旧第七話「沙耶の考え」
圭太郎は支度をして自宅を出た。
少し歩くと沙耶の家が見えてくる。通り過ぎようとすると沙耶が丁度玄関から出てきた。
「あ! 圭太郎、おはよう」
「おはよう」
沙耶は圭太郎に挨拶し、圭太郎は挨拶を返した。
二人は自然と一緒に登校する形となった。
「やけに眠そうだな」
「あー……うん、あまり眠れなくて……」
圭太郎は眠そうな沙耶を見て不思議そうに言った。
沙耶はそれに気まずそうに答えた。寝るのが遅くなったのは圭太郎のことを考えていたからだ。
「あ、そうだ。あんた私を避けるのやめなさいよ」
「いやでも、気まずくて……」
沙耶は思い出したように強い口調で言った。
圭太郎はその言葉を聞き、困り果てたように返した。
「我慢しなさい」
「ええ……」
沙耶が理不尽に言った。
圭太郎は更に困った顔をした。しかしこうなると沙耶は引かない。付き合いが長いからよく分かる。
ふと、以前のように沙耶と過ごすことを考えた。振られた分気まずいだろう、だが沙耶がこの調子なら案外早く慣れそうな気がしてきた。
「分かった、前みたいでいいかな」
「うん、それでいいのよ!」
一転沙耶はご機嫌になった。
圭太郎はその様子を見て苦笑したが、楽しい気分でもあった。
「おはよー」
「おはよう」
沙耶と圭太郎が揃って教室へ入るとざわめいた。皆圭太郎が沙耶と距離を取っていたのを知っていたのだ。
「どうしたんだ? 仲直り……とは違うか」
クラスを代表し友人が聞いてくる。
「いや、沙耶がさ……」
「気まずくても我慢しろって言ったのよ」
圭太郎が苦笑して言いかけ、沙耶が割り込んだ。得意げな顔をしている。
「なるほど」
何があったのか大体察した友人も苦笑した。そしてやっぱり仲が良いなと思った。
放課後になり、沙耶が圭太郎のもとに行く。
「圭太郎、今日部活?」
「そうだよ」
沙耶が聞き、圭太郎が答えた。
「ふーん……じゃあね」
「ん? ああ……」
圭太郎には沙耶の様子がおかしく見えた。何か企んでいるように見え、楽しんでいるようにも見える。
教室から出ていった沙耶を見送ると、圭太郎は部室へ向かった。
「こんにちは、部長」
「こんにちは、松永君」
今日も先に部長が来ていた。
「三年の人って本当に部長しか来ませんね」
「そうね、まあ部室へ来る必要もないし」
圭太郎が少し呆れたように言うと、部長は軽く返した。
二人を含め五人の部員がいる、三人は幽霊部員だ。
「私も彼が部活ないなら来ないしね」
「相変わらず仲が良いですね」
彼氏はどうやら体調が良くなったようで、部活に出ているらしい。部長がここで本を読んでいるのは、彼氏の部活が終わるまでの暇つぶしであった。終わったら合流して一緒に帰るのだ。
そう話しているとノックの音が聞こえた。
「先生でしょうか」
「あら珍しい、どうぞー」
圭太郎が予測し、部長が招き入れた。
予想は半分合っていた。二人いたからだ。
「新入部員を連れてきたぞ」
「松田沙耶です! よろしくお願いします!」
もう一人は沙耶であった。
「沙耶? なんでここに……」
「先生が新入部員って言ったでしょ! 私も文芸部に入ることにしたの」
圭太郎が混乱している。
沙耶はその様子を楽しそうに見ていた。
部長はその二人の様子を見て、沙耶のことを思い出した。圭太郎に聞いたことがあったのだ。圭太郎の好きな相手として。
「よろしくね、松田さん」
「はい! よろしくお願いします」
挨拶をする部長に笑顔で沙耶が答えた。
「じゃあ、俺はもう行く。仲良くやれよ」
そういって先生は出ていった。放任主義であった。
「松田さんはなにを読むの?」
「……三国志とか」
「それ漫画よね? 図書室に置いてあるやつ。小説じゃないのね……。まあ静かにしてくれるならなんでもいいわ」
「やったっ」
部長が聞くと、沙耶はかばんから漫画を取り出した。部長の言ったように図書室にあった物を借りてきたのだ。
部長はそれを見て少し戸惑ったが別にいいかと考え答えると、沙耶は喜んだ。
圭太郎は二人のやり取りを見て、まだ少し混乱しながらも問題なさそうだと安堵した。
部活が終わると部長は彼氏のもとへ向かい、圭太郎と沙耶は二人で帰宅することにした。
「でも、今日はほんとに驚いたよ」
「あはは、でしょー」
圭太郎が言うと沙耶が明るく笑った。
「なんで文芸部に?」
「それは、えーと……」
圭太郎が不思議に思い聞くと、沙耶は口ごもった。
「なんでもいいじゃない! さっさと帰りましょ」
「え? ああ……」
沙耶は話を打ち切るように言うと、歩くスピードを上げた。
圭太郎は驚いた後、沙耶と同じように早く歩いた。
沙耶の少し後ろを歩きながら考える。沙耶は以前のように自分と話したがっていた。文芸部に入部したのは、以前よりも自分と話したいからだろうか。そうだと仮定して、なんでそんなに話したいんだ? そういえば昨日嫉妬していたような、でもこの前沙耶には振られたわけで……。嫌われてるわけじゃないのは分かるが、沙耶は何を考えているんだ? 結局答えは出なかった。
そして二人は沙耶の家の前に着いた。
「そうだ! 言い忘れてた。明日から迎えに来なさいよ! 前みたいにね」
「そうだったな、俺も忘れてた。それじゃあまた明日」
「じゃあね!」
沙耶が釘を刺すと圭太郎は答え、別れの挨拶をした。
沙耶が挨拶を返すと、玄関に入っていく。
それを見届け、圭太郎は自宅へ向かった。
「ママ! ただいま! うまくいったよ!」
「おかえりなさい。良かったわね」
沙耶がうれしそうに言うのを見て、沙耶の母は笑みをこぼした。
「ママに相談して正解だったわ」
「そういってもらえるとうれしいわね」
圭太郎が探していた答えは沙耶の発案ではなかった。
沙耶の母は、朝沙耶の様子がおかしいことに気付き、どうかしたのかと聞いたのだ。
そして沙耶は素直に相談した。圭太郎に彼女ができるのが嫌だと。しかし自分が圭太郎の彼女になるのはぴんとこないことも。母はそれに答えた。
沙耶は家の前で圭太郎と鉢合わせた。これは偶然ではない。母が二階からオペラグラスで道を見張っていたのだ。
圭太郎に気まずくても我慢するよう言ったのも、母のアドバイスであった。沙耶が強く押せば圭太郎は引くと知っていたのだ。
文芸部に入ったのもそうだ。今までは登校の時は沙耶は圭太郎といたが、圭太郎が部活に行く日は帰りが別々であった。しかし同じ部に入れば、そんな日も一緒に帰宅することができる。
沙耶が一緒にいればいるほど圭太郎に彼女ができにくくなると母は言った。
沙耶はその通りにした。しかし少し後ろめたそうに言う。
「でもこれやっぱり、圭太郎の邪魔してるみたいでちょっと罪悪感が……」
「圭太郎君が彼女にしたいのは沙耶なんだから、問題ないわよ。むしろ彼も沙耶といられる時間が増えて喜んでると思うわ」
沙耶の母は沙耶を全力で応援していた。素直で真面目な圭太郎は彼女のお気に入りなのだ。是非娘と結婚して義理の息子になってほしいとまで思っていた。
沙耶は圭太郎と付き合うのがぴんとこないと言っているが、圭太郎が沙耶に告白して男女の関係を意識させた以上、二人がくっつくのは時間の問題だと思っていた。
「明日からもがんばるのよ、期待してるからね」
「はーい。すごく楽しそう……」
笑顔で言う母に沙耶は呆れながら返した。




