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11話「利害の一致」

◆◆◆


「いやー、さっぱりしました。お願いっていうのは言ってみるもんですね」


 垂れ耳の噛狼(ヴォル)は、ほかほかと湯気を立てながらソファに腰かけた。

 その白い毛は綿雪のようにふんわりとして、気品さえ漂わせていた。さっきまで着ていた服の代わりに、ホテルメリーの来客用に用意されていた薄水色のローブとスリッパを身につけている。


 ニールの要求とは、詰まるところ、一時的な衣食住の確保と提供だった。幸いなことに、フィーネはホテルメリーに無料で彼を泊めることを快諾してくれた。


「これでもしロクな話じゃなかったら、ぶっ飛ばすからな」


「まあまあ、それはこれから分かりますから」


 怒り心頭のイザベラに苦笑しながら、ソウジはニールの隣に座った。


「では、ニールさん。ラッシマ商会について、知っていることを教えてください」


「はい。私は数年前まで、ラッシマ商会で働いていました。当時はゲルート商館の経理部にいたんですが、とある事情で職を追われてしまいまして」


「とある事情?」


「直属の上司だったドウェインという掘爬(ディゴ)が、売上の一部をこっそりプールして、自分の懐に入れていたんです」


 掘爬(ディゴ)というのは、全身に乾いた鱗を持つトカゲの魔族たちだ。いわゆるリザードマンのような姿を想像すると分かりやすいかもしれない。


「なるほど。簡単に言えば横領っていうことですね」


「はい。私は帳簿の数字をいじって辻褄(つじつま)を合わせる作業に協力させられていました。断ったらドウェインに何をされるか分からないというのが怖くて、しばらくは手伝っていたんですが、罪の意識にだんだん耐えられなくなってきて、それで告発することにしました」


「告発は成功したんですか?」


「いえ、できませんでした。ドウェインには実行する前にもうバレていたみたいで、すぐに解雇されました。しかも、衛兵たちから命を狙われるようになってしまって……それ以来、素性を隠してスラムに逃げ込んでいました」


 ニールは涙を浮かべながら、両手を合わせてうつむいた。震えるその腕からは、身の危険に対する恐ろしさと、不正に加担してしまったことに対する悔しさが伝わってくる。


「でも、あの不正を告発することだけはどうしても諦めきれなくて。それで、告発に協力してくれる(マギ)をずっと探していたんです。そんなとき、ソウジさんたちと偶然出会って。同じ方向を向いてくれる仲間がやっと見つかったと思いました」


 イザベラは話を聞いているうちにだんだん苛立ってきたのか、頭を勢いよくかきむしると、テーブルをどんと叩いた。膨れ上がった尻尾が、小刻みに揺れている。


「協力させられたんじゃなくて、自分でやったんでしょうが! 上司の言いなりになって罪を犯したけど、いまになって後悔してるから、アタシたちを踏み台にしてそれを償いたいってことでしょ? それって、ただの自己保身じゃん!」


「――おっしゃる通りです」


「ああ、認めるんだ。そんな自分勝手なやつ、誰が信じると思うわけ? ちょっと考えが甘すぎるんじゃない?」


 ニールは元気なくうつむいていた頭を唐突に持ち上げると、イザベラを毅然とした態度でにらみ返した。


「勝手な言い分なのは十分承知しています。ですが、あなたたちだって打つ手がなくて困っているはずです。そして、ラッシマ商会の内部でしか得られない情報を必要としている」


 ニールの理屈を聞いて、イザベラは豆鉄砲を食らったかのようにのけぞった。我々がいま一番窮している弱点を突かれては、あまりに分が悪い。


「うっ……それはそうだけど! アンタと手を組むのは嫌だ! 信用できない!」


 (たけ)った感情が収まらずに騒ぐイザベラの左肩に、骨だけの手が置かれた。続けて、反対側にある右肩に、それとは対照的に若々しい青肌の手が置かれる。


「私は手を組むべきだと思いますけどねぇ」


「うん。俺もそう思います」


「はぁ!? なんでこんな奴と組むの!?」


 イザベラにはこのニールという犬っころの言い分がどうしても気に食わないようで、毛を逆立てながらソウジとイルに食って掛かった。


 出自も身分も全く分からない彼の言い分を、この局面で全面的に信用するというのは難しいだろう。しかし、その発言における信ぴょう性の低さを考慮に入れた上で利用するのならば、十分に価値のある男だとソウジは考えていた。


「俺たちにいま足りないのは、ドウェインに言い返すための確固たる論拠と、証拠です。そして、外部から働きかけて得られる情報にはどうしても限界がある。ニールさんが持っているラッシマ商会の情報と経理のスキルは、絶対に俺たちの役に立ちます」


 ソウジの説得を聞くと、イザベラはそれまで力強く立てていた尻尾を元気なく垂らし、がっくりとうなだれた。


「はぁ、わかったよ。その代わり、失敗したときは全部アンタが責任取ってよね」


「は、はい……」


 冷や汗をかきながら、ニールはへらへらと笑った。そのやり過ごし方がまた(かん)に障ったようで、イザベラは肘でニールの肩を強く小突いた。


「せっかくなので、まとめた情報をニールさんにも一緒に見て貰いましょうか。ほら、イルさんも出して」


「あっ、はい」


「周辺に住んでいる借主のリストです。答えてくれた方だけですけど」


 ソウジたちは住民たちに聞き込み調査をした結果を記したメモをポケットから取り出し、テーブル上に置いた。どのメモも、ソウジが作ったフォームに従ってデータをまとめた一覧表になっている。


「こんなにいたんだ……」


「予想以上の数ですね」


 メモの紙面のサイズが小さいとはいえ、それらは合計で四枚と結構な枚数になっていた。したがって、それだけ多くの借主が利率を一方的に変更されたことになる。


「この縦二列に書いてあるのは、当初の請求額と、契約の条件が変更された後の請求額です。右側に書かれているのが、変更後のものです」


 ソウジは、借主の名前の横に書かれている数字を指差した。

 どの段を見ても、上昇率はまちまちではあるものの、右側の数字の方が大きい。


「なんていうか……ひどいね」


「理不尽な取り立てを受けているのは、このホテルだけではないようですね」


 時間に限りがあるために話を詳しく聞けなかった他の借主も、その多くが同じような仕打ちを食らっているだろうということは、容易に想像ができた。


「その、なんていうか、利息が増えた理由を知ってる(マギ)っていなかったの?」


「なかなか見つかりませんでしたが、数名だけ理解している方がいました。端的に言えば、利息の計算方法が単利から複利になっていたんです」

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