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102話「最期の舞い」

 目を閉じて沙汰を待つマライアを、カナエは腕組みしながらじっと見下ろす。


「初めはそうしようと思っていたけど、あなたの様子を見ていたら考えが変わったわ。それに、さっきの答えをまだ聞いてないしね」


「答え? なんのさ」


「貴方自身の望みが何かっていうことよ。せっかく生き返ったのに、このまま本懐を遂げずに終わってもいいの?」


 マライアは馬鹿にしたように鼻で笑い飛ばした。


「いいかい。こうして決着がついたとはいえ、あたしたちは殺し合った者同士だよ? いまさら話し合いを通じて互いを理解しようだなんて、ちゃんちゃらおかしいじゃないか」


「相手と分かり合える道が残されているなら、全然遅くないと思うわよ。私は最後までその可能性を諦めたくない」


 カナエは手を当てて、いくつもの氷柱が交差している部分からマナを注ぎ込んだ。冷気を操る魔晶石の機能によってそれらは徐々にひび割れていき、やがて粉々に砕け散った。


 体についた氷の破片を払いながら、マライアはゆっくりと立ち上がった。まさか解放されるとは露ほどにも思っていなかったようで、驚きに目を見張っている。


「ははっ! あんた大馬鹿者だね。攻撃されたらどうするんだい? 頭の中にお花畑でもあるんじゃないの?」


「そうね。ギルドマスターの馬鹿が移ったみたいだわ。でも、これでまた対等に話し合えるわよね?」


「そうだけどさぁ。全く……あんたには発想のスケールでも、心の広さでも負けたよ」


 カナエとマライアはこの奇妙な状況に笑い合った。口ではなんだかんだと言いつつも、カナエの誠意と度胸を認めてくれたらしく、マライアはもはや敵対的な態度を取らなかった。


 マライアはふと下唇を噛みしめると、悲しそうにうつむいた。


「――そりゃあ、出来ることなら殺しなんてやりたくないよ。誰だってそうだろう? あたしはただ、たくさんの(マギ)にあたしの踊りを見てほしいだけなんだ。一魔(ひとり)でも多くの魔に踊りを届けて、笑顔にしたいんだ」


「ちゃんと自分の意見を持ってるんじゃない。だったら、こんなこともうやめにしましょうよ」


「分かった。あんたの説得に免じて、殺し屋稼業は店仕舞いだ」


 カナエに優しく諭されて、マライアは素直にうなずいた。張っていた気が緩んだのか、マライアは年相応の瑞々しい笑顔を見せた。


「そうだ、扇をいったん返してくれるかい? えっと……」


「私はカナエよ。カナエ・フォーゲル」


「カナエ。せっかくだから、あたしが舞うところを見てほしいんだ」


 マライアの全身には穴がいくつも穿たれており、痛々しい。しかし不思議なことに、それらの穴から血が流れだすことは決してなかった。


「貴方、その傷で……」


「大丈夫、これくらいならまだ動けるから」


 カナエはすんなりと扇を手渡した。武器を手にした途端に不意打ちを食らう可能性も脳裏をよぎったが、こんなボロボロの体で戦闘を継続するのはもはや無理だろう。マライアもそのことは十分悟っているようで、不審な素振りは一切見せなかった。


 マライアは扇を両手に持つと、慣れた手つきでそれを開き、右手を頭の上に、左手を胸の下に構えた。


「じゃあ、いくよ」


 凛とした表情で顔を上げたその瞬間、マライアがまとっている空気がガラリと変わった。一流の踊り子としての気迫が全身から溢れ出している。


 マライアは最初のポーズを決めると、切れのある動きで舞い始めた。大胆な振り付けをもって、ときに伸びやかに、ときに激しく四肢が躍動する。跳ねる姿は蝶のように艶やかで、振るう腕は龍のように勇ましい。


 見る者を魅了し圧倒するその華麗な舞いに、カナエの目は釘付けになった。


 やがて、あっという間に最後のポーズを決める瞬間がやってきた。

 マライアは両足を肩幅に開いて上半身を捻り、両手の扇を前面に広げて体を覆う。

 カナエは感動のあまり、自ずと拍手をしていた。


 踊り切った途端、マライアは立っていられなくなり、ふらふらとよろけた。カナエが慌てて両腕で抱えあげると、マライアは胸の中からカナエを薄目で見上げた。


「いまの演舞、どうだった?」


「良かったわ。世界一良かった」


「ふふっ、それは言いすぎじゃないかい?」


 口ぶりとは裏腹に、マライアは満足そうに微笑んだ。それから、腰につけていた収納ベルトを外すと、持っていた扇をそこにしまってカナエの手に押し付けた。


「これ、あんたに持っててほしいんだ」


「大事なものなんでしょう?」


「道を踏み外したあたしを正してくれたあんたなら、上手く使ってくれると思うからさ。それに、あたしはもう舞えないから」


 マライアは苦しそうな表情をしながら、腹部に刻まれている魔術陣を手で抑えた。穴が開いたせいか、動力源としてうまく機能していないらしい。


 もしカナエの魔術による攻撃でそうなったのだとすれば、氷柱が体を貫いた時点ですでに運命は決していたのだろう。


 カナエは優しく体を揺すりながら、マライアに何度も呼びかける。


「そんなこと言わないで、マライア! 傷を手当てしたら、また踊り子として――」


「あはっ。司祭様を止めようっていう奴がその仲間を励ますだなんて、辻褄が合わないじゃないか。こういうときは、黙って見送るのが道理ってもんさ」


 マライアはそっと微笑むと、天を見上げた。偶然にも、濃い霧はすっかり晴れ渡り、頭上には満天の星空が広がっていた。


 こみ上げてくる涙を必死にこらえながら、カナエはマライアの姿を目に焼きつけた。


「最後にあんたみたいな魔と会えて楽しかったよ。生まれ変わったら、今度は友達になってくれるかい?」


「ええ、もちろんよ」


「ありがとう、カナエ……じゃ、またね」


 言い終わるなり、全身から力が抜けるのが伝わってきた。


 マライアは安らかな笑顔を保ったまま、事切れた。


 その身体はみるみるうちに生気を失い、干からびて朽ちていく。カナエはそれでもなお、強く抱きしめることをやめなかった。


 どれくらいの間、そうしていただろうか。カナエはようやく立ち上がると、マライアの体を慎重に抱え上げ、近くにあった大木の根元へと丁寧に横たえた。


「待っててね、マライア。すぐに戻ってくるから」


 扇の収納ベルトを腰に巻いて固定すると、カナエは駆け出した。


 これ以上、無用な悲しみを生み出すことは許せない。なんとしてもあの司祭を止めなければならないと、カナエは心に固く誓った。

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