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100話「謎の追跡者」

◆◆◆


 日の光に照らされていた昼間とは違い、霧に包まれた夜のラトレイアは暗く陰鬱な雰囲気を漂わせていた。

 どういうわけか、ソウジたちの他に通行者は誰もいなかった。立ち並ぶ家々はみな窓のカーテンをぴしりと閉めており、住民の存在を全く感じさせない。


 所々にある古びた街灯が夜道をうっすらと照らしており、夜霧漂う暗闇の先がどこか違う世界へ続いているような錯覚と不安をソウジに覚えさせた。

 アンナも同じようなことを思ったようで、珍しく落ち着かない様子できょろきょろと周囲を見回している。


「なんか不気味だね……早く通っちゃおう」


「ああ、そうだな」


 問題なのは、生物が太古の昔に会得した根源的な恐怖を感じることだけではない。

 いまいるこの狭い通りで闇夜に紛れて襲撃された場面を想定してみると、適切に対処できる自信はない。

 いずれにしても、長居はしたくないところだった。


 そのとき、アンナがふとソウジの袖を引くと、耳元でこそこそと囁いた。


「ねぇ、足音みたいなのが聞こえない? 後ろの方から」


「なんだって?」


 ソウジはその場でじっと耳をすましてみたものの、静寂が聞こえるばかりだった。


「聞こえないなぁ」


「そう? なら、いいんだけど……」


 アンナは少々神経質になっているようだった。もしかしたら、自分たちが立てた音が壁や地面に反響して、足音のようなものに聞こえたのかもしれない。

 ソウジはアンナを安心させるために軽く微笑みかけると、再び歩き出した。


 それから十数歩進んだところで、今度はソウジが立ち止まった。


「どうしたの?」


「足音、いま聞こえた」


「でしょ!? やっぱりなんかいるって!」


 だんだん声が大きくなってきたアンナに、ソウジは慌てて人差し指を立てた。


「しーっ! 刺激したら逆効果だ。気づかないふりをして、そのまま進むぞ」


「あっ、うん」


 ソウジたちは平静を装いながら通りを進んでいく。耳をそばだてると、何者かの気配がひたひたと足音を立ててついてくるのが分かった。緊張からだんだんと早歩きになるソウジたちに合わせて、不審な存在も足音の間隔を狭めていく。


 歩くピッチは加速度的に上がっていき、やがてそれは疾走になった。何者かはソウジたちを追い越さんとばかりに、息を切らしながら追い上げてきた。


 駆けるソウジたちに、後ろを振り返る余裕はなかった。

 もしそいつに捕まったらどうなってしまうのか、想像もつかない。しかし少なくとも、ここまで執拗に追いかけてくるなんて異常だというのは確かだった。


 そのとき、アンナにふと手を引かれた。なすがままに後をついていくと、アンナは薄暗い脇道へと入った。入り組んだ路地を使って追っ手を撒こうという作戦だろう。


 こうして逃げていると、ハブ・プロットルで同じようなことがあったのを思い出す。ドウェイン率いる衛兵たちから逃げ回るときは、内心冷や冷やしていたものだ。

 あのときはロスタリカに来たばかりで右も左も分からなかったのに、我ながらずいぶん大それたことをしたものだ、とソウジは思った。


 もっとも、そのときの状況と大きく違うことが一つあるのをソウジはすっかり失念していた。それは、アンナに土地勘が全くないということである。


「やっば……」


 眼前に立ちはだかる石の壁を、アンナはただじっと見つめることしか出来なかった。その肉球は珍しく汗ばんでいる。背後に迫ってくる気配に身構えながら、二魔(ふたり)は成す術なくその場に立ち尽くす。


「はぁ……はぁ……」


 荒い息遣いとともに、月明かりに照らされたそいつの長い影が、ソウジたちの足元へ伸びてくる。ソウジは観念して、恐る恐る後ろを振り返った。


「だから……どうして逃げるんですか……」


 膝に手をついたウルが苦しそうに顔を上げるのを見て、こわばっていた全身の筋肉がどっと脱力した。

 いままで気を張っていた反動で腰が抜けそうになり、ソウジとアンナは互いに支え合いながらなんとか立っているという有様だった。


「夜道を無言で付きまとわれたら誰だって怖いし、逃げるに決まってるだろ! どうしてすぐに一声かけなかったんだよ!」


「えっ? こんな夜遅くに大声で叫んだら近所迷惑じゃないですか?」


「いや、必ずしも叫ばなきゃいけないってわけじゃないだろ……」


「あ、そっか、そうですね! たしかに!」


 ウルは元気よくうなずきながら、手をポンと叩いた。


「それにしても、なぜ俺たちをそこまで必死に追いかけたんだ?」


「いやぁ、残業していたので宿に帰るのが遅くなってしまって。(マギ)の気配が全然なくて心細いなぁと思っていたら、たまたまソウジさんたちを見かけたので、慌てて追いかけました!向かう方角が同じだし、せっかくなので途中まで送ってもらおうかと!」


「そ、そうか……」


 すっかり忘れていたが、この噛狼はそういうやつだった。良く言えば天真爛漫、悪く言えばあまり気が利かないのだ。深い理由を探っても仕方ないと思い、ソウジは話半分に聞き流すことにした。


「ソウジさんたちはなぜここに?」


「ウルにも関係があることだから、話しておくよ」


 ソウジは屋敷で目の当たりにした一部始終を簡潔に伝えた。ウルはころころと表情を変えながら、ソウジの話に耳を傾けていたが、やがて泣き出した。


「うう、いい話だったなぁ……」


「あのさぁ……過去形じゃなくて、現在進行形の話なの。俺たち急いでるから、悪いけど一魔(ひとり)で宿に戻ってもらえるかな?」


 それを聞いたウルは、ぶんぶんと首を横に振りながら、ソウジの腕にしがみついてきた。


「いえ、私も止めに行きます! というか、行かせてください!」


「えぇ!?」


 この危険な戦いに非戦闘員を、ましてやウル・セナという行動の予測が全くつかない魔を巻き込むことに、ソウジは大きな抵抗を覚えた。とはいえ、やめた方がいいと言って素直に聞くようなタマでもなさそうだ。


「命の安全は保証できないけど、それでもいいのか?」


「はい。私、こう見えても結構武闘派なんですよ! えい、やぁ!」


「分かった、分かった。じゃあ一緒に行こう」


 それらしい構えでパンチを素振りするウルに一抹の不安を感じつつ、ソウジは承諾した。ここで立ち話を聞かせるより、真実を直接目にした方が、この状況を手っ取り早く理解してもらえるだろうと思ったからだ。

 同意を得ようと思ってアンナを振り返ると、呆れ気味に苦笑していた。


 そこで、アンナはふとウルの肩に手を置くと、ずずいと押し出した。


「はい、アンタが先頭」


「え、ちょ、ちょっと待ってください!どうして私なんですかぁ!?」


「いざっていうとき、囮にして逃げようかなって。ねっ、ソウジ?」


「安全は保証できないって、そういう意味だったんですかぁ!?」


 わちゃわちゃと騒ぐ個性的な二魔の手綱を握り切れるか、ソウジには全く自信がなかった。

 しかし、そんなことで呑気に頭を抱えている時間はない。エマとハワードのことを思い、ソウジは気持ちをしっかりと引き締めるのだった。

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