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怪物領域  作者: 恋魂
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弐話 墜落からの生還

 

 夢を見ている。

 飛行機の中だ。

 クラスメイト達が騒いでいる。

 機内アナウンスが流れ、皆シートベルトを締める。

 飛行機の高度が下がっていくのがわかる。

 隣の幼馴染が手を合わせて祈っている。


「どうして平気なのっ、死んじゃうんだよっ!」


 幼馴染が叫ぶ。

 別に平気なわけではない。

 焦ってもどうにもならないだろう?


 クラスでも浮いた存在だった。

 感情を上手く表に出せない。

 友達と呼べる者はいなかった。

 幼馴染の彼女だけが唯一、自分を気にしてくれ、修学旅行の班に入れてくれた。

 だが、自分にとってそれはどうでもいいことだった。

 人との関わりは煩わしく、一人でいることが気楽で好きだった。

 無駄な情報を頭に入れるのも嫌いで、人の名前を覚えることもしなかった。

 逆に聞きたかった。

 学生の間、三年間いるだけの人間を覚えて何の役に立つのか。


 ぼんっ、という音が響き、飛行機がさらに傾く。

 座席の上から酸素マスクが落ちてきて装着する。


「ああ、終わりだ。嫌だ。死にたくないっ」


 泣きながら目を閉じる幼馴染。

 周りからは悲鳴と泣き声が響き渡る。

 祈ったり泣いたりして助かるなら自分もそうしただろう。

 無駄だということは知っている。

 座席の横についているイヤホンを耳に当てる。

 スイッチを押すとヨハン・パッヘルベルのカノンが流れた。

 いい音楽だ。

 この曲を聴きながら死ぬのは悪くないと思った。

 幼馴染が自分を見て言う。


「あなた、本当に人間なの?」


 その瞬間だった。


 爆音と共に飛行機が墜落する。


 すべてが飲み込まれるように、周りの景色がすべてが、吹っ飛ぶ。


 椅子ごとクラスメイト達が飛んでいき、天井に激突していく。


「いやぁああああぁっあ」


 シートベルトを外して、叫ぶ幼馴染に覆い被さる。


 全身を衝撃が襲い、幼馴染ごと吹っ飛んだ。

 イヤホンが千切れて音楽が止まり、そこで意識は途絶えた。


 

 目が醒めると知らない天井だった。

 医務室かどこかだろうか。

 ベットに寝ているようだ。

 腕には点滴が刺さっていて、まわりに医療器具が見える。

 不良達に殴られていた河原ではない。

 

 起き上がろうとして、起き上がれないことに気がつく。

 痛み、首と顔に痛みがある。

 何年ぶりだろうか。

 飛行機事故以来の痛みだ。

 

 何故と考えて、思い出した。

 

 巨漢の男に殴られたのだ。


「は」


「ははははは」


 笑えた。

 何故か自然と笑いがこみ上げる。


 人に殴られてはじめて痛みを感じた。

 あの男は何者なのか。


 山のような男だった。

 人があのように、巨大な筋肉の塊みたいになれるものなのか。


「頭大丈夫か?」


 不意に横から声がした。

 少し動くようになってきた首を傾ける。

 ベットの横に眼鏡をかけた男がいる。

 年は同じくらいの高校生くらいか、センター分けで真面目そうな委員長といった印象を受ける。


 だが、少し違和感がある。

 右目と左目の色が違う。

 右目はかすかに紅く、左目は黒色、オッドアイというやつだろうか。


「君は?」

 

 そう言って思い出す。

 あの大男の後ろにいた男だ。

 左目をおさえて、右の紅い目で自分を見ていた。


「ヒノメ、(よう)()とかいてヒノメと読むんだ」


 ヒノメはそう言って、また左目を抑えて右目だけで自分を見る。

 なんだろう、この人、厨二病なんだろうか?

 そう思うが口にはださない。


「すごいな、完全に死んだと思ったのに、もうかなり回復している」


 確かに身体は回復してきている。

 痛みもだいぶなくなってきた。


「あの大男は?」


練剛(れんごう)さんはもういない。メッセージだけ預かってる」


 紙を渡された。

 ノートを破っただけのような雑な紙にマジックででかでかとそれは書かれていた。


『鍛えろ』


 一言だけだった。

 しかも、「鍛え」までを大きく描きすぎて、「ろ」が小さい。

 意味がわからない。

 

「これは?」


「そのままの意味だと思う、鍛えて今度は本気で殴らせろという意味だろう」



『俺はさ、生まれてからいままで一度も本気で人を殴ったことがないんだ』


『なあ、お前を本気で殴っていいか?』


  男の言葉を思い出す。


「本気じゃなかったのか......」


「75パーセントというところかな、インパクトの瞬間に振り抜くのをやめたんだ」


 どうやってそんな数値を出したのか。

 疑問に思うが質問はしない。


「それでも君のHPはゼロになった。首は間逆に折れ曲り、顔面は陥没した。だがわずか28時間で回復している」


 28時間。飛行機の事故ですら一日で回復した。


「怪物だよ。君も」


 そう言うとヒノメは、左目を抑えるのをやめた。

 紅い目と黒い目が見える。

 不意に医師の言葉を思い出す。


『世の中の背景すべてが数字に見える人』


 この男には見えているのだろうか。

 自分には見えていない、何かが。


「保護者の方には連絡してある。怪我をしたと言っても信じてもらえなかったけどね」


 保護者と言っても名ばかりだ。

 自分を不気味に思った両親から金を貰って保護者になり、放置している親戚だ。

 

 ヒノメが椅子から立ち上がる、部屋から出るのか。


「ここは病院なのか?」


「ジムの医務室だ。治ったら見学していくといい」


 ドアノブに手をかけ、ヒノメが言う。


「ここは怪物製作所だ」


 ドアが閉まり、静寂が訪れた。




 


 

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