10話「最低な出会い」
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ハブ・プロットルの街は相も変わらず喧騒に包まれている。
ソウジとイザベラは両手に紙袋を抱えながら、えっちらおっちらと通りを歩いていた。
「いったんホテルに帰った方がいいんじゃないかな? これ以上は持てないよ」
「そうですね。そうしましょうか」
道端で露店を開いている魔族たちはみな商売のプロであり、ただで情報を提供してくれるほど甘くはない。しかも借金というデリケートな問題に触れるとなれば、話の対価はそれ相応に要求される。
かくして、ソウジたちは話を聞くたびに各店の商品を購入させられ、どんどん荷物が増えていくのだった。
後ろの方で何やら騒ぎが起きているらしく、誰かの叫び声が聞こえてくる。いい意味でも悪い意味でも賑やかな町だ。
「この町には、常に事件が起こっていないといけない決まりでもあるんですか?」
「何も起こらない日の方が珍しいかも。それも含めてこの町らしいとアタシは思ってるけどね」
現地に住んでいる魔族からすれば、日常茶飯事なのだろう。しかし平和な日本でずっと暮らしてきたソウジにとっては、とても目まぐるしく感じるのだった。
騒ぎの状況がどうしても気になって、後ろを振り向こうとしたときだった。誰かがソウジの背中に強くぶつかってきた。
「痛てっ!」
追突してきたのは、緑色のフードつきボロマントをかぶった魔族だった。その魔族はろくに謝りもせず、そのまま走り去っていった。自分からぶつかっておいて、失礼なやつだ。
「アイツ……!」
イザベラは何かに気づいたらしく、持っていた紙袋を足元に置くと、その魔族を駆け足で追いかけていった。何が何だか分からずに立ちすくんでいるソウジに、今度は別の魔族が怒鳴り散らしながら駆け寄ってきた。
馬の頭を持ったその魔族は、おそらく駆馬と呼ばれる種族だ。彼らは独特の体型を持っている。足は普通のひづめなのに、手は五本指なのだ。
その男の体毛は濃いこげ茶色で、たてがみは黒くたなびいている。サイズが一回り小さいためにパツパツに見える灰色のチュニックを、えんじ色の長ズボンの上に着ているのが印象的だった。
その男はソウジを見つけると、いきなり腕につかみかかってきた。大きく揺すられた弾みで、ソウジの持っていた紙袋が地面に落ち、その中身がばらまかれた。
男はどうやらソウジのことを組み伏せようとしているらしく、ソウジの腕を後ろに回し、絞め技で関節を固めてきた。
「やっと捕まえたぞ! 観念しろ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺はなにもしてないです!」
「何を言ってんだ! そこの紙袋に、盗んだうちの商品が入ってるじゃねぇか!」
その男が指差した先には、倒れたソウジの紙袋があった。そこにはたしかに、動物の皮でできた小物入れが一つ入っており、着地の衝撃で袋の口から少し顔を覗かせていた。
身に覚えのないソウジは面食らってしまった。周囲からの冷たい視線がソウジの全身を突き刺す。体中の毛穴という毛穴から嫌な汗が噴き出してきた。
「俺じゃないです! さっき通りすがったやつが、ここに入れていったんです!」
「ごちゃごちゃ言い訳するな! どうせお前らグルなんだろう!」
「本当に違います! 俺はやってない!」
「いいからこっちに来い!」
強引に引っ張る駆馬の男に必死に抵抗していると、どこかへ行っていたイザベラがようやく戻ってきた。一緒にいるのは、さっきソウジにぶつかってきた魔族だ。イザベラの左手は、マントの下にあるその魔族の腕をしっかりとつかんでいる。
「アンタが探してるのってコイツでしょ? アタシたちは関係ないから」
「そうだったような気もするが、違うような気もするなぁ」
駆馬の男は腕を組みながらこちらをじっと見据えてくる。解放してくれそうな気配は全くない。ソウジたちが共犯者である可能性をまだ疑っているようだった。
そこでイザベラはふと左手を差し出した。その手中には一枚の銀貨が握られていた。
「色々とめんどくさいし、大事にはしたくないでしょ。これで勘弁して」
駆馬の男はにやりと笑うと、遠慮なく銀貨を受け取った。
「そう来なくっちゃな。それじゃ、この話はもうおしまいだ」
盗品をきっちり回収して去っていく駆馬の男を見送ると、イザベラはボロマントの魔族をぐいぐいと引っ張って路地裏に入っていった。ソウジは慌ててその後を追いかける。
「アンタ、自分が何をしたか分かってるよね?」
「すみません……もうしません……」
ボロマントの男は両の膝をつき、震えながらイザベラを拝んだ。頭を地面にこすりつけ、まるで念仏のように繰り返し謝罪の言葉を発している。
イザベラは嘆息し、呆れ顔で腰に手を当てた。
「ソウジ、コイツどうする? 衛兵に突き出しちゃおっか」
「それも一つの手ですね」
店主が許したとはいえ、盗みはれっきとした犯罪だ。ロスタルカの法律がどうなっているのかは知らないが、イザベラの言い方から推察するとおそらくブタ箱行きになるのだろう。
ボロマントの男はぴくんと跳ねた後、イザベラの足にすがってきた。
「お願いします! それだけは勘弁してください! 衛兵に捕まったら殺されてしまうんです!」
「はぁ? アンタ、指名手配されてるなんて言い出すんじゃないだろうね?」
「はい……」
ソウジとイザベラは思わず目を見開いた。それが本当だとすれば、逃げ回っていた凶悪犯を偶然にもとっ捕まえてしまったということになる。
「ただのスリかと思ったら、とんだ悪党だったわけだ」
「違う……私は悪党じゃない……悪いのはあいつらだ……」
何やらぶつぶつ言い始めた男をいったん放っておいて、ソウジは空を見上げた。高い位置にあった日はもうすでに傾き始めていた。
「俺たちには時間がありません。事情聴取で長時間拘束されたら面倒ですよ」
「うーん、それもそうだね。ラッシマ商会のことだから、取り立てを待ってなんてくれないだろうし。早いとこ調べ終わって、対策を練らないとね」
男はイザベラのその発言を聞くなり、すっくと立ち上がった。それまでの気弱な姿とは打って変わって、両の足を肩幅に開いてしっかりと立っている。
「あの、ラッシマ商会について調べてるんですか?」
「そうだよ。でもアンタには関係ないでしょ」
冷たくあしらわれたボロマントの男は、それでもイザベラに食らいついた。イザベラの右手を両手でつかみ、斜め下に向かってぐんぐんと引っ張る。
「お願いします! 私を仲間に入れてください! きっと役に立ちます!」
「なにすんの!? ちょっと! 手、放して!」
イザベラは右手を振り回して、男の両手を振り払った。牙を剥いて威嚇するイザベラをなだめながら、ソウジは穏やかに尋ねる。
「どうして役に立つって言い切れるんですか?」
「どうせ適当言って金でも取ろうってんでしょ」
よほどの自信がなければ、見ず知らずの相手に対して「役に立つ」なんて言えないだろう。それとも、ただのほらふきなのだろうか。そんなソウジの疑問は、次の一言で軽く吹き飛んだ。
「昔、ラッシマ商会で働いていたんです。内部の事情を、知っている範囲でお話できます」
ソウジとイザベラは思わず顔を見合わせた。棚からぼたもちとはまさにこのことだろう。ラッシマ商会で働いていたというのが嘘か真かは置いておいて、いちおう話を聞いてやるだけの価値はあるように思われた。
「ぜひ話を聞かせてください」
「分かりました。ですが、そのためには一つだけ条件があります――」
ニールの厚かましい要求に、ソウジたちはひどく困惑した。