壱話 不死身の男
赤ん坊の時に車にひかれたことがあるらしい。
かなりのスピードではねられたそうだが、傷一つなかったという。
赤ん坊だったので、体が柔らかく運良く衝撃を受け流したため。
医者はそう言っていたそうだが、後々それは違うということを知る。
中学の修学旅行で乗った飛行機が墜落したとき、自分と幼馴染を除いた277名の乗客すべてが死亡した。
自分は1日で退院できるくらいの軽傷だった。
体の皮膚がゴムのように柔らかい。
骨の関節が人よりも多く、可動域が広い。
体の再生能力が活発でトカゲのしっぽのように素早く治癒する。
どうやら自分は普通の人間ではないようだ。
「いるんだよね、ボタンのかけ違いというか、人間の範疇を超えた人間というのは」
若い担当医は遠慮なく言った。
「今までに目を通した文章を一言一句間違えずに覚えている人。一瞬みた風景を写真のように模写出来る人。世の中の背景すべてが数字に見える人」
指を折って数える。
「ほらいるだろ、格闘家のれんごう、なんだっけ? あれも異常な筋肥大かなにかだ。人間の筋力をあきらかに超えている。本気で殴れば人の顔なんて吹っ飛んでいくだろう。つまり、その、なんだ」
「怪物はほかにもいると」
「そう、そのとうりだよ」
医者は嬉しそうに笑った。
なぐさめているつもりなんだろうか。
大丈夫だ。自分は理解している。
人から不気味がられるのにも慣れている。
化け物を見るような目で見られるのも。
怪我をしないことをいいことに、ストレスの発散で不良達に殴られるのも。
飛行機事故で生き残った自分を両親ですら不気味がった。
自分を見る人々の目は怪物を見る目だということをよく知っている。
「おい、今日もゾンビ殴って遊ぼうぜ」
怪物を見た人間の反応は二つ。
目を背けるか、目の敵にするか。
高校に入ってすぐに三人組の不良に絡まれた。
飛行機事故の生き残りということを知っていて、事あるごとに呼び出された。
「今日は河原に行こう。青空の下、爽やかに殴り続けよう」
リーダー格のデブが言う。
大きな学ランのボタンは全開で、白いシャツはその太い腹で、はちきれんばかりに膨れている。
「いいですね、おい、ゾンビ。河原までダッシュな」
デブの子分のノッポがニヤケ顔で指図する。
名前はデブ同様覚えていない。
覚える必要もない。
「ほら、早く行って待ってるんだ」
子分その2、チビの不良が後ろから蹴ってくる。
逆らう気はない。
何をされてもダメージは負うことはない。
「おら、走れ、走れよっ」
チビが何回も蹴ってくるが、そのままゆっくり河原に向かった。
「喰らえっ、ギャラクティカマグナムっ」
デブが河原を走る。
ドタドタとうるさい。
勢いをつけて殴りかかってくる。
そのパンチを受けると同時に、派手に後ろに飛んだ。
まったくダメージはない。
だが呆然と立っているだけだと不良達は納得しない。
早く終わらせるために過剰な演出を行う。
衝突する際に地面を叩いて大きな音を出した。
「すげぇ、必殺パンチの完成っすね」
「さすが、兄貴、そこに痺れる憧れる!」
このままやられた振りをして今日も終わるはずだった。
だが、騒ぐ不良達の前にいきなり巨漢の男が現れた。
でかい。まるで山のような男だった。
「な、なんだ、おっさん」
デブが戸惑いながらも男に近づく。
男は挨拶するようにデブの肩を軽く叩いた。
それだけでデブは派手に吹っ飛び、2メートル位先の木にぶつかってそのまま動かなくなった。
「てめえ!」
「何しやがるっ!」
チビとノッポが同時に掴つかみかかろうとするが、ハエでも追い払うように両手で同時に軽く払う。
デブと同じように吹っ飛んでいく二人。
地面に激突してそのまま動かなくなる。
なんだ、この男は。
「お前もこんなやつらにいじめられるな。俺が鍛えてやろうか」
男が近づいて来る。
自然と立ち上がり、男を見た。
「お前、死んでるみたいだな」
目の前の男は明らかに異質だった。
筋肉の量が半端ではない。
ボディビルダーの筋肉とは違う、腕にエベレスト山ができたように筋肉が異常に盛り上がっている。
巨大な身体、だがその筋肉はその身体に収まりきれず暴れているように見える。
怪物はほかにもいる。
医者と話していた自分の言葉が思い出される。
「ちょっと気合いれてやるよ。猪木とかがやるだろ。1,2,3、バチーンて」
男が不良達にしたように自分の肩を軽く叩いた。
今迄の不良の拳とは比べ物にならない衝撃。
しかし、それでも身体が勝手に反応する。
力に逆らわず空中で何回転もして地面に激突する。
ダメージはない。
「おい、起きろよ」
言われた通りに起き上がる。
男の表情が変わっていた。
怪物を見た人間の反応は二つ。
目を背けるか、目の敵にするか。
しかし、男の反応はどちらでもなかった。
男は輝いた目で自分を見ている。
初めてのことに少なからず動揺した。
「俺はさ、生まれてからいままで一度も本気で人を殴ったことがないんだ」
輝いた目で男は言う。
「なあ、お前を本気で殴っていいか?」
人の力で自分を殴ってどうこうなるわけがない。
その考えが飛び散る。
男の身体から異常な熱気が溢れていた。
蝉の声が止んでいた。
男が出す重圧に耐えれなくなったのか、河原にいる全ての生命が逃げ出したように静まり返る。
「いいよ」
言葉は自然に出た。
男が大きく腕を振りかぶった。
力を込めると筋肉がさらに倍くらいに膨らんでみえた。
たまらなくいい笑顔をしていた。
まわりの空気がぐにゃりと歪む。
初めて。
生まれて初めて死の恐怖を感じた。
轟音をあげ、男の拳が顔面めがけて飛んでくる。
産声に近い叫び声をあげた。