103話「教会への潜入」
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「やっぱりダメだ、開かない」
ソウジたちは教会の大きな両扉の前で立ち往生していた。深夜に建物の扉が不用心に開いているはずもない。しかも厳重なことに、添え付けられているのは鍵だけでなく、扉の内側にかんぬきも下ろしてあるらしい。
「どうする?」
「こんなときのために、ちゃーんと調査しておきましたよ。ついてきて」
アンナは手招きすると、教会の裏側に向かって下りていく細い石階段へソウジとウルを誘った。ウルはソウジたちと合流してもなお心細いのか、ソウジの背中にぴったりとくっついていて歩きづらかった。
街灯の光が届かない暗がりの中、ソウジたちはそこそこの高さの段差を下っていく。急勾配な上に足元がよく見えないせいで、足を踏み外してしまいそうで少し怖い。
それでも注意深く階段を下りきると、そこには小さな扉があった。それは、教会の中に通じる関係者用の通用口のようだった。
「ちょっと待ってね、いまからピッキングしてみるから」
ウルは目を丸くして、アンナに詰め寄った。
「だめですよ、そんなことしたら! 不法侵入になっちゃいます!」
「そんな優等生みたいなこと言ってる場合じゃないっての」
「ああっ、だめです! だめですって!」
あたふたするウルをよそに、アンナはサイドポーチから器具を取り出して鍵穴をカチャカチャといじくりはじめた。
幸運にもそれは簡単な構造だったようで、程なくしてドアがゆっくりと開く音がした。
「ビンゴっ」
アンナはきょろきょろと中を見回して安全を確保すると、ソウジ達を手招きした。
「よし、行くぞウル」
「ちょ、ちょっと! 平然と入らないでくださいよぉ! ああ、もう!」
未だに尻込みするウルの腕を掴んで引っ張りながら、ソウジはドアの奥に侵入した。
そこには、石レンガで作られた細長い廊下が続いていた。地下特有の湿っぽくて冷たい空気が鼻をつく。壁面にはランタンの形をしたマナランプが等間隔で設置されており、薄暗い廊下をほんのりと照らしている。
「手がかりを探そう。どこかにあるはずだ」
「わ、わかりましたっ」
ウルはオーバーにうなずきつつ、拳を握りしめた。囁き声なのにも関わらず騒がしく感じるのは、もはや彼女の才能と言う他なかった。
所々にある扉を開けて中を確認したものの、どれも雑然と物が置かれた物置のような部屋ばかりで、大して気になるところはなかった。
そうやって物色しながら廊下をしばらく歩いていくと、突き当たりで右に90度曲がり、再び同じような通路が続いているのが見えた。いわゆる回廊というやつらしい。
「これじゃ、自分たちがどこにいるのか分からなくなりそうですねぇ」
「永遠に出られなくなったりしてね」
「怖いこと言うなよ……」
軽口を叩きながら、ソウジたちは四度目の曲がり角に差し掛かった。数えた回数が正しければ、ソウジたちがさっき侵入したドアに戻ってくるはずだ。
「あ、あれ?」
「入ってきた扉がない」
何度確認しても同じだった。そこにあったはずのドアは、霞のように消え失せていた。
「いや、そんなはずは……どこかで角を数え間違えたか?」
「ううん、そうじゃないと思う。なんか変だよ、この回廊」
ソウジ自身もどことなく違和感を感じていたが、それは五度目の角を曲がったときに確信に変わった。
ソウジたちは全く同じ構造の廊下を繰り返し通っている。扉の個数から床についたしみまで、そっくり同じだった。
「くそっ、ハメられた」
そう思ったときにはもう遅かった。出口も入口もない、窓すらもないこの回廊から一体どうやって脱出すればいいのだろうか。
なにか魔術的な仕掛けがかけられているとすれば、それを解くしか脱出手段はないように思われたが、魔術的素養のないソウジにはそんな方法など皆目見当もつかなかった。
しかし、このまま泣き寝入りするわけにはいかない。ただでさえ時間がないというのに、こんなくだらない仕掛けの前で立往生している場合ではないのだ。
そのとき、いきなり腕を下に引っ張られて、ソウジは巡らせていた思考が途切れた。見ると、ウルがものすごい形相でソウジの腕をがっちりと掴んでいた。
「ソウジさん、見てください! あれ! あれ!」
「なんだよ、そんなに強く引っ張らなくても――」
何の気なしに振り向いたソウジは、絶句した。ウルが指差したすぐ先には、白いローブの大柄な魔族が威圧感を放ちながら、仁王立ちしていたのだった。
その身長は、だいたいの目算でソウジより頭三つ分ほど高い。顔は他の信者と同じようにヴェールに隠れていて伺えず、唯一露出している手足にはふさふさの茶色い毛が生えていた。
「あ、あのですね、これは違うんです! 司祭様に誘われて教会に来てみたら、うっかり迷子になっちゃったんですよぉ、うっかり! 困ったなぁ、なんて言ってね! あは、あははは!」
ウルの後先考えないでまかせに、ソウジは頭を抱えた。他にいくらでも上手い言い訳はあったはずなのに、これでは台無しだ。
ソウジは戦闘への突入も覚悟しつつ、相手の出方をじっと待った。アンナも警戒心を隠さず、いつでも機敏に動けるように身構えている。
その信者は何を考えているのか、ウルの言葉に何ら反応することなく、腕を組んだままじっと立っている。不安になったウルはおろおろとし始めた。
「ど、どうしたんですかぁ……?」
一言目にどんな言葉を発するのか。場の空気がしんと張り詰める。
やきもきする程度には長い沈黙の後、その信者はやっと口を開いた。
「――実は、俺も迷ってるんだ」
信者の男性は頭をかきながら、少し恥ずかしそうに言った。
ソウジたちは拍子抜けするあまり、盛大にずっこけた。
「出口が分からなくなっちゃって、道順を思い出しながら歩いてたところなんだ。恥ずかしいから、このことは司祭様には内緒にしておいてくれよ?」
さっきの沈黙はソウジたちを咎めるものではなく、単純にそれを言うのが恥ずかしかっただけのようだ。好意的な感触に、ソウジはほっと胸をなでおろした。
「なぁんだ! 同志でしたか! じゃあ、私たちと一緒に司祭様のところまで行きましょう!」
ウルから一方的に握手された後、信者の男は自分の太ももを両手で打った。
「よし、お前たちついてこい。途中までは覚えてるからな」
のっしのっしと歩いていくその男に、ソウジたちはおっかなびっくりついていくことにした。
今回の件に限っては、ウルのファインプレーといったところだろうか。積極的にコミュニケーションを取ることも悪くないと、ソウジは気づかされた思いだった。