出入りしたことがありますから、よく知っています」
「待ってください!」
このままではろくな算段もなしに商館に忍び込むという展開になってしまいそうだったので、まずいと思ったソウジはすかさず会話を遮った。それで上手く行けばいいものの、もし途中で見つかってしまえば一巻の終わりだからだ。
「それより、もっといい方法があります。その代わりに、みなさんに協力してもらう必要がありますけど――」
より確実で周到な作戦を、ソウジは全員に伝えることにした。
話を一通り聞き終わったとき、イルは気乗りしなさそうに、イザベラは興味を持って、ニールとフィーネは驚愕の目で、それぞれソウジを見つめた。
「いいじゃん、それ。やってみようよ」
「私は不安です。そんな無茶をして、もしソウジ様の身に何かあったらどうするんです?」
イルはソウジがまだ目覚めたばかりだということを配慮してくれているようで、心配そうに顔色を伺ってきた。ソウジ自身にはそこまで不調という感覚はないが、全盛期の魔王を知っている者からしたら、十分すぎるくらい弱体化しているのだろう。
「俺のことは気にしなくていいですから。フィーネさんの方が大変なのに、そんなこと言ってられませんよ」
「ですが……」
「頭カチカチだね、骸骨さん。反骨精神ってものはないの?」
「そちらこそ、その開ききった耳の穴から転げ落ちたネジを拾って締め直してはいかがですか?」
腕を組みながら横槍を入れてきたイザベラにイルが反応し、二魔は途端に険悪なムードになった。暇さえあれば言い争おうとするその様子は、まさに水と油だった。
バチバチとにらみ合う二魔を引き離しながらその間を通ると、ソウジは不安そうに胸に手を当てているフィーネに笑いかけた。
「大丈夫です。きっと上手くいきますよ」
「ソウジさん……」
その気遣いに、フィーネは弱々しくはにかむのだった。
結局、ソウジの案を採用した一行は、計画の詳細を話し合うことになった。
決行は明朝。泣いても笑っても明日が勝負だ。
失敗は絶対に許されない。