21~森にだって通れる道はあるんだね~
くだらないトラブルは避けましょう。
宿というか酒場はもうにぎやかだった。
まだ夕方も早いよね?
そんなに早く飲みに来るものなのか…
私が仕事してた時は…飲み会なんていく暇なかったな。
あれはブラック企業の実態だったと思うよ。
そそくさと部屋に戻る。
大事なのは、からまれないことだ。
「で?何があったの?」
椅子に座って、お茶を飲みながら聞く。
どうせ大したことないんだろうけど、トラブルがあるならねぇ。
ウーマはおうちに帰らせたしね。
「ちょうど馬車馬を預けに来た貴族が、ウーマを譲れといってきました」
断ったそうだが、しつこかったと。
そして貴族に逆らうなら主人を呼べということらしい。
「無視して明日にはここを出ましょう」
面倒ごとはお断りだわ。
どうせ、馬車馬を預けるところには寄らなくてよくなったし。
道の途中ってわけでもないものね。
この宿でジューノさんたち待とうと思っていたけど、やめておいたほうがいいみたいだし。
「承知しました」
シツジローくんもメイちゃんも、出る支度を始める。
「もう出るのか」
「運営さんだけ残っててもいいよ?」
「いやいやいや、ひどいな。一緒に行くに決まっているだろう」
「でも明日から馬車なしだよ?大丈夫?」
って、私が大丈夫じゃないなぁ。この街出たら、ウーマを連れてくればいいかぁ。
運営さんは体力には自信があるそうだ。
当たり前か。
階下に降りると、受付は恰幅のよいおばさん。
「どうしたんだい」
「明日の朝にはもう出ますので」
「もうかい?まだ何日分も宿代があるじゃないか」
「返さなくていいですよ。急になのでご迷惑おかけしました」
よし。
これで明日の朝出発だ。
今から寝れば起きられると思いたい。
朝は早かった。
起きましたよ、きちんと。
朝市が始まった時間らしいけど、見ている暇はない。
中央に向かって歩く。
守衛長さんにも挨拶しておけばよかったなぁと思ったけど、仕方ないよね。
時間にして二時間ほど歩くと、だんだんと家がなくなってきた。
田園風景だ。
王都って、町ばかりだと思っていたけど、中央まで行くには何日もかかるらしいから、ここは大きいのだろう。
トラブルは避けられたと思ってもいいという感じだ。
まぁどこに泊まっているかとか、相手が誰だとか、お互いわからないと思うし。
人目の付かない場所で馬車を出す。
シツジローくんが中に入って、少ししたらウーマと一緒に出てきた。
ウーマをつなぎ、今度こそ出発だ。
王都の中では馬車の使用に速度制限がある。
伝令用の早馬以外は守らなければいけない。
ウーマには物足りない速さでも、ぽっくりぽっくりと歩かなければならない。
このまま田園風景が続くのかなと思ったら、森に入った。
大きな都には、どうやら森があるらしい。
地図を浮かべてみると、王都自体が、北海道と同じくらいある。
これなら森も田園風景も納得できる、
中央が遠いのも頷ける。
森の街道は、ところどころに魔物除けが施してある。
魔物がいるそうだ。
でもウーマがいるし、馬車の中には高レベルの使役獣がいるからなのか、魔物に襲われる気配がない。
中の魔物はそんなに強くないしね。
「街道から外れて、森の中で少し薬草とか取りたいわね」
「では、馬車はしまいますか」
ウーマを馬車から切り離し、馬車は空間魔法に収納。
言い聞かせたから、ウーマを含め、使役獣は走り去っていかない。
森にある街道を逸れ、森の中。
薬草をはじめ、キノコや果物などが結構ある。
手当たり次第にとると、このあたりのものが少なくなるので、自然を壊さないようにもらうものだけもらっていこう。
根っこごともらえば、家の庭で栽培できるしね。
でも、果物の木は、この木ごともらっちゃダメかなぁ。
「ねえ、運営さん」
「持って帰ればいいだろう。どうせいくつもあるものだ。一つくらいならいい」
私の考えも読んでたか。
それなら遠慮なく。
ズポッ
木の幹をつかんで、持ち上げると、いい音で果物の木が抜けた。
果物がいくつか落ちてきた。
リンゴ…に似た何か。
見た目はリンゴだけど、どうなんだろう。
「メイちゃん、むいて」
どこからかナイフを取り出してするするとむき出す。
ひとかけらをもらった。
毒などはなさそうだ。
シャリ…
「え?」
味がリンゴじゃない!
桃だ!
鑑定!
ピーチアップル
シャリシャリとした触感で甘い
子供たちのおやつに大人気だが、最近はあまり取れる木が見つからない
そのままだ。
桃なのかリンゴなのかわからないけど、リンゴだ。
パイにしたらおいしそう。
それよりも、見つからないって。
ここにこんなに生えているのに?
「魔獣が出るからな。森の街道から中に分け入るのは冒険者だけだろう。この辺りは子供をさらうサル系の魔物が出る」
「子供をさらう?さらってどうするの?」
「子供の肉のほうが柔らかいから食べるのだろう」
さらっというけど、そういう生き物作ったの、あなただよね、運営さん…
<魔物だけじゃない、すべての生物には自然進化するように設定されている。その進化過程で何が起きても不思議ではない>
そうだけどさ…
確かに、魔物を倒すなら、倒すほうもやられることを考えないといけないよね。
「サルか…」
「どうしました?お嬢さま」
「サルの魔物って、あれかなぁと思って」
今抜いたばかりのピーチアップルの木に、二匹の猿っぽいものがくっついている。
私の知っているニホンザルじゃないなぁ。
マントヒヒみたい。大きいのと小さいの。
小さいほうが大きいほうにくっついて、おびえているな?
「キドナップバブーンだな。ふむ。使役獣たちにおびえているのだろう」
「キドナップバブーン?・・・ああ、いたね、そんなザコ」
レベルで言えば10くらいで、下級から中級冒険者が依頼を受ける魔物だ。
ただし、集団で行動しているので、倒すのには時間がかかる。
巣には上位種もいるのだ。
「逃げていいよ、倒さないし」
声をかけると、大きいほうのサルがお辞儀して小さいほうを抱えて去った。
木の上からとかなら索敵しやすそうだけど、きっと親子だろうしね。
使役したくないな。
鳥の魔物とかならいいかなぁ。
猿もいなくなったし、木を収納する。
おいしいパイを焼いてもらいたいし、落ちた木の実もきちんと回収。
またしばらく採取して、街道に戻った。
「森の中なら、少しくらいスピード出しても気づかれなさそうだよね?」
「少し先に人が乗っている馬車があるぞ。追いついたらおかしいだろう」
「確かにそうだけど…」
もうこの森には用がなさそうだしなぁ。
「む?襲われているな」
「え?なになに?」
ワクワクしちゃう。
何が襲ってきたの?
「この馬車が襲われるわけないだろう。前を行く馬車が先ほどのとは違うキドナップバブーンに襲われているんだ」
「え?子供が乗っているの?」
子供さらうんだよね?
「子供が乗っていなくても、食料品などを目当てに襲うし、子供のみじゃないからな。魔物除けがきちんと効いていなければ、街道に魔物が出現する。だからふつうは護衛を雇うんだ」
「そんなことどうでもいいから、助けに行きましょう。シツジローくん!」
「はい!」
何を言ったのか、ウーマのスピードが上がる。
数分もしないで、前の馬車に追いついた。
「シリウス、しーちゃん、ベヒー、先に行って」
馬車から三匹を下ろし、私も降りる。
前のほうでは、数十頭といえるキドナップバブーンがいた。
馬車を襲っている。
馬車の周りでは、護衛の人たちが戦っているけど、さすがにサルのほうが多いな。
「アオーン!」
シリウスが一声。威嚇だ。
キドナップバブーンが動きを止める。護衛たちもだ。
当たり前か。
この辺りで入るはずもない魔物である銀狼が、自分たちの間に現れたのだから。
どちらも数歩引く。
動かない。
「シリウス、しーちゃん、ベヒー、死なない程度にやっちゃって」
私の指示で、キドナップバブーンを蹴散らしていく。
動きが停まっていたキドナップバブーンも、急いで反撃してきた。
だけど、あんなザコじゃ、うちのコの相手になるわけない。
ふと見ると、馬車のほうに一匹のキドナップバブーン。
何か抱えてる。
・・・子供?
とっさに剣を抜きはらう。
抜きはらった時の衝撃だけで、子供を抱えてたキドナップバブーンが真っ二つだった。
「またつまらぬものを切ってしまった」
某剣士のように言ってみるけど、だれも反応なかったよ…
子供は、キドナップバブーンだった。
思考が一瞬止まりかけたけど、すぐに戻った。
この人間たちがキドナップバブーンの子供をさらったんだ。
そのせいで、仲間意識の強い集団だから取り返しに来たんだ。
この子供を抱えたのは取り戻しに来た親だったのだろう。
なのに・・・
切り殺してしまった。
手加減できればよかった。そうすれば治して子供と一緒に群れに帰してあげられたのに。
「運営さん…」
「見えにくかったのだから仕方ないだろう。全部が助けられるわけじゃないんだ。それはわかっているだろう?」
わかってる。
運営さんは神様だから、全部平等の命。
助けようといったのは私で、その時点でどちらかが犠牲になるのもきちんとわかってた。
でも・・・
「メイちゃん、シツジローくん、この人たちを捕まえるのを手伝って」
「「はい!」」
数分もしないで、馬車の者たちを捕まえた。
猿轡をかませ、手足も拘束する。
キドナップバブーンは、動けないものばかりだ。
キドナップバブーンの上位種っぽいのが群れのボスだろう。
「あなたが群れのボス?私たちの言葉わかる?」
群れのボスに語り掛ける。
魔物でも上位種になると人間の言葉を理解するものがいる。
うなずくキドナップバブーン。
「あなたたちを動けるように治すから、何もせずに巣にお帰り。あの仔の親を倒してしまってごめんなさいね」
うなずくキドナップバブーン。
理解したようだ。
中級ポーションで治すと、キドナップバブーンの群れは、森の奥に去っていく。
ボスらしきものも、子供のキドナップバブーンを連れて帰る。
今度はこの馬車の人間たちだ。
「このままここにおいてったらどうなるの?」
「先ほどのキドナップバブーンはもう来ないかもしれんが、この辺りは魔物除けが薄くなっているし、この馬車自体、魔物寄せの香を焚いているから、ほかの魔物が来るだろう」
「そうなの?それならそのままにしておけばいいかな?」
「助けないのか?」
「魔獣とはいえ誘拐犯を助ける義理はない。拘束だけといて、あとは自力で戻ってもらうわ。」
馬はかわいそうだから、もらっていこうかな。
馬車はいらないなぁ。
この中にはもうほかに魔物もいないようだし。
シツジローくんが、猿轡を外していく。
「たすか・・・いや・・商品が・・・」
「命とどっちが大事か考えてから言葉にしてほしいわね。何なの、あなたたち」
奴隷商と同じ、従魔を売買している商人がいる。
赤ん坊や子供の従魔をさらって、しつけて、テイマーや道楽主義の金持ちに売るのだ。
道楽主義の中には、その獣と奴隷を戦わせて笑っているような胸糞悪い奴らもいる。
ゲームの中ではそういう者たちは処罰対象。イベントではなく、無限わきの魔物と一緒だった。
「命があるだけよかったと思ってほしいわね。そうでないならこのまま置き去りだわ。馬車は、馬が襲われたらかわいそうだから、馬は逃がしてあげるわね。あなたちは歩いてこの森から出なさいよ。…この魔物寄せのお香も、服に焚いておいてあげましょうか?」
にっこり笑うと、なぜか馬車の持ち主?と護衛らしきものたちが引きつった顔をしている。
無益な殺生をさせた罪を思い知れというのよ。
「す・・・すみません、この商売をやめますから、どうかご勘弁を」
「一度や二度、死にかけたからって、甘いんじゃないの?あんたのせいで、あのキドナップバブーンの子供は親を失ったのよ!」
いまだに馬車のそばでまっぷつのキドナップバブーン。
子供は追いすがって泣いていたけどボスに連れていかれた。
せめて毛皮だけでも持って帰ってほしかった。
「埋めてあげて、弔ってから、森を出なさいね。このお香も、処分するから」
馬車についている香を外し、魔物除けの香を入れる。
ほんとに、魔物商とか奴隷商とか、ろくでもなさそうね。
「もういいのか?」
「いいわ。手の拘束外せば自分で足は外せるでしょ。もう行きましょう」
馬車に乗り込み、出立する。
気分悪いわ。
「お嬢さま、先ほどの木の実で、何かおつくりしましょう」
むすっとしてたら、メイちゃんがやさしく話しかけてくれた。
なんて優しいお姉さんでしょう。
「パイが食べたい」
「承知しました」
この馬車の中では作れないから、拠点に戻って作ってくるらしい。
確かにここでは作れないものも、家だったらできるし、いつでも帰れるものね。
森の出口に差し掛かった時、ウーマが停まった。
「お嬢さま、先ほどのキドナップバブーンが・・・」
シツジローくんの言葉に外をのぞくと、ボスが先ほどの仔を連れてきていた。
「どうしたの?むれと巣にかえったんじゃないの?」
ボスがこどもを差し出してくる。
「まさか使役しろというの?」
その言葉にボスがうなずく。
<このキドナップバブーンの子供が、アイリーンについていきたいと願ったそうだ>
そうなの?運営さんは言葉がわかるのか。
「ほんとにいいの?」
キドナップバブーンのボスがうなずき、子供もうなずく。
「わかった。預かるね。ごめんね、ありがとう」
受け取った子供は小さい。
ベヒーがひょいとつかむと、馬車のほうに飛んで持って行った。
今のベヒーより大きいのになぁ。
キドナップバブーンのボスは静かに去った。
私たちの馬車も、ゆっくり走りだす。
新しい仲間をのせて、馬車が森を抜けたころには、もう夕方になっていた。
もう少ししたら、ここに馬車を置いて、野営だ。
「あなたの名前は何にしようかなぁ」
持ち上げるとうれしそうだ。
ベヒーが運んでくれるのがうれしいようで、ベヒーとべったりだ。
「キドナにしようかな」
「相変わらずのネームセンスだな・・・」
なんだかあきれた声がしたけど、キドナに決定。
身分証にもいつの間にかキドナップバブーンが使役獣に追加されていた。
何この便利なカード。
「お嬢さま、パイが焼けましたよ」
焼きたての桃リンゴパイと、新しい仲間に乾杯だね。
晩御飯も用意されてたし、今日はゆっくり寝よう。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
いやなこともあったけど、かわいい仲間ができた。
明日は起きられるといいな。
まだまだ続きます。




