28~番外編 年末年始の思い出~
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
アイリーンが、佐藤あいりだった時のことを少しだけ書きました。気になったら読んでみてください
12月28日、午後10時半。
佐藤あいりは、目の前の箱との戦いがまだ終わらないことを知っていた。
世間様はそろそろみんな、仕事納めとばかりに家に帰っているのだろう。
この社内でも、ここに残っているのは、あいり含めて、たったの三人だ。
理由はたった一つ。
仕事が終わらない。
本来なら、あいりのやっていた仕事は、就業時間内に終わっているはずだった。
そのために毎日の残業もやっていたのだ。
かかわらず、就業時間間近になって、上司から急に仕事をふられたのだ。
「俺もやっていくんだし、頼むよ」
軽い頼み方だった。
しかし、その上司はここに今時点でいない。
午後7時半を回ったころだろうか。
タバコを吸ってくるといって、出たまま、帰ってこない。
ハッと気づいたら、残っているのは、上司に仕事を振り分けられた、あいり含む三人だけだった。
何度電話しただろうか。
上司は電源を切っているようで、出なかった。
その無駄な時間もあきらめ、三人は仕事をしているのだ。
この日も帰るれるのが午前0時を回るだろうことは、わかっていた。
最後のエンターキーを押したとき、29日になっていることを知った。
無言のまま三人は帰路につく。
いつもこの三人で、割に合わないほどの残業をさせられている。
サービス残業と、休日出勤。
当たり前の世界のようだが、ほかの社員全員がしているということはない。
若い子たちは要領よく抜け出すし、フォローしてもらえるのが当たり前だと思っている節がある。
ただ、それも今年までだ。
この、残っているあいり以外の二人は、今月末で退職なのだ。
寄る年波に勝てないといい、先々月に退職願を出し、何とか受理された。
いつものメンバーがいなくなれば、その分あいりに回ってくるのだろう。
大体にして、若い社員たちが育たなすぎるのも原因だ。
男性社員は、きついとやめ、女性社員はうまく寿退社していき、残っているのは、ある程度仕事ができるが、サボり癖の付いたものばかり。
自分がいなければ回らないなどというつもりはなくても、仕事が終わらなければ、年度末が悲惨だ。
あいりにだって、恋人がいたときもある。
が。
「俺より仕事が大事なんだな」
という、本来女性が言うべきセリフじゃないの?という言葉を最後に、何度かわかれがあった。
そして、今現在、恋人はいない。
今年のクリスマスも、一人だったな。
女性社員の後輩たちが、終わっていない仕事をサクッと放り出して、恋人との逢瀬や合コンに行ってしまったときは、目が点になった。
就業時間までいたのだから文句は言ってはいけない。
残業を強要することはパワハラにもなる。
だが、せめて終わらないからと、こちらに泣きついて回した分は、自分でどうにかしていこうという気にならないものなのかと、あいりが思っても仕方ないものだった。
電車を降りて、重い足取りで、アパートの近くのコンビニによる。
残っている弁当と、飲み物。
ホットスナックを買って、店を出る。
アパートとはいえ、一応、女性専用のため、防犯はしっかりしている自室に帰り、お風呂にお湯を張るのも面倒だからとシャワーだけにし、レンチンする。
料理を並べつつ、パソコンを起動。
目の前に広がる、ゲームの画面に、あいりはほっとした。
とはいえ、あいりの在籍している会社の仕事納めが29日。
朝になったら出勤しなければならないので、ほぼ何もやらずにログインだけの時間が終わった。
目覚ましが、朝を教える。
死んだような眼をしながら、あいりは出勤だ。
ねむい。
だがそれも会社に近づくにつれ覚醒させ、その日までに終わらせないといけない業務を始める。
昨日仕事を押し付けて帰った上司をにらむと、そそくさと書類に隠れるようにしている。
どうせ明日も出勤なんだろうなと、あいりはもうあきらめていた。
12月31日午後9時半。
あいりはいまだに会社で仕事をしている。
いるのはあいり含めて、二人。
退職した人の分を回された人だ。
「竹中さん、もう帰りませんか」
最後の最後まで残業したのだから、もうやっていられるか、と思う。
途中だろうが、この仕事は、自分の担当じゃない。
確かに会社全体でみれば自分もかかわっているものだが、今残っている部分は、そもそも後輩たちが仕事をさぼっていた分が回ってきているのだ。
それなのに、当の本人たちは、29日に仕事納めだと、放り出して帰っていった。
納めてないだろう。
「年が明けたら本人たちにやらせましょう。もういいじゃないですか。そこまでフォローしてたら、育ちませんよ」
「そうですね。まさかいつもこんなにやらされているんですか?」
「いつもは日付超えますが?」
「・・・そうでしたか。すみません」
竹中があやまる。
当然だ。
彼もまた、あいりたちに仕事を押し付けて帰ったことがある社員の一人だ。
しかも彼の仕事が、退職した二人との被りが多かったため、二人から押し付けられたのだ。
わかるだろう、と。
「なんでほかの人たちはこんなにやってくれないんですかね?」
会社を出てすぐ竹中が愚痴る。
「ご自分でもご存じなんじゃないんですか。お先に失礼します。」
冷ややかな目で挨拶して、あいりは帰路につく。
お前が言うな、だ。
それでも、この31日は、何とか年内に帰れる。
ご飯は相変わらずのコンビニ弁当となるが、仕事始めである4日までは、休みなのだ。
レンチンできるコンビニ総菜と冷凍食品。
これがあいりが年末年始に食べるものだ。
しかしそれに文句を言うことはない。
部屋に帰りつき、たまにはとお風呂を沸かす。
ゆっくりつかりたい。
と。
スマホの着信に気が付いた。
兄からだ。
留守電には帰ってくるのかと、連絡しろという言葉だけはいっていた。
メールで、いつものように帰らないことと、甥姪にお年玉を送ったことを送信する。
指定口座への振り込みだ。
産まれたとき以来あっていないからか、いくつになったのかは知らない。
クリスマスや誕生日のプレゼントもあげたことがないので、その分も毎年のお年玉として、一人につき5万ほど送っている。
兄に、お年玉とクリスマスと誕生日プレゼント分だということもメールには明記している。
甥姪が一人ずついるはずだが、もしかしたら増えたかもしれないけど、そのことは言われてないから知らないし、兄がきちんと二人にそれを与えているかも知らない。
兄以外とは連絡もしていないので、どんな子たちかもしらないし、お礼も言われたことがない。
あの親から生まれた自分は、情に薄いのかもしれない。
入浴したあと、ご飯を食べながら、パソコンの電源を入れる。
自身の楽しみ優先だ。
ワールド・ガイア
画面にロゴが出る。
クリックして、ゲームスタート。
ゲーム画面は、いつもベッドからアイリーンが起き上がるところから始まる。
周りには、ドールのメイとシツジローが、様々なことをしている。
アイリーンは外に出る。
外は住宅がいくつかある場所で、周りはきれいな森に囲まれている。
庭には様々な種から育てた植物がなる。
12月31日、午後11時半。
ワールドガイアは、静かだった。
もともとそんなにプレイヤーがいないのもあるのだろう。
だが今日は大みそか。
現実の外のほうが人がいる。
ここは平和だなぁ。
年末年始のイベントなどない。
このゲームの中では秋口になっていた。
街に入ると、冒険者ギルドに行く。
アイリーンは冒険者だ。
なにか仕事があれば好きに受ける。
日替わりクエストとかもあるけど、せっかくなので、違うものもやりたい。
限界突破2回目を超えてから結構たったからか、レベルもそれなりだ。
依頼書を見ながら、ちょっと遠くの素材集めにしてみた。
魔獣狩りをしての素材集めだ。
ギルドの外に出る。
街中は結構にぎわっているなぁ。
<アイリーン>
よばれ、そちらを見る。
チャット画面で見ると、時々パーティーをくむ人だった。
アイリーン:<セイバーさん、どうしたのですか>
セイバー:<俺たちと採取いかないかー>
俺たちというのは、セイバーのチームメンバーだ。
セイバーズ
聞いたところによると、奥さんとの二人チームらしい。
セイバーさんとセリーナさん
後方で、セリーナが手を振っている。
アイリーン:<わたし、いま、討伐採取受注しちゃったんですよ>
セイバー:<どれどれ?>
セリーナ:<うちもよー>
お互いの依頼書を言う。
同じだった。
一緒に行くことになった。
セイバー:<やっぱり年初めの討伐は、トライデントタウロスだなw>
セリーナ:<後、イッセーシュリンプよね>
トライデントタウロスは牛だ。
頭に三本の角がある。
それで突進してくるのだ。
レベルとしてはそんなに高くなく、80から90くらいだ。
そんなに数もいないので、見つけるのが難易度が高いのが玉に瑕だが、普通の牛より何倍も大きいという。
イッセーシュリンプは、どう見てもイセエビだった。
採取だ。
攻撃はしてこないが逃げるのが早いのと、網引きしないといけないので、時間はかかる。
それと木の実がいくつか。
それが今回の依頼内容だ。
秋口においしいものが取れるというのだ。
アイリーンは馬車を出して、三人で乗り込む。
目指すは町から北のほうに向かった、山奥だ。
トライデントタウロスがそこにいるのだという。
セイバー:<あ、そうだ。あけましておめでとう、アイリーン>
セリーナ:<おめでとうございます、今年もよろしくね、アイリーンさん>
気が付くと、1月1日だった。
アイリーン:<あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。セイバーさん、セリーナさん>
お辞儀しぐさをしつつ、馬車の中で楽しいチャットだ。
そうこうするうちに、画面が山奥になった。
降りて、探索だ。
しばらく行くとトライデントタウロスの群れがいた。
必要なのは一体だ。
必要以上に駆らないという名目のもと、三人はそれぞれの受注のものを狩る。
解体スキルで、素材と肉を分けた。
あとは、海に向かうだけだ。
再び馬車で、楽しいチャットだ。
午前二時を回っている。
アイリーン:<お二人はこのままここで夜明けまでいるんですか?>」
セリーナ:<この採取が順調に終わったら、初詣に行くのよ。アイリーンさんは?>
初詣か…。
行かないなぁ。
何年も前に彼氏といったのが最後だったか。
あいりにとって、正月はゲームと寝ることで終わる貴重な休日だった。
アイリーン:<私もたまには行こうかな>
セイバー:<それなら早めに終わらせないとだな>
もうすぐ海だった。
馬車は早い。
この依頼を受けている人もそんなに多くなさそうで、海に網を投げている人は少ない。
近くでレンタルして、網を投げる。
引っかかってくるのは違う魚ばかりだ。
引き取ってもらうもよし、自分の素材とするもよし。
そして一時間ほど、チャットしながら網を引いていくと、やっとイッセーシュリンプが一匹引っかかった。
セイバー:<アイリーンすごいな>
アイリーン:<お二人にあげますよ。これ持って依頼達成して、初詣いってきてください>
セリーナ:<だめよ。これはアイリーンさんのでしょ>
アイリーン:<私はゆっくりやってから行くので、パーティはここで解散で>
イッセーシュリンプを渡し、二人とは解散する。
セイバー:<すまないな>
アイリーン:<今度何かの時はお願いしますね>
セリーナ:<もちろんよー>
手を振りわかれる。
アイリーンはそのあとも地道に網を引き、イッセーシュリンプを手に入れた。
街の冒険者ギルドに報告し、報酬をもらい、家に帰る。
そうだ。
ひと眠りしたら、初詣行こうかな。
ログアウトして、伸びをする。
外が少し明るくなっていた。
ベッドにもぐる。
やっと休日だ。
あいりにとって、連休は約一年ぶりだ。
そのまま深く眠りについた。
起きたのが夕方だったために、初詣はやめてしまったが、いい眠りだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「そういえばさ、運営さん、お正月イベントってなかったよね」
拠点である家のテラスでお茶を飲んでいる。
目の前には当たり前のように、この世界の神様である、運営さんが座っている。
夏の終わりだ。
「お正月イベント?この世界の新年は春の初めだから、その時に祝う」
「そうなんだ。・・・春祭りみたいなものなんだね。やった覚えあったかなぁ?」
「寝てたんじゃないのか?」
そうか。
仕事があって、そんなものはスルーしていたな。
今はのんびりしているけどな。
あの頃は、休みがほぼなかった。
「セイバーさんとセリーナさん、元気かな…」
「ゲームも終わっているからな。…もしかしたら会えるかもな」
運営さんが何か漏らしたけど、よく聞こえなかった。
でもなんだか、ここでも新しい出会いがありそうな気がする。
まだまだこれからだもんね。
いつか彼らが生まれ変わって、この世界に来てくれますように。
アイリーンは、年末年始、あまり気にしないかもしれないです。
まだまだ、毎週水曜日更新していきます。




