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XXC ダブルクロスクロニクル 原文  作者: 京夜騎士団長
4/6

3節

1

背中を寒気が刺す。

ゾクゾクするそれに身震いしようと体が反応するが、そうはいかなかった。


何故なら寒気のする背中だけではなく右半身がキレイに凍っていたからだ。


全力のダッシュをしていたためか転げそうになるその一瞬で自分の体を確認しながら俺は己の身に最悪の危機を感じた。


時は既に遅く、転倒は免れなかったが左半身で受け身を取って長い通路で左肩を削りながら地を滑っていく。


ドゴォンというもの凄い衝撃音と共に、仮想の家屋の壁に叩きつけられ、意識が遠退(とおの)く。


痛っ。あー、やべ。落ちる…。



…………………。


「っぎっ…いぎぃ…」


引き裂かれるような痛みに覚醒を余儀なくされ、人の口から出るとは思えないような呻き声が口内、脳内に響く。


「あっぐぁ、い、いっ…痛ってええええええ!!!?!?」


気がつくと視界は左目は空を、右目は地を真っ二つにして映っていた。


俺の体は浮いていた。

だがしかしてそれは自らの意思の介在する形ではなく何者かによってそのようにされている。


激しい痛みが右手と右足及びその付け根まで走っていることに気付き、己に轟く恐怖に堪えて右手の方に首を傾ける。


麻痺した自分の右手のある位置にはボス級モンスターのゴツゴツとしたいかつい顔があり、その敵によって己の一部は今にも噛みちぎられんとする勢いでくわえられ、ギシギシと悲鳴をあげていた。


このモンスターの名前は【アイスエイジツインドラゴン】氷河時代の双頭竜。


二つの頭を持つ竜はウイングクロスオンライン正式サービスには現段階では存在していない。


このモンスターはクローズドベータテスト(正式サービスのためのテスト稼働)のみに登場した最強クラスのモンスターである。


その二つの首はユニークな習性を持っていて、それが今の俺に実行されている。


その習性とは自分自身が凍らせた肉のみを砕いて食すというなんとも不可解なものだったが、現実にやられるとはまず思ってもみなかった。


またベータテストのモンスターが混入しているとは考えもしなかった故の油断だった。


この油断も仕方のないことかもしれない。


ウイングモンスターズオンラインの敵モンスターは魔法系の攻撃スキルを持つものはいないに等しく、そこで氷ブレスに当たったのは運が悪かった以外のなにものでもなかった。


「あがっ…おががががが…ぎひぃ…」


舌を強く噛んで耐えるが、脳天から響くような声を漏らすことを抑えることができないほどの痛みに気絶と覚醒を繰り返す。


氷によるものなのか痛みによるものなのか、頭から手足の末端までが冷えきっていて感覚がないのにも関わらず、痛みだけは全身を駆け巡る。


あーあ。俺、死ぬのか。

いやだなぁ、怪物に食べられて死ぬ最期は。

せめてあともう一回、もう一度だけユーリの笑顔が見たかったな。


でも、叶いそうにないな。


ホロリと何かが頬を伝う。


その滴が地面に達するかどうかのところで、俺の視界の端に一筋の閃光が駆け抜けた。


俺の右足を咀嚼していた方の首に赤い一筋の線が入り、その線の軌跡を断面としてズレるようにして頭がゴロリと落ちる。


ゴギャアアアアアアゥオオオンと叫ぶ竜は俺の腕くわえたままその身を仰け反り、首を容赦なく振る。


ブチブチブチ。


奇怪な音と共に、俺の腕と体が分離する。


最早痛みで声もでない俺は宙を舞い、放射状に飛んでいく。


ぐるぐると回るぼやけた視界は空と地を交互に眺める中、千切れた右腕から溢れ出る鮮血が顔面に振りかかり、眼前の光景を赤に染めた。


体が落下を始め、まさに地に落ちんとするその時、バフッという柔い感覚に包まれ、視界は空へ戻った。


「また、また…間に合いませんでした。」


声の方を見上げると赤く染まったように見えた少女が顔をくしゃくしゃにして涙を流していた。


その熱い滴が俺の両の瞳に流れ込み、赤く染まった視界をぼやけた透明にすすいでいく。


死にそうな程の体中の痛みなんてどうでもよくなるほど、心地好くて温かい心が俺の全てを満たした。


地に舞い降りたユーリが俺を降ろし、続いて飛んできた仲間の数名が近くのモンスターから守るように戦っていた。


「俺、死ぬ…のかな。」

「何言ってるんですか。手当てさえすればこの世界でだって…」


「…」

「うそ、セツナさん…?」

「まだ、まだ生きてるよ。なんとかな…」


青ざめた少女に笑って欲しくて、最期の冗談のつもりだったのだが逆に不安がらせただけだった。


「バカ…。そんなの笑えないですよ。あなたが側に居て笑ってくれないと、私は、この先どうやって笑ったらいいのかわからなくなるじゃないですか。」


血で汚れていない方の左手でユーリの頬を撫でる。


「ったく、まだ出会ったばかりの男にそんなこと言ったら期待しちまうだろ…。なぁに最期に君の笑った顔が見たかったんだ…」

「もう…何言ってるんですか…最期はまだまだ早いですよ。一緒にクエストを受けたことすらないのに、そんなのないですよ…」


「ああ、そうだな。まだ一緒に冒険…してなかったよな。」


「はい。だからこんなところで死んじゃ…ダメれすから…ねっ…っ」


ユーリの言葉が後半は嗚咽混じりに吐き出されて掠れて消えた。


自分では分からないが、それほど重体なのかもしれない。


「魔法の呪文はないですけど、応急処置をするので痛いですけど我慢してください。」


そう言って雫の滴る右目から火炎属性の武器を取り出して、俺の右手と右足を焼いて止血する。


「っ…」


その熱さを殆ど感じることさえ出来なくなるほどに感覚は麻痺し、再び意識が途切れようとしていた。


その時だった。

不意に叫び声が聞こえる。


「ユーリ!そっち!!」

「えっ?」


ズガァンッ。


何かが衝突したような激しい音が辺りに響く。


俺の体は柔らかくてふんわりといい香りのする何かに覆われている。

そして恐らく宙を舞っているのであろう浮遊感。


何がどうなった?


その答えはわずか数俊後に判明する。


柔らかい香りと感覚が離れると 頭から背中から地面に打ちつけられ、勢いのまま僅かにホップしながら路地を滑り、壁に叩きつけられてようやく止まる。


「っガッ…」


止血したばかりの右の手足から血が滲み出す。


「ゆぅ…り…?」


霞む視界の中で彼女の姿を探し、掠れる喉を引き絞って少女を呼び求める。


首を右に目一杯振り切ったところでぼやけてはいるが白い塊を見つける。


僅かにミルクティー色の髪が見えることによって、それが探していた少女だと認識し、俺は絶望した。


その白い塊だったものがだんだんと赤く染まり、やがて完全に紅一色に変じた。


尋常じゃない量の血が溢れだしていることは透明と赤が混じった何かが滲んでよく見えない目にも明らだった。


「っく…ゆ…ぅ…り…ゆぅ…り、っぐぇっ…」


血反吐を吐きながら左手と左足を不器用に動かして這って少女の元へと一歩、また一歩と進む。


歩けば二十に満たない歩数だが、一回の前進で半歩も進んではいないからか、意識が朦朧としているからなのか、彼女との間の距離は永遠に縮まることがないように錯覚する。


「ぅ…り…ゆぅりぃ…ユーリッッッッ!!」


俺の最期の叫びも虚しく残響し、彼女には届かない。


届かない。届かない。届かないのか…?


敵が来る!!敵が!敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵!!!!!


動け!動け!


クソッ!クソッ!クソがああああああああ!くそ…くっ…そぉっ…


動かない自分の体に苛立ち、悔し涙で滲む視界の先を睨みながら、前へ前へと手を伸ばす。


まだ、まだ残ってるんだ。

やりたいこと、やらなきゃならないことが。


こんなとこで、くたばるわけには…。


だが這いずった軌跡が出来るほどに引きずった体から、再び漏れだす血がそれを許さなかった。


こんな…ところで…終わんのかよ…。


俺が調子に乗ってこんな本物の命をかけた一方的な殺人に対抗すべく戦闘に参加し、あまつさえあの子の足を引っ張ったから、あの子はあんな目に遭って、自分は右手脚を失い、その命も風前の灯である。


俺はなにやってるんだ。

彼女を守る?

ハッ。笑わせるな。

一度ならず何度も助けられて…。


ランキングトップなんてただのクソゲーの評価でしかなくて、こんな戦いには自分を(おご)らせるただのお荷物でしかなくて…。


及ぶはずもなかったんだ。


今までずっと本物の世界で戦ってきた彼女らに、たかがゲームのシステムに守られて強くなった自分なんかが。


はは。

ハハハハハハハハハハ。


もう、いいや。


考えるのも疲れた。

頭は重いし、体中痛いし、今まで培ってきたプライドもズタズタで俺の中にゃ、なーんも残ってねぇ。


ごめんな。ユーリ。俺に会わなければ、君は仲間とこの戦場を駆け抜け、足手まといを抱えることなく明日も明後日も、ずーっと未来でも笑っていられただろうに。


そもそも俺がいなけりゃ、こんな残虐な殺しが行われることもなかったんだ。


俺が本当にログアウトできないかどうか試すことさえしなければ、こんなことには。


「せ…っ…なさん。」


少し籠っているが、確かに聞こえた。


「セツナ…さん」


俺の名前を呼ぶ少女の声が。


「今、助け…ます…から…っんあっ…」


這いずり手を伸ばそうとする少女が響く痛みに喘ぐ。


もう、もういいんだユーリ。

俺は…君に合わせる顔が無い。

だから…


「ぁぐ…ぅぐぐぎ…げぅ…」


伝えたくとも喉が潰れて声が出ない。


少女が生きていることに感じた僅かな安堵にさえホッと息をつくことが出来なかった。


「すぐ、すぐに…そちらに……」


「ダメ…!早く逃げて!!ユーリ!!」


響する仲間の一人の悲鳴が開かない瞼をこじ開ける。


叫んだその人も戦っていて、こちらに手を貸すわけにはいかなかったのだろう。


「ごぼっ…」


少女から発せられたとはにわかに信じがたいが、その声は紛れもなくユーリの声であり、俺の視界を無理に持ち上げさせるには十分だった。


「あ…ああ…っ…」


俺の目の前にいるソイツは翼を生やした馬、古来より語り継がれる幻獣のうちの一匹。

ペガスス、固有名【エクスプロードペガシス】爆発翼馬。


そのモンスターの両前脚から生えた、渦巻く火炎のような鮮やかな見映えの極太の(ランス)の右側がユーリの脇腹を貫き、その体を空中に持ち上げていた。


そして…。


ズガァンッ!!ドゴゴゴゴ!!!!!


射抜いたその槍の先から無数の爆発が繰り返される。


そしてその黒くこげた塊は体ごとスピンするペガシスにより振り落とされる。


ぼとりと鈍い音が響く。


しん…しんだ…ゆーりが…しん…し…死…死死………死死……ん死死死死死んだ殺した俺が殺したユーリが死ぬ死んだ死ぬ死ぬ死んだのか殺された誰に俺にだ死ぬ死んだ死ぬのは俺だけで死ぬ死んだ殺した俺が殺したユーリを…


俺が殺した…ユーリを殺した…俺がぁっ!!!??


「ぁっ…ううっ…げぁっ…ぐああああああああああああ!!」


濁った声が奥から涌き出る。

己の無力に対する怒りと共に。


片足が屈曲し、勝手に立ち上がる。


壁にもたれ掛かってなんとか立っているということに自らの意思はない。


溢れる数多の感情が己の中の何かを突き動かしているかのようだった。


俺は今までの自分に誇りを持っていた。

だがそれは少女にとってはなんでもないことで、あっさりと俺のプライドを意図せずに打ち砕いた。


俺にはもう何もなかった。


だが少女の態度を思い出す。


彼女はあんな強さを持ちながら、それでいていつもへりくだっている。


プライドを持つというより怯えている。そんなイメージを持たせる少女に俺は過保護にさえなっていたのかもしれない。

それだけ少女の強さは態度には表れない。


おのずと自らの愚かさに気付かされる。

なんと自分は間抜けだったのだろうか。

ユーリは、ユーリは俺を守ろうとしてくれた。

だが、俺は口ではそれを受容しながら中身は女の子から守られることを恥としていた。


信じなかった罰なのだ。

彼女を、互いに守りあう存在として信じなかったからこんなことになってしまった。


今更ながら後悔するがそれよりも…。


「まだ…まだ死ねない。死ぬわけには…いかねぇ…今度は…次は俺が助ける番なんだああああああああああ!!!!」


叫びは誰にも届かない。


自分自身にさえ聞こえてはいなかった。


そして、最期に黒い塊とその右腕に鈍く光る鋼の腕を瞳の中に捉えると、突如右目に装着した機械から溢れ出す真っ黒い渦の中に囚われ、視界は暗転した。


薄れ行く景色の中で銀色にたゆたう右目の縁が微かに眩しかったが、それに気を回せるほど脳は機能してはいなかった。


その右目に装着された機械。

ディバージョンインカーネイトアイが強く輝き、どす黒いオーラを撒き散らしていた。







2

気がつくと目の前には知らない純白の天井が広がっていた。


フルーツの入ったバスケット。 花瓶に刺さった色とりどりの花。


長い夢を見ていたかのような浮遊感。


何があったのかを思いだそうとするとチクリと頭が痛んで、まるで記憶を掘り起こすことを脳が拒否しているかのようだった。


だがそれは長くは続かず、やがて意識を失うまでの出来事の記憶が洪水のようにして押し寄せる。


俺には全く身に覚えがないのだが、聞いた話によれば俺の記憶が確かだったあとのことは以下のようになっていたそうだ。



セツナはただひとりの少女を助けたかった。

己の劣意をぬぐい捨ててだした答えがそれだった。


だが吹き出した血の量には抗えず血の混ざる叫びと共に昏倒した。


その叫びはユーリには届いていた。


「せ…つな…さん…っ」


体は黒くこげているが、ギリギリの刹那に展開した防護フィールドにより、間一髪急所を逃れたのだった。


ピクリとも動かないセツナを見て慟哭したユーリが啜り泣く。


「セツナさん、セツナ…さん。」


距離が離れている上に、掠れたユーリの声は彼の意識に届くことはなかった。


はずなのだが、ユーリのディバージョンインカーネイトアイが白銀に輝き、名前を呼ぶ度にその光は強度を増していく。


それに気付くことなくユーリは泣き叫び続けた。


モンスターが襲ってくる可能性も考えることなく。


片首のアイスエイジツインドラゴンが切断された苦しみを訴えながら「ゴギャァアアア」と雄叫びを上げながら乱暴に首を振り回しつつユーリに向かって暴走し、ペガシスはセツナに向かって空から突撃してくるがユーリは気付かない。


二人を蹴飛ばす、あるいは踏み潰さんとするまさにその時だった。


セツナを中心として怪しくとぐろを巻きながらたちのぼる真っ黒い粒子が地面から舞い上がり、セツナの体を持ち上げつつうねりを上げたそれは敵二体の突進を弾き、遥か彼方へと吹き飛ばした。


「えっ…。」


ユーリはその場で固まった。


セツナの意識がないこと、下手をすると死んでいるかもしれないと心の隅では考えていたこと、初めて見る現象に対しての恐怖を抱いて自らの体が動かなくなっていることなどを含めてユーリは狼狽していた。


見えない操り糸のようなものにゆっくりと腹をブリッジ体勢から持ち上げられ、僅かに宙に浮き、だらりと肩を垂らした上体で静止する。


何が起こっているのかユーリには理解出来なかった。


セツナが生きていてそれを操っているのかとも思わなくもなかったが、恐らくそうではないことは誰の目にも明らかな程にその渦はドス黒く、全てを貪り食い尽くすかのように一帯を包んで上空に立ち上り、一周してからセツナの体に戻ってくる。


その黒い粒子の一つ一つが周りから精気を吸収して取り込んでいるかのような錯覚に襲われる。


事実としてそれは錯覚ではなくそのままであったのだが、ユーリにそれを知る由はなかった。


ぬーぅっ。という効果音が適する気味の悪い佇まいにユーリは僅かに後ずさる。


その引き下がった一歩に引かれるようにセツナの体もユーリに近付く。


数瞬の間にユーリとセツナの距離は僅かに一歩半となり、セツナの腕がユーリに向けて伸ばされる。


だが先程のように頭を撫でる訳ではなく、ビクッと身を縮ませたユーリの顔の一部である右目に伸ばされた。


いつの間にか強い白銀に輝いていたDIEに向けて伸ばされたその手から更に伸ばされる黒い粒で構成された触手が、ユーリの体全体を包み物色するかのようにその心身を黒く暗く侵していく。


「キャッ、せ、セツナさん…?」


咽び泣くユーリに対する返事はなく、その黒き触手はユーリのDIEの清い光を暗黒で覆い、セツナの左手はユーリの顔面へと突き放たれた。


「んあっ…」


突然の攻撃に喘ぐが、血が噴き出す訳でもなくただただ黒い光が体全体を覆っていた。


セツナの腕がユーリの後頭部を貫通して突き抜けている程埋まっているが、その手は未だに奥に届かずに進んでいく。


二の腕の後半まで突っ込んだところで、ようやく何かを掴んだかのようにセツナの体がピクリと反応すると、その腕は一気に引き抜かれた。


「はぅっ…」


何かを引き抜かれると同時にユーリの体が背面に傾きゆっくり地面へと向かう。


その体をセツナの【右腕】が支えた。


食いちぎられたはずのその右腕はユーリの片腕同様に鋼の疑似アームがくっついていて、その手先から伸びる指は大理石のように白く艶のある光沢を放っていた。


【右足】も同様に変な角度に曲がっておらず、服の上からなのでよくはわからないが正常に機能しているようだった。


一方ユーリの右目にはDIEはなく、眼球がくり抜かれたような瞼から闇が渦を巻いて奥が計り知れない。


ユーリの右目から引き抜かれた球状のソレはセツナの手から離れて宙に浮いていて、ユーリの髪と同じ色のはしばみの温かい光を放っている。


その光の玉にセツナの左手及び黒い粒子の触手が伸ばされ、掌がぎゅっと握り完全に包み隠したところで変化が訪れる。


ゴプ、ゴポポと液体ジェルが排水溝に流れ込む時のような不快な音がセツナと気絶したユーリの上空で広がる。


だが、頭上だけではなかった。


ユーリの体も同様の音を立てながら、液体が沸騰するときのように皮膚がボコボコと膨らんで隆起してはもとに戻るといったことを繰り返していた。


直後、頭上で渦巻いていた黒い光が一気に拡散する。


それに伴うかのようにセツナとユーリの体も闇に包まれ、それは暗黒の粒子に包まれた球体となった。


数秒後、真っ黒な球体が卵の殻からヒナがかえる時のようにピシピシと割れ目が入り中から紫色の光が漏れ出す。


バリバリバリバリバリバリと耳障りな音と共にその殻は次々に地に落ちて中身を露にする。


そしてその闇が開けた時には、セツナが立っているのみでユーリの姿は消えていた。


だが完全に「消えた」というわけではなかったのだ。


セツナの右肩からはユーリの顔にあたるパーツが突き出していて、二つの曲線が二の腕あたりからでているが、しかしそれは腰までであってそれより下はセツナの腕の中に埋もれている。


ユーリは今のセツナの極太い腕の中に取り込まれてしまい、まるでフィギュアの色をコーティングする前の粘土のような、あるいは焼きを施す前の陶器のようなグレーの胸像と化している。


何が起こったのか誰にも分からない状況であり、特にセツナ本人は未だ気絶していてこの出来事事態覚えてはいなかった。


フシュウフシュウと奇怪な音を立てて少年の体が宙に浮かび上がる。


少女が埋もれたその右腕の先には一振りの太刀が抉り(えぐり)込んでいた。


それが先程セツナが振っていたドラグならディザスターであるのは見てとれた。


ユーリ、セツナの右腕、太刀が融合したそれは、ユーリの腰周り丸々を納めた太いその体躯をまるで生きているかのように、ドクンドクンと浮き出している血管の脈動を波打たせていた。


素人目ではアレが右腕に宿る寄生型モンスターだと見誤るかもしれない。


それほどまでにソレは禍々しく、今にも噴き出しそうな剥き出しの黒い欲望を己の内に溜め込んでいるようだった。


だが次の瞬間、セツナのその【右腕】が持ち上がった。

太刀を天空に突き立てるように腕が意思を持つかのように、うねりながら起き上がる(かのように見えた)ソレはまるでミミズ、いや龍だった。


ゴプゴププププ。


体と平行になるまで持ち上がると、その先の太刀が怪奇なる音を立てて腕の中に沈んでいく。


ズププププププ。


代わりに指の無いその先からは、固定砲撃の筒の先が現れる。


ドックン!!!!


腕が一度激しく脈を打つと、それに促されたかのように筒からは重い鉄(?)の玉が放たれる。


バヒュウウウウウウウウン。


それは天空に打ち上がり、数秒後。


バアアアアアン!


まるで花火が破裂するかのような爆音を立て、打ち上げ花火さながら閃光が辺りに放射状に拡散していく。


だがそれの花火との違いは異常に速いスピードで落ちてくる隕石のような火の玉だった。


流星注ぐかのような高速の弾丸が散らばり千体どころか数千はいたモンスターのほぼ全てを殲滅していく。


だが、それだけでは収まるはずがなかった。


その火の玉はモンスターへホーミング(追従)して向かったわけではなくただ広範囲に行き渡るよう無闇に放たれただけであるため、当然モンスター討伐に当たっていた仲間へもその標的は向かう。


轟音を伴って打ち上がるそれを一瞥したティンクがいち早く察知し、DIEの無線機能で仲間に知らせる。


「マズい。全員空からの異常事態に注意せよ!何かデカいのがくるぞ!」


アイリス、クレアを含めたメンバーの全員が上空を見上げた。

空を高速で移動して戦闘から離脱する。


雲の遥か上空に放たれたそれは拡散して方向を選ばずに、ただひたすら攻撃範囲面積を広げるために一帯を飲み込むかのように上空に隙間なく飛んでいく。


空は炎に染まり、夕焼けさながらの光景を演出していた。


メンバーはかわしたり弾いたりするが、その隕石の圧倒的な数と巨大さに大きな被害が出た。


戦闘員53名中、負傷者33名。

死者3名。


この死者3名はモンスターにより殺されたのではない。


全てセツナから放たれた砲撃が要因でその命を全うしたのである。


ある者は砲撃が上空に上がる際、セツナとソレの直線上にいたために直接被弾して跡形も残さずに消し飛んだ。


またある者は砲撃の一粒が翼を穿ち、飛べなくなったその者は地に叩きつけられて死んだ。


三人目はモンスターを振りきれず、かつ降り注ぐ弾丸にも気をつけなければならかった。


その者はモンスターの牙を避けた際に飛んできた己の体程大きな弾が背中に衝突し、灼熱に焼かれながら落下の勢いで地面へと追いやられ、隕石ごと爆発して死亡。


それでも僅か三人に被害が留まったのは彼らの仮想世界慣れした優秀さによるものだろう。


セツナの体はその行為を終えたのちに地面に突っ伏したが、それを襲うモンスターはなく、残り十数体となった雑魚をティンク率いる軽傷者を含めたメンバーが掃討したことにより、命をかけた戦闘は収束した。


倒れたセツナの両の目には、異なる形の白と黒のディバージョンインカーネイトアイがそれぞれ装着されていた。



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