12話「タンリンからフクリン」
「タンリンからフクリン?」
イザベラは頭上にはてなマークを浮かべながら首をかしげた。イルも先ほどから話にうなずいてはいるが、どことなく自信なさげにしている。二魔ともあまり分かっていないようだった。
「違いますよ。単利から複利です」
ソウジはポケットからメモと鉛筆を取り出すと、ニールに手渡した。
「すいません、ニールさん。分かりやすく解説してもらえますか」
「分かりました」
ニールは渡されたメモの上に硬貨袋を三つ描き、その右横の少し離れた位置にもう一つ袋を描いた。
「左側の袋が元本、右側の袋が利息だと思ってください。単利というのは、最初に借りた元本の額に応じて、利息が課されていくという計算方法です」
ニールはメモの右側の方に袋を一つ、二つと描き加えた。
「単利の場合、参照する元本の額は借入れ時の金額に固定されていますから、利息はずっと一定のまま変動しません。増えることも減ることもありません」
「ふむふむ。この場合だと、毎月確実に一袋ずつ増えていくってわけね」
「そういうことです。しかし、複利は全く違います」
ニールは全ての硬貨袋を大きな円で囲った。
「借主が支払えずに積み重なった利息を元本の中に組み入れて、それを新たな元本として逐一計算し直すのが複利です。その仕組みを説明するための極端な例ですが、この円の中が全て元本になったと思ってください」
ニールは描いたメモをイザベラに手渡した。イザベラは指差ししながら、ぶつぶつと小声で袋の個数を数えている。イルはちょっと見づらそうにしながらも、イザベラの肩越しにメモを覗き込んで、一魔うなずいている。
「元本三袋につき利息が一袋だから、六袋だと……うわ! 最初の二倍の金額になってるじゃん!」
「そうです。利息を返済できなければ雪だるま式に返済額が増えていくのが、複利の恐ろしいところです」
ニールは受け取ったメモと筆記具をソウジに返却すると、表情を固くこわばらせながら胸の前で両手を合わせているフィーネを振り返った。
「ドウェインはおそらく、未払いだった利息を全て元本に組み入れたのでしょう。フィーネさんによれば、ホテルの経営が苦しかった時期の未払い利息がまだかなり残っているそうですから、それを元本に含めることによって利息の額はだいぶ変わると思います」
「なるほど、それで一気に返済額が跳ね上がったというわけですか。よくもまあ、小癪なことを考えるものですね」
イルは感心しながら腕を組んだ。
「ありがとうございます。理由が分かっただけでも良かったです」
フィーネは嘆息しながら、弱々しく微笑んだ。その言葉とは裏腹に嬉しそうには見えず、見かねたイザベラはフィーネの肩をつかんだ。
「全然良くないじゃん! ラッシマの野郎に余計にぼったくられてんだよ! もっと気持ちを前面に出して、素直に怒んなよ!」
「そ、そうだね。当事者は私だもんね……もっとしっかりしないと」
フィーネは苦笑しながらも、ぐっと拳を握りしめた。何かと気弱になりがちなフィーネだが、明け透けな言動を取るイザベラのおかげでだいぶ勇気づけられているようだった。
そのとき、聞き取り調査の結果を記したメモを遠目に眺めていたニールが、借主一覧表の一点をふと指差した。
「すいません。ずっと気になっていたんですが、この日付はなんですか?」
「ああ、それは利率が変わったことに借主が気づいた日付です」
ソウジが説明した通り、一番右の列には日付がずらっと書いてある。
ロスタルカで使われている暦のことはソウジにはよく分からないので、代わりにイザベラに書いてもらったのだが、現実世界で使われている太陰太陽暦との違いはほとんどないように思われた。
「これはあんまり今回の件とは関係ないんじゃない? どれもバラバラじゃん」
「まあ、ソウジ様に言われて、念のため書いておいたという程度のものですからね」
それでもニールはそれらの日付をじっと見つめたり、それぞれを注意深く見比べたりしている。うなり声を上げながらそうやって延々と考え込んだ後、あるときぽんと手を叩いた。
「――そうか!」
「なにか分かったんですか?」
「これらの日付には、共通点があります。三ヶ月より前の日付がありません」
「はぁ? そんなの当たり前じゃん。利息が上がってから、それに気づいたんだから」
怪訝そうに非難してきたイザベラに、ニールは首を振った。なにかそれ以上の確信があるようだった。
「そのタイミングが問題なんですよ。ラッシマ商会では毎年一月に異動があるんですが、今年ちょうどプロットル商館の館長が変わったんです」
そこでイルがハッと気づいて、ニールを指差した。
「一月ということは、ちょうど三ヶ月前ですか!」
つまり、その異動の直後に貸金の利息額が引き上げられたということになる。
どうにもきな臭い話だ。それら二つの事象の間に、全く関係がないとは思えなかった。
「ちょ、ちょっと待って下さい。当時の記事の切り抜きが取ってあると思うので、出してきます」
フィーネは慌てながらカウンターの裏の控え室へと入っていった。新聞をまめに読んで、気になった記事を切り抜いているのだろう。若女将としての裏の努力が垣間見えた。
「いまの館長ってどんな方なんですか?」
「よーく覚えている顔ですよ。私は毎日のように顔を突き合わせていたんですから、見間違えるはずがない」
「まさか、それって――」
「ありました!」
フィーネはテーブルの上にスクラップブックを置くと、該当の記事をつまびらかにした。
紙面の上方には、大きなゴシックフォントで『新館長にドーソン氏就任』と書かれている。
その記事を読み進めるにつれて、彼のイメージ像があらわになってきた。
名前はドウェイン・ドーソン。若くしてラッシマ商会のプロットル商館館長に就任した新進気鋭の商魔にして、衛兵の詰所を管理する衛兵隊二番隊隊長でもあるということだった。
「これって、結構ヤバい真実だったりする?」
ソウジたちは互いの顔を見つめ合って絶句した。
大いなる闇の一端をつかんだ気がして、ソウジは身震いした。