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XXC ダブルクロスクロニクル 原文  作者: 京夜騎士団長
3/6

2節


「えっと、コレがどういうことか説明してほしいんだけど。」


身体を捻って水平に伸ばした腕で弧を描き自分の背後全体を指す理由は、何故か先程まで後ろに居た生徒たちの仮想アバターが一人として見当たらないことによる。


「それはですね…」


少女は少し口籠った後、躊躇いながらも恐らくは断片だけである理由を述べた。

何かの機密事項があるのやもしれん。


「えっとですね…私も詳しくは教えられてないのですが、今この一帯のアバターは強制ログアウトさせられているみたいなんです。」


「なっ…」


息が止まりそうになる。

危うく腰を抜かすところだった。

何故なら俺がここに倒れているユニコーンに襲われる前に強制ログアウトが行われていたならば、俺はこんな羽目に合わずに済んだハズだったのだ。


だが、やらなかったのではなくできなかったというのが最もだろうと判断して少女に続きを促す。


「あなたが襲われる前にログアウトさせてあげられなかったのは偶然でもなんでもないの。でもそれに関しては私も教えられてなくて…。

今までも何人か同じ目に遭ってるのですが、襲われたその後に強制ログアウトが行われるといったものがほとんどなんです。」


なるほど。


1人がまず犠牲になることでそれをシステムがエラーとして感知することによって初めて強制ログアウトが行われる。


またはこの現実的仮想空間は国際経済に関してかなり大きな役割を担っているという理由から、いきなり不特定多数の人間を落とす(ログアウトさせる)ことはできないというものか。


その他エトセトラ。


いずれにしろ俺自身はもうログアウトは出来ないのだから知ったところで何が変わるわけではない。


だから気にしても仕方ないというのもあってそれ以上踏み込まないようにする。


「それに関してはもういいや。それで、そういえばさっき我々って言ってたけど、仲間がいるのか?」


「はい、その通りです。今から皆と合流するのですが来てもらえるでしょうか?」


不安げに潤んだ少女の瞳に推されてかいつの間にか首肯したそのあとに、両手を肩の位置に上げて軽く開きながら応対する。やれやれと。


「どうせ拒否権はないんでしょ。」


「ハイ。すいません。」


謝る少女がニッコリと微笑む。

本当にやれやれだ。上からの命令で少女が逆らえないという訳ではない。

俺の生存権がかかっているのだ。


「じゃあ、ワープポイントまで行きましょう。あなたも本当にログアウト出来ないか確認したいでしょ?」


正直試してみたくないといえば嘘になるが、あれだけ少女が出来ないと言っていたのに今更とも思う。


けれどどうせ行くのであれば試す価値はある。


「あ、ああ。そうだな。どうせ何も出来ないだろうけど。」


「ふふっ。でもよかったです。」


「えっ、何が…」


こんな状況のどこがいいのかと少女の神経をやや疑うが、続く言葉をどうも否定できない自分がいた。


「そう言いながらあまり残念そうな顔をしてませんから。さっきの世界が終わったような絶望に満たされた顔よりはずっといいです。」


そこはずっとカッコいいですとか、好きですとか言ってほしかったぜとロリコン魂が沸き上がるような思考を過るが、自重して飲み下す。いや、実際ロリコンかどうかはさておき。


てか俺はそんな顔をしていたのか。と思ったが口にはださず、代わりにこう答える。


「ああ。そうだな。なんっていうかこういう非日常も受け入れてしまえば悪くはないかな。」


と。


一瞬少女は目を丸くしたが、すぐにそれは微笑みに変わる。


「よっぽどのゲーマーさんなんですね。」


「え、よく分かったな。」


「はい。実はお恥ずかしながら私もかなりやりこんでましたから。」


「別に恥ずかしくはないさ。ちなみにそれは二十年前の話?」


「その時からですけど、今もですよ。」


「へ?」


よほど間抜けな顔になっていたのだろうか。


彼女はお腹を抑えて俺の背中をバシバシと叩きながら笑い始めた。


「きゃははは。もう!あんまり笑わせないでくださいよぉ。」


強く背中を叩かれてむせる。


ツボに入ってしまったのか未だに笑いをこらえられずに無理矢理手を口にあて、クックと笑いながら続ける。


「この世界からもゲームの世界に直接接続できるんですよ。」


「なっ、…」


俺にとってその情報は衝撃的事実だった。


何故ならこの世界とゲームの世界は確実に切り離されているハズ。


同じ仮想世界であっても構造の成り立ちが全く異なるので、2つをリンクさせることは不可能だとなんかの雑誌に書いてあったし、知識として知っている。


だが、可能なのか?

こうしてユニコーンのようなモンスターがこの世界に入ってくることも、こちらから向こうに入ることさえも。


俺の思考をトレースした彼女がボソボソと呟いた。


「まだ試験段階なんですけど、モンスターがこちらに入ってくるのならばこちらから出向いて対策をとることもできるハズだと。」


「それで造っちまったのか。新しい概念を。」


少女は僅かに首を縦に傾けてから続けた。


「初めは本当にダメ元でした。ですが、モンスターの出現時に現れる謎のワープホールを解析した結果、こちらからも同じようにそれを利用して他人のゲームアカウントからログインすることに成功したんです。残念ながらそのワープホール出元を逆探知することはできませんでしたが。」


少女は本当に悔しそうに整った唇を噛み締める。


どこか別の場所に思いを馳せているようだった。


俺の方を見ていない。


俺の背後の空すら彼女の視界には入っていないような気がした。


一体彼女の過去に何があったのか。


ソレを解きほぐしてやることは自分には出来ないのだろうかと考えたところで頓狂な声があがる。


「あ!そういえばまだあなたの名前を聞いてないです。」


そう言った少女はトテトテと近付いてきて胸の前で拳を握り、上目遣いにこちらを見上げた。


「教えてくださいますよね。」


「あ、ああ。そうだな。これからお世話になるんだし。」


軽く息を吸って一つだけ間を置いてから続ける。


「セツナ。それがこの仮想空間における俺の名前だ。」




2

「えっ、私も教えるんですか?ええーっと、そうですよね。そうじゃないと誠意がないし、どうせ皆のところに行ったら呼ばれるから分かっちゃうし。」


少女に俺の名前を教えたのだからそちらも教えてくれと言った。


その結果がこれだった。


頬を染め、顔を両手で塞いだその間から目だけを出して地面を見つめながら俺に対して身体を横に向けてボソボソと何か言っている。


萌えってこういうものなのかなという思いが自分の中に駆け巡ったことを嘆いて近くの電柱にヘッドバッドをかます。


中身が見た目中学生そのものだったことに驚かされたのもあり、20年歳くってこれはどうかだろうかと思ったのがどうやら顔に出たらしい。


「何か失礼なことを考えてますよね?」


と見透かされてしまった。

女って怖いわ。


「もういいです。私の名前はユーリです。よろしくお願いします。」


言葉に態度が伴ってないんだが。よろしくお願いしてくれって思ってなさそうなんだど。

座りこんで頬杖をついてぷっくりと膨れている。


「よろしく、ユーリ…さん?」

「…でいいです。」


何かを呟いているが聞き取れない。


「え?」

「呼び捨てにしてくださいって言ったんですよ!」


顔を真っ赤にして胸の前に両拳を当てながら叫ぶ彼女は存外に可愛かった。

すまん、コレはどうでもいいことだな。


「わ、分かったよ。よ、よろしくな。ユーリ。」


ふふーん。と上機嫌に鼻を鳴らしたユーリは回れ右をすると首だけで振り返って言う。


「では自己紹介も済みましたし、仲間のもとへ行きましょうか。」


「ワープポイントに行くんだよな。」


「そうですね。まずは拠点の方に挨拶して、コレを貰わないといけないので。」


と言ってその手に乗っているのが、先程戦闘時に右目に装着していたあの機械だ。


「何か仕掛けがあるのか?」


「じゃないと掛けません、こんなダサいグッズは。」


「そうかな?俺は結構カッコいいと思うぜ。」


「なんのフォローにもなってませんよぉ。」


個人で感想が違うのか、男女でちがうのか、恐らくその両方だろうがそれをつける自分を想像して、少しばかりワクワクしてしまったことを自粛しなければならない。


ガックリとうなだれるユーリにドンマイと肩に手をかける。


どうやら感情が表に出やすいタイプのようだ。


「うう…じゃあ行きましょうか。」


放置されたそれを見て俺は疑問を投げかけなければならなかった。


「それはいいがこのユニコーンはどうするんだ。」


「おっと、忘れていました。」


「おいおい。」


右目の機械を装着してボタンを押したあと一言唱える。


「リムーブシークエンス」


その瞬間にユニコーンの体は転送アイテムでも使ったかのように水色の光に包まれて、フシュッという音がしてその光と共にユニコーンの死骸も消滅した。


「では今度こそ。」


コーヒー牛乳色の瞳を閉じて微笑む彼女は今更ながら人形のように完璧な姿形をしていると改めて思う。


風(仮想の世界の脈によるもの)になびくシルクのようにサラサラではしばみ色の髪、スッと整った鼻の下に控えめに閉じた桜色の唇。


強調しない胸元の2つの曲線と推定150センチ程度の身長。


ロリ美少女を体現しているようなその少女をマジマジと見ていると、その瞳がパチパチと開閉している。


「あの、どうかしたんですか?」


胸元で腕をクロスさせ身体を俺の方から退けるように捻って、眉の根を寄せてこちらを見ている。


どうやら長々と観察し過ぎたようだ。


「んにゃ、何でもないよ。」


「そう、ですか。ならいいんですけど。」


そうこうしている間にワープポイントに辿り着く。


少女に促されて今朝と何が変わって、何が変わらないのかを確認する。

確かにログアウトボタンが消失して…

いなかった。


「ユーリ。」

「はい、確認できましたか?」

「これは何だ?ログアウトボタン、有るぞ?」

「あ、ああ。それですね。」


どうやら俺の反応を予測していたらしくにんまりと笑う。


「押してもログアウト自体は出来なくなってるんです。表示自体はなにも変わりませんよ。」


そういうことは早く言いなさい。と心の中でツッコむ。


「なんだよそれ。思わせぶりだなぁ。」


溜め息を吐きつつそのボタンをなんとなく押す。


その時だった。


ウウウウウウウウ!

と警報のがログアウトポイントから響く。


ログアウトポイントに警報が付いてるなんてこと自体知らなかった俺は「どわっ!?」という情けない声をあげてしりもちをついた。


「な、何したんですか!?」


同じく驚いたユーリの目が俺とログアウトポイントを交互に追う。


「分からん。ただログアウトボタンを押しただけだ。」


「ウソ…」


「あのなぁ、嘘をつくメリットがあるのか?って…」


見上げるとユーリの顔は凍ったように硬直し、その瞳は瞳孔が開かれ、じっとりした汗が首筋に光っていた。


「おい。どうしたんだ。」


尻の埃を払って立ち上がる。

(実際は仮想世界なので汚れ類は払う必要ないのだけれどなんとなく己の衛生観念がそうさせた。)

固まっているユーリはログアウトポイントの画面を指差していた。


「あん…?おい…コレはまさか。」


ログアウトポイントのホーム画面。

そこに黄色いフォントの上に赤い文体で書かれたそれは…。


「マズい。仲間に知らせないと!!」


迫るソレに脅えるように緊迫感を帯びたユーリの声が俺の思考を逆に冷やす。


こういう時こそ冷静にならなければ成すべきことも成せない。

俺の長年のゲーム経験が役に立つ。


この肝はホラーゲームあたりで鍛えられたのだろうな。


そのフォントの表示にはこう書かれてあった。


『現在、午後5:30から30分後にWMO【ウイングモンスターズオンライン】の全モンスターを現実的仮想空間に解き放ちます。


それらを全て排除することが出来たならコードネーム113914612 仮想ネーム【セツナ】のアバターをログアウトさせます。ご健闘を心からお祈り申し上げます。』


と。



3

ウイングモンスターズオンライン


それは5年程前にリリースされたタイトルで、これもまたVRMMORPGの一つである。


そのゲームに出てくる敵は全て羽または翼を持っていて、虫や小鳥からヒッポグリフやドラゴンなんかも出てくる。


このゲームの魅力の1つに、プレイヤー自身が空を飛べるというものがある。


こういうタイトルはいくつか存在しているが、仮想の羽根を自らの筋肉の一部として動かすことが出来る快感はどれも素晴らしく、そのあと羽根なしのゲームをプレイするとどこか寂しい気がするのは恐らく俺だけではないだろう。


そのゲームからこの現実的仮想空間という99%以上が現実そのものの空間に全モンスターが放たれるという。


俺がプレイしていたときに記憶している限りではざっと1000種は越えていて、あれから2、3年経ってその種類も増えているハズだ。


それが一体ずつポップすると考えるだけでも恐ろしいのに、それが一体ずつとは限らないのが更に恐怖を煽るようだった。


幸いにもこの地区は先程のユニコーンの騒動により、住民はログアウトを強いられてはいるが、他の地区に飛んでいったりする可能性などを考えると政府が何らかのアナウンスをしていないのが最早不思議以外の何物でもなかった。


だが、幾つかの可能性が過る。

現実的仮想空間を国有化し、運営している政府がこの事実を認知していないとしたら?


いや、もしくは見てみぬフリ。

ひょっとすると当事者なんてことも…。


いよいよ臭くなってきた展開に俺の思考は加速する。


が、そこでユーリが介入することにより中断を余儀なくされる。


「仲間が駆けつけてくれるそうです。」


近くで連絡を取っていたユーリがトテトテと俺の近くに戻ってくる。


「ですが、人数はあまり多くありませんので本当に全エネミーが出てくるのなら、戦況は絶望的です。」


それはそうだろう。

仲間が何人いるのかは知らないが、ユーリの口ぶりから察するに俺やユーリのようにログアウト不可能な状況に陥った人間の集まりだろう。


その人数が敵の10分の1の100にすら到達しているとは思えなかった。


「でも、なんとかしないと。俺やユーリみたいな被害者が増えてしまう。それも数人じゃなく数億人単位でだ。」


自分でそう言葉にするが、状況がそう簡単には収束するはずもないことは十二分に分かっているので、その台詞もどこか尻すぼみになっていた。


「浮かない顔だな少年。」


どこかから声がかかった。

やや遠くから響くその声の方を向くと、一人の女性が仮想ビルの屋上に立っていた。


スーパーマンの如く両手両足を広げて飛び立つと、ほんの数瞬後におれの目の前に鮮やかに着地した。


「君がセツナくんかい?」


「え、ええ。」


不意の新キャラ登場に戸惑う俺の右肩に右手を乗せた黒髪ロングで眼鏡な所謂清楚系な女性が耳元で囁く。


「ユーリを頼んだぞ。あれでいてあの子はビックリするほど脆くて壊れやすいからな。」


急接近にたじろぐ俺に彼女はカッカと豪快に笑う。


「あのー、どうかしたんですか?」


不安そうにその黒髪の女性を見るユーリに対して答えたのは路地の影から現れた。

またしても新しい人物でこれまたかなりの美少女であった。


「なんでもないよユーねぇ。いつもの隊長殿の戯言やけんね。」


ケラケラと笑うその女性は藍色の瞳に空色の髪、紅いフードを浅く被っていて茶色のジャケットを羽織っている。


その下のスカートはピンクの布に白いラインが端に沿うように引かれていて、きゃわいいと言いたくなるようなたたずまいだ。


そしてその隣にも女性がいるのだが、揃いも揃ってみな美少女であるのでモンスターを操る敵はもしや美少女狙いかとも思わなくもなかったが、自らを考えてその線は無いなと取り消す。


このとき俺は自分の女装姿を想像してしまった。うえっ。


「ユーリ、そっち。だれ?」


ぶつ切りに呟かれたその言葉の出元は空色の髪の少女の隣の銀色の髪の少女で、瞳も髪に負けず劣らず、鏡のように銀色に輝いていて白いレザーコートとその下半身を覆うパンツは白地に黒いラインが蜘蛛の巣のように張り巡らされている。


「あっ、えっとこちらはセツナさんです。今日モンスターの被害に遭って、保護目的もあり私たちの仲間になって下さいます。」


あっ、戦って頂けるんでしたっけ?と付け加えるユーリに対して首肯すると空色の髪の少女が俺の左肩に自らの左肘を無理やり背伸びして乗せて耳許でコソコソ話しかけてくる。


「お兄さん、わざわざ戦闘に介入するなんて、ユーねぇに惚れちまったのかい?」


この人の心にズカズカ土足で踏み込んでくる態度といい、物言いといい、リアルワールドに置いてきた友人が思い出されて涙がこぼれそうになるが、すんでのところで堪えて代わりに答える。


「尊敬という意味でな。」


ピュゥー。わずかに口を絞り、息を吹き出して鳴るその口笛。

どういう意味かはなんとなく分かる。


「バカにしてるワケじゃないって。ユーねぇ、メガンツ可愛いから仕方ねぇ。特に男の兄さんには仕方ねぇってばよ。」


おっさんのような口調と共に腕を組んでうんうんと頷いている。

てかメガンツってメチャクチャって意味で捉えたがよかったのだろうか。そりゃメガンツどうでもええか。


「では我々はそろそろ配置に付かなければな、アイリス、クレア。」


それぞれの顔をみながら黒髪の女性が名前を呼んでいることから、空色の髪の少女がアイリス。銀色のほうがクレアということだろう。


「ホイホーイ。」

「御意。」


ホイホーイとアイリスが言うのはなんとなく想像つくが御意ってなんだよ御意って。侍か。それも古風の。


どうでもいいことばかりが浮かぶ俺の思考に構わず三人はさっきとは違うビルの方へ跳躍する。


黒髪の女性が途中で振り返って声を張り上げた。


「また後程歓迎パーティをしてやろう。任せたぞ、少年!」


その顔は嬉々として輝いていた。

これから何が起こるのか分かっているのかあの人は。


一瞬遅れて目先に黒点を捉える。


それをすかさずキャッチすると、ユーリの付けているのと似た形の片眼の機械だった。


「アレがユーリの仲間か?」


「彼女たちの個性的な部分を強調して私の仲間だと定義してますよね?」


「気のせいだ。」


目線がわずかに上ずるが、ユーリは気づいていない。


「そうですか。そうですね。えっと、そういえば名乗っていかなかったですね。彼女は私達の所属するギルド【STARDUST】のリーダー、ティンクさんと、水色の髪の(かた)がアイリスさん、そして銀の髪の女性がクレアさんです。」


「黒髪清楚さんはよほどお星様が好きなようだな。」


「え、ティンクさんがですか?えっと、どうして分かったんです?」


「あー、えっと…STARDUSTから派生させて予測したまでだよ。ティンクの意味は多分ティンクル、星の煌めきから来てるんだろうってね。」


「すっごいですね。私なんて考えたこともなかったですよ。確かにティンクさんは毎夜星を眺めてるみたいですけど。」


俺は先程の女性、ティンク氏が田舎の別荘のテラスでコーヒーを片手に物憂げな表情で星を眺めている様を想像した。


妄想でも絵になる彼女だが、その想像上のイメージはどこか寂しそうだった。


妄想が跋扈(ばっこ)していて浸り続けたいのは山々だが、まだ早急にやるべきことが山ほど残されているため途中で切り上げて、右手に持つ機械についてユーリに尋ねる。


「悪い、コイツの使い方を教えてくれないか。」


「え、いつの間に!?」


さっきのあの女が投げたことに気付かなかったのか。

飛んでいく彼女に見とれていたみたいだが。


「さっき投げて来たんだよ。それよりコレの機能はモンスターを転送するだけじゃないよな?」


「はい。ある程度予想しているとは思いますがコレがないと武器をこの世界に精製出来ません。」


「だろうな。」


この世界に武器の類いは存在しない。

なのでその思考に辿り着くのは必然といえよう。


「取り出せる武器は1つだけか?」


「はい。ですが正確には装備一式です。」


防具類があるのはありがたかったが、胸の中で舌打ちする。


大量に精製出来れば現実的仮想空間で登録しているメールフレンドに連絡をとって加勢してもらえるはずだと考えたからだ。


アイツらは命は奪われないハズだからな。と考えたが間もなく首を振る。


「そういやモンスターに攻撃されることで俺達みたいにログアウトできなくなるんだったな。

なら巻き込むワケにはいかないか。」


半ば独り言のつもりだったがユーリは頷いたあとに口を開く。


「複数あっても意味ないんです。」


「え?どうして?」


「コレは、現在ログアウト出来ない人間、つまりは私やセツナさんのような人にしか使用できないんです。」


「なっ…。」


そう来たか。

何がなんでも俺達だけで倒せとそういうことか。


まぁ、初めから選択肢はそれしかないのだけれど更に選択が狭まったような気がして心細くなる。


というかいきなり色んなことが起こったせいで忘れていたが、あのログアウトポイントのフォントに浮かぶ文字。


時間指定。タイトル指定。制限時間こそないが、極めつけに健闘を祈るときた。


この現象、いやオークやユニコーンがゲームから這い出てくることも含めてこれらの現象は人為的なものだとみて間違いない。


しかも恐らくユーリに俺が促されたのと同様にログアウト不能だと分かっていてもログアウトボタンを押したのは人間は俺だけではないはずだ。


何故俺だけに…。


敵の目論見はなんだ?


見えない敵を刺すように空を()めつける。


かなり長い時間沈黙していたのか少女が不安げに「大丈夫ですか?」と俺の機嫌を伺う。


俺は(かぶり)を振り「あ、ああ。わり。大丈夫だ。」と少女の頭に手を置いて微笑んだ。


安心したようにはにかんだ彼女は、直後何かに気付いたように表情を曇らせて空を指差す。


その先に視線をやると先程の機械を受け取った時とは異なる大量の黒点が北の空に密集していてこちらを目指してやって来ているのが分かる。


ウイングモンスターズオンラインのエネミーたちに相違なかった。


北の空には天空を塞ぐかのように赤いフォントに【unknown】というどす黒い

文体が浮いていて、そこから転送されるように湧きだしていた。


「お出ましか。」

「時間がありません。戦闘に必要な知識だけレクチャーします。」

「ああ、頼む。」


武器の出し方、戦闘力の図り方、攻撃パターンの解説の引き出し方などを簡単に学んだところで、残り10キロといったところだろうか。敵はもう目の前に迫っていた。


「うん。コレだけあれば充分だ。武器だけでもアイツらの戦闘パターンは少しばかり覚えている自信があるからなんとかしようとは思っていたんだが、ありがたや。ありがたや。」


緊張を和らげるために僅かにふざけると、ふふっ。と笑う声が聞こえたので俺の方もニヤリと笑い返す。


大きく息を吸って気合いを入れるために力いっぱい腹から吹き出す。


「俺が先に突っ込んでこの一番デカい通りに風穴を開けるから、ユーリも遅れない程度に敵を倒しながら付いてきてくれ。」


「いきなり上司に命令ですか?」


「ういっ!?」


上司という言葉が耳慣れていないせいだろうか、やたら変な声を発してしまった。


俺がユーリたちの組織に入るということは、このクスクスと笑う少女は俺の上司ということになる。


「す、すまん。ユーリの指示に従うよ。」


「冗談ですよ。あなたがそう判断したのなら従います。だってこんな場面でいきなり指示を出すってことは、そうとう手慣れてそうですもんね。」


俺の顔面が熱くなる。

かつてゲームの中でギルマス(ギルドマスターの略)をやってた頃に染み着いたリーダーシップというやつがでてしまったようだ。


「ふふっ。可愛い。」


いつの間にか外れている敬語に気がついたようで、一瞬無言になるがやがてその小さな唇が動く。


「絶対、絶対死んじゃダメですからね。」


「ああ、もしもの時は君が守ってくれる約束だからな。」


「もしもが来そうだったら撤退してください。」


「りょーかい、っと。」


そんな事態が訪れる程に危険なモンスターは殆どいない上に、そういうモンスターは概ねボスクラスなので目につきやすく、後で隊を組んで戦う作戦であるため特に問題はないはずだ。


ところでだ。

この機械には何の装備が入っているのだろうか。


そう考えながらレクチャーを受けた通りに武器を呼び出す。


「メインアーム、カモン!」


その機械が奇怪なサウンドとアクションを轟かせ、一部が目から外れて回転しながら宙に浮く。


そのレンズのような部分から放たれる光によって四角い枠が切り抜かれ、白銀の光を放つその枠から刀身が現れ、やがてその武器が全貌を現す。


俺は数々のゲームで様々な武器をメインアーム(主武器)としていたので何でもそこそこ使いこなせそうな気がしたが、一番手慣れてしっくりくる武器は…


出てきたその武器。

かつて俺が遊んでいたゲーム、クリーチャー無双オンラインでメインアームとしていた武器。

俺がこれまで使った全装備の中で最も使いやすいと感じていた武器。


剣とは違い長めの刀身が鍔に突き刺さり、ソイツが鞘の中に収納されている。


これは長刀、ロングブレードとも呼ばれるソレだった。


更に驚いたことにその武器は固有名【ドラグニルディザスター】。


そのゲームの中で登場する最強の装備で俺が半年間に渡って愛用した武器だった。


龍の災害と名付けられたそれはまさしく最凶に相応しく、そのゲームで持っている人間は知り合いの間では俺だけで、他に所持している人間の噂すら聞いたことがなかった。


NPCショップは勿論、ゲーム内オークションにも並んだことの無いその武器が唯一手に入る方法は、ボスモンスターからのドロップでそのドロップ率は10万分の1、つまり0.001%という驚愕の数字を叩き出し、俺のような重度のネットゲーマーを絶望の淵に叩き落とした。


だが、そんな中とある救済措置がとられた。


それはソロ(一人)でのクエストクリアという限りなく不可能に近い厳しい条件だった。


何故無理かというのは、通常このゲームのボスモンスターは1レイド(8人パーティー×9)72人で挑むもので、それでも全滅することもあったくらいだ。


更に云うなら、コイツはレベル制限キャップ(上限レベル)が更新される度に相応して強くなるのでソロで挑むなど無謀に等しいのである。


その0.001%に賭けて俺を含めて数多のプレイヤーが挑んだが結局はそのレイド戦では誰一人としてドロップすることがなかった。


ただ一人その中になんの気まぐれかソロで挑み、あまつさえたった4%のドロップ率にも関わらず手にいれた奴がいた。


ソイツは俺だった。


ソロでクリアすれば4%というのは運営の意地悪で100%に設定しているのでは?と思った程あっさりドロップしていた。


ソロでクリアしたところで4%くらいならやる必要もないか。と諦めた奴らも数多くいる。


実際俺も回復用ポーションが残りわずか一つというギリギリのところでクリアできたのであるからして、アイテムは根こそぎ持っていかれるやら、敵は強くて倒せないやらで、それをやるメリットは俺がソロクリアするまで無いに等しかったのだ。


膨大な体力ゲージの上に、ゲーム内最強の攻撃力を誇るアイツによく勝てたものだと自分を含めたゲーム内の住民の伝説となっていた。


当時中学生だった俺はMMOニュースのトップに飾られることになり、取材やら何やら大変だったのをよく覚えている。


この件に関して語りたいのは山々だが今回は関係がないので置いておく。


そこまで回想したところでふと疑問に思う。

何故愛用のこの武器が出てきたのかについて。


現実的仮想空間のアバターとゲーム内のアバターは異なっているものの、ハードであるヘッドギアがそもそも共同仕様なので、その個別IDが同じであるため、ハード内の情報を眼につけた機械が読み取ることで俺のゲームの情報をこちらの現実的仮想空間に持ち出したのかもしれない。


だがそれが可能だとすると今陥っている状況のようにこの世界にモンスターを呼び寄せることが可能だと証明することに等しい。


恐らくある程度はモンスターがこの世界に出現してしまう原理を解析したのだろう。


それを利用してモンスターではなく武器を引っこ抜いた。

そんなところか。


となると逆探知して敵のIDを割りだせはしないだろうか。


いや、それは無理だった。確か逆探知できなかったとかユーリが言ってたっけな。


まぁ今はどうでもいいか。


そんなことより…。


目前に迫る敵の大群を睨む。

戦闘開始まで残り5分といった所まで迫っていたのでユーリに最後の確認をとる。


「ユーリ。」

「はい、どうしました?」

「コレはかつて自分が遊んでいたゲームの中で最強の装備が取り出せる。そうだな?」

「いえ、少し違います。」

「と、いうと?」

「取り出す直前に自分がイメージした武器が自分の記憶から取り出せるようになってるそうです。」


ん?となると少し推理と異なるぞ。

つまりはヘッドギアを介入してないのか?

俺のイメージそのものが武器として現れる。そんなことが果たしてありえるのか?

何度も確認するがここはほぼ現実。そんな魔法みたいなことをどうやって。


「よく考えてみてください。私達は既にヘッドギアを装着していませんよね?」


「そうか!そうだった。」


忘れていた。

ヘッドギアは人間が消失した後にも残っていて、しかもその中身のデータが空っぽだったとMMOニュースに上がっていたことを思い出す。


つまりは…。


その先はそのまま彼女の言葉として表された。


「ヘッドギアのデータベースのバックアップがアバターの脳に詰め込まれた上でログアウト不可能な状況にされてるようなんです。」


それならば納得出来る。

ヘッドギアに内臓された膨大なストックデータを脳に詰め込んでいるとすれば、それは記憶と何ら変わりなく情報を取り出すことが出来るだろう。


ただしあくまでもそれは思考や言葉として取り出すことが限界である。


その限界を突破し、物体として具現化するのに必要なのがこの片眼に装着した機械ということだ。


取説付きだったソレの名前は【ディバージョンインカーネイトアイ】。


流用し具現化する眼という意味のソレの意味を今になって理解する。


【世界の脈の流れ】を操作して自分の頭のなかから流用(ディバージョン)した情報を具現化(インカーネイト)する。


考えただけで背中が凍えるようなシステムだ。


何故なら同じようにしてあのモンスター軍隊も創られることができると憶測することが容易であるからだ。


同じ疑問が何度となく浮かび上がる。

本当にそんなことが可能なのかと。


だが黒点ではなく色が視認出来る程の距離にいるモンスターの大群とこの武器を目の前にしてどんな理屈が必要であろうか。

いや、必要ない。


ならば、俺に出来ることは一体でも多く敵を切り裂き、排除することだけだ。


教えてくれたお礼を言うや否や、1つだけ気になることはあったがそれを思考から追い出し、神経を張り詰めて集中し始める。


ティンクさんの合図で戦闘が始まる。


もう1分に満たない時間がゆっくりと流れる。


ティンクさんが前方にいた仲間の一人に合図を送った。


直後、刀を横に薙いだ時に出来る軌跡のようなものが大群と俺達の間で光り、それは幾重もの爆発を伴って数多の球状に拡散した。


「すっげぇ…」


思わず賞賛の言葉を漏らす。


隣でユーリがウインクしてくるのが視界の端に映る。


弓部隊の強化拡散矢が一気に敵の数を減らし、それに続けてティンクさんが叫んだ。


「戦闘開始!!」


その合図と同時に俺は地を蹴った。


イメージが装備として具現化するそのシステムを利用して背中にウイングモンスターズオンライン最速の翼【ジャヴァウォックウイング】を背中に携え、かつて広大なフィールドを駆け抜けた、安定した履き心地と耐久性をもつブーツ【バーストステップ】で地を蹴り、クリーチャー無双オンラインのラスボスのみがドロップする激レア防具【ジエンド】を装着した状態にして全力で駆ける。


槍のように道を突っ切る途中で遭遇した1匹目は、蜂型ザコモンスター【ノーマルワスプ】を避けずに体を僅かに捻って元に戻す勢いで刀を降ると一撃で絶命する。


爆散音がせずに鈍いブシャッという音がするので違和感を感じるが、真っ二つになって死なないやつはいない。


故にそれを確認することなく走り続け、2匹目、3匹目と屠っていく。


「ぅおおおおおおおおお!!」


雄叫びと共に次の雑魚を切り捨てたその先に5匹目に中ボス級の鳥型モンスター、【ギガントホーク】を視認するとキキキキキキッと音と火花を立てて立ち止まる。


「久しぶりだな。ギガントホーク。」


コイツには少しだけ思い出がある。


とあるクエストを受けてコイツを討伐するように依頼されるのだが、最初はコイツの住み処に行くとモンスター1匹として出現せず、代わりに1人のNPCの少年が立っている。


少年に話しかけると新たなクエスト依頼を受けることになり、街の少女の元へ行き届け物をして欲しいという。


その届け物を見た少女は涙を流しながら口にする。


「また向こうで会えるわよね。」


と。


その時には意味が分からないようになっているのだが、少女からギガントホークの討伐依頼を受ける。


その内容により彼女の言葉の意味を知る。


クエストタイトルは【小さな恋人の形見を取り戻せ】。


他の人間がこのクエストを受ける時にはこの少年は俺が会ったときと全く同じようにして立っていて、少女は全く同じように泣き、同じ台詞を繰り出す。


だがそこには偽物という概念はなく本物の人間が本物の人生を歩んでいる。


俺はそう感じずにはいられなかった。


この考え方は周りに話せば笑われるのは分かっているので口にしたことはない。


ゲームにおけるNPCへの感じ方は人それぞれだ。


意思の光を放つ瞳を持つ少女の依頼により再び奴の住み処に行くと、ギガントホーク1体と取り巻きの【スライムホーク】が4体ポップしていて、それを倒すと必ずドロップするが、ここでしか手に入らない激レアアイテム【ヨークの剣】が手に入る。


この剣は当時、一度も強化することなしに1ヶ月程最前線で闘える強さを誇っていたが、これが少年の形見であることはクエストクリア条件の納品リストからは明らかであった。


このクエストではほとんどのプレイヤーが納品しないことを選んだ。


何故なら最前線で闘える強さを持つ武器を納品するほどクエストクリア報酬は豪華ではなかったからだった。


その報酬はランダムボックス。


中には回復用ポーションからレアインゴッドまで入っているのだがドロップ品の剣とは比較にならないほど価値が下がってしまう。


ならば最前線で使えなくなったら納品すればいいと考える奴はいなかった。


何故ならこれはイベントクエストで開催期間は1週間しかなく、また挑戦は一度きりでパーティーを組んでもドロップするのはクエストを受けた本人のみだからだ。


だが、俺は迷わず納品する方を選んだ。


何故なら次のクエストに行くためにはこの一組の恋人達を最後まで見届けたい。

そんな思いだけで俺は納品を選んだ。


動画サイトにこのクエストをクリアした奴の視覚に割り込んで、自分がクエストを行っているかのような立体ムービーが上がっているのは知っている。


だがそれで形だけ見てハイ終わりというのは味がなさすぎるため、俺は昔一度試した限り二度と見ないと決めていた。

(クエストを反復するための復習をするのにはよく使う)


それをしてしまうと自分のプレイ時にはかなり色褪せてしまう。

全ての展開を知ってる訳だからなぁ。


何でも同じことを繰り返すのはツラいってのは共通の概念だろうから説明するまでもないだろう。


そして納品した続きはこうだった。


「ありがとう。これで私も悔いはないわ。ヨークのことはいつまでも忘れない。ずっと私の心で生きているもの。そしてきっとまた天国で会えると信じているから。」


彼女の涙をもらい受けて鼻の奥がツンとして不意に目元から滴が溢れる。

納品したことに対する悔いは全くない。


「あぁ。そうだな。そうだといいな。」


彼女にはプログラミングされたこと以外のことは出来ないようになっているが、何度もくどいだろうがそうは思えなかった。


腫らした野暮ったい両目から涙がこぼれてはいたが、俺の言葉が伝わったかのようにその目は放物線を描いてニコリと微笑んだ。





4

それから数日が過ぎてイベント期間が終了した。


俺はまだクリア報酬で貰ったランダムボックスを開かず、思い出と共にゲーム内の自室のアイテムストレージ(収納場所)に入れていた。


まだまだ収納限界値には遠かったため、ほぼ価値のないアイテムのために思い出を開けるのはどうにも憚られてそのままにして1ヶ月が過ぎた頃、新規で始まった期間限定イベントが始まった。


そのイベントタイトルは【彼女の想いを越えて】。


そのイベントは先のギガントホーク討伐のイベント【少女の復讐】の続きにあたる。


あのイベントは続きなど必要ないほど俺の中ではかなり高いクオリティーで完結していた。

彼らがこの世界で生きていると本気で思う程に。


動画サイトで広まって話題になったのもあってか、続きをやって出来る限り稼ごうという運営側の魂胆が見えるようで嫌気が差した。


が、続々と新タイトルが登場する中でゲームが存続するには仕方のないことだとも理解しているのでなんだかやりきれない気分になる。


何だかんだ言いながら続きはちゃっかりプレイしたんだがな。


なんとなく記憶を辿るようにして部屋のアイテムボックスを開くと、例のランダムボックスを取りだそうとするが入っていなかった。


何度確認してもそれは同じで、代わりに自分の携行するアイテムストレージに【全パラメータアップ】と【ウイングインゴッド008 ヨークの魂】というのが入っていた。


【全パラメータアップ】はMMORPGはキャップ制でレベル制限がかかるのだが、次回アップデートでキャップになる予定のレベルと同じパラメータに、次回アップデートまで一時的ではなく常になっている状態になることの出来る、超激レアアイテムだった。


他に10人ほどこのボックスを開かずにとっていた人間がゲーム内にいて、リアルワールドのオークションで出回った際にはリアルマネーで10万円という値がついたほどだった。


普段お世話になっている両親のために献上することも考えたが、ゲームの接続代金と月に一万ほどはゲーム内で多少稼いでは貢いでいるのでそのときは自らのために使用した。


そのおかげで色々なレアクエストに誘われ、リアルマネーでさえも月一で親に献上する予定の三倍稼げたのだが、これは内緒である。


次に【ウイングクロスインゴッド008 ヨークの魂】だが、これもまた激レアアイテムでオークションで3万から5万がレートだったほどだ。

なぜならそのインゴッドから精製される武器は、[生きている]からだ。


片手直剣なのに武器装備欄には表示されず、お守り装備の欄に装備することが出来るそれは、いや、その人といった方が正確だな。


かのギガントホークに貪り喰われ、形見の片手直剣【ヨークの剣】を奪われたという設定のヨーク氏そのものの魂が宿り移った片手直剣【ヨークの魂剣】は、装備していると10歳くらいの少年というのに相応しくないほど気さくに話しかけてくれる。


その上戦闘の手伝いやら武器の耐久値の回復を行ってくれるのだった。


そして特典はそれだけではなく、イベントの続きに連れていくことによってヨーク氏の恋人との間に特別なイベントが発生する。なのでそれを実際に見れた者は数少ない。


俺はイベントの続きには全く期待してはいなかったのだが、これにはいい意味で裏切られた。


続きを思いだしかける思考を今こうして目の前にいるギガントホークの翼打ちにより妨げられる。


ま、また別の機会にでも思い出すとするか…。


「お前には言っても伝わらないだろうが、ヨークは強かったよ。なんでお前程度の中ボスなんかに喰らわれたんだろう。って不思議になるくらいにな。」


クルルッと喉を鳴らして鳥独特の動きで、首が変な方向にカクカク傾いている。


「ま、分かるわけないか。あの時の続きやろうぜ。」


あのイベントは最後はコイツの撤退で終わるので、最終的に倒したとは言い難い。


俺は特には何とも思ってなかったがなんとなくヨーク少年の無念と取り逃した過去を精算するため、刀に意識を集中させて地を蹴った。


鳥が雄叫びをあげながら飛びかかってくるがそこには既に俺の姿はなくて空を切る。


俺の体は仮想の太陽とギガントホークの直線上にあり、その身を捻りながら


「ウイングクロスオンライン 奥義 トゥストロークソードダンシング。」


とボイスコマンドを唱えて斬りかかる。


【トゥストロークソードダンシング】

という奥義は日本語を無理矢理当てると【一刀両断の舞】である。


普通にトゥストロークソードでいいんじゃないかとも思うが、一刀両断はその名の通り一撃というイメージがあるため、迫力は凄まじいが爽快感に欠ける。

なので運営側はダンシングという連撃技にしたのだそうだ。


「せあああああああ!!」


雄叫びと共にまず、縦斬りで真っ二つにかち割り、次に横斬りで4分の1。


更に自分にも見えない速度でその刀は閃き、知識で知っているだけで本当なのかは知らないが技が全て終了した時には14連ヒットの文字が視界右上に浮か…んだような気がした。


ヒット数は存在せず、ただのピンク色の肉塊となったそれだけがその場所に残る。


あの時闘ったときは撤退までに実に30分ほど掛かったのだが、この世界ではほんのワンアクションで敵は原形を残さずにこの世界から去った。


5匹目の敵ギガントホークを討伐したところでユーリが追い付いてきた。


「ユーリ、今討伐数何体だ?」


聞いた俺が馬鹿だったと後悔することになる。


ユーリの力は俺なんかが競えるようなレベルではなかったのだ。

とくにこの世界においては。


「んーと、そうですね。任務なので一応数えてますが今11体ですね。」


「じゅ、11だと!?俺なんてまだ…コホン。まっ、まぁ、俺一体中ボスいたしぃ。」


俺の言い訳に対してユーリが自慢することなく指を顎に当てて考えるようにしてから呟く。


「えっと私は…3体ですかね。」


なん…だと。これは言い訳のしようがないじゃないか。むむむ。


と唸っているとユーリが人差し指を天に向けて顔の前でくるくる回す。


「あなたはオーバーキル過ぎるんです。まだ慣れてないのもあると思いますけど。敵は体を縦に真っ二つにすれば大概は絶命します。


人間だけじゃなくて全ての生き物は大概共通の弱点を持っていますから。あとは知識次第ですが心臓が真ん中からズレてるモンスターはそこに合わせて斬るんです。」


「待て。この世界で俺たちが死んでしまう可能性があるように、モンスターにも心臓があるのか?」


実際はそんなことよりもモンスターに対する膨大な知識を持っている少女に驚いた。


眉の根を寄せながら近寄ってきた敵を切り裂く。


「この世界に存在するにあたってそういう風に設定されているようです。まぁ、心臓に当たらなくとも体を真っ二つにしてしまえば大概行動不能になるんですけどね。」


ははは。と自嘲の笑みを浮かべるユーリに俺は苦笑いを返す。


そうやって話している間にいつの間にかそれぞれ3体ずつ屠っていた。


「やりますね。」


「そっちこそ。」


二人見つめあったその各々の先に巨大なボス級モンスターが二体を捉える。

その二体の戦闘力はほぼ同等。


「なぁ、ユーリ。あの2匹でどっちが早く倒せるか勝負しないか?」


唇に人差し指を当て、少しだけうーんと唸ってから頷く。可愛い。超可愛い。


「いいですよ。でも無理して死なないでくださいね?」


この世界における冗談なのかとも思ったがユーリは本気で心配しているようなので俺は親指を突き立てて答えた。


「誰に言ってる。あんなザコに手間取った記憶なんてねぇよ。」


翼を広げて全力のダッシュで助走をつけて地を蹴って跳び、そして天空へと飛翔する。


空中で俺に気付いた敵が腕を横薙ぎに振るが、それを難なくかわして刀を振りかぶる。


「せあああああああ!!」


雄叫びと共に振られた腕に向け刀が閃く。


「アクセルストレートォオオオオ!」


奥義発動 アクセルストレート。


抜刀したその方向に爆発的な加速をつけて数メートル離れた先まで突き進む突進系抜刀奥義である。


敵の腕を血液の流れる脈に沿って真っ二つにぶった切り、勢いそのまま流れるようにして敵の頭上にホバリングし、そのまま次の奥義へと移る。


「クロスパニッシャー。」


冷静にコマンドを呟くと刀が黄色のライトエフェクトを伴って閃く。


敵の頭上にいる俺の体から生えた2本の腕が軽快に縦、横と十字に斬撃を飛ばす。


敵の体に十字の割れ目が入り東西南北にそれぞれ倒れていく。


その割れ目からはモンスターにピッタリの、緑色の鮮血(?)が大量に噴き出した。


「ふっ、どうだ!」


そう得意気に後ろを振り返ると既に戦闘を終えて別の狩り場に向かったのであろうユーリの姿はなかった。


こりゃ参ったね。

もし仮想ゲームの正規プレイヤーならPR(プレイヤーランキング)は間違いなく上位だろう。


俺がほとんどのゲームでランク10位以内だったように。


それからボス級モンスターに出会うことなくひたすら雑魚を狩る。


一応ティンク氏の指令内容にボス級は後回しにしろとのことだったのでさっきのユーリとの競争は命令違反なのだがそんなにタイムロスしたわけじゃないから報告書に記しても許されるだろう。


空を見るとまだ大量のモンスターが蠢いている。

その黒点たちを見ていると目が回りそうで精神的にマズいと直感しすぐに視線を反らす。


38匹目のカマキリ型モンスターを一撃で滅すると、再び全力で駆け出す。


先程からほとんど飛んでないのは何故かといえば、まずは平安京のように整えられてはいるが無数の交差点のある街路樹に入り込んだモンスターを殲滅するという指令が下っているからだ。


次のターゲットを発見し、ロックオンするかのように視界が狭まる。


「39匹目!」


刀を振りかぶりモーションに入る。


だが、その時俺の背を冷たい何かが走った。





4


鹿目悠理(かなめゆうり)は一般人だった。


その日の彼女はヘッドギアを被って仮想の学校に通う普通の女子高生だった。


その下校の際に現実的仮想空間に紛れ込んだ、あるいは人為的に転送されたオークに襲われさえしなければ。


結果右手を失い、現実世界の自分の体を失った彼女は最早一般人などではなく、仮想空間の人間、つまりは一般人と比較するとNPC寄りの存在となってしまったのである。(一般の現実的仮想空間のアバターよりも体の滑らかさなどはリアルワールド寄りであることは除く)


そして、先程出会った少年と同じように組織の人間に連れられてからおよそ20年が経ち現在に至る。


今ではその組織、本物の命を懸けて異世界の怪物と戦う団体、まさに勇者と呼ぶべきに値するその団【バーチャルリアリティープロテクトグループ】仮想現実防衛団、略称【VRPG】のギルド名stardustに所属している。


その仕事は戦うのみならず、仮想世界全体やゲームへのハッキング。

事務から報道まで多岐に渡る。


自分より先にこのグループに参加した先輩と呼ぶべき人間たちの報道を何度か見たことがあるが自分にそれが出来るとは到底思えなかった。


小学生の時、クラス内で出席番号順に毎日給食の献立を放送室で読むというものがあったのだが、それですら緊張で舌を噛み、他の人間が遅くとも6、7分で終わるのに対して、悠理はたっぷり15分も費やし、ついには給食を昼休みに食べる羽目になってしまい、大好きだったドッジボールに参加し損ねるという大失態をしてしまったので、20年余り経った現在でもイヤという程覚えている。


それほどまでに彼女は極度に緊張してしまうのだが、今日初めて会った少年に対してはその対応は全く異なっていた。


どことなく雰囲気が、小さい頃から一緒にVRMMORPGをやっていた兄に似ていたからなのだろうか。


目元はキリッとしているが、まだあどけなさを残した風貌と軟らかい口調。そしてゲームに対する情熱。


そんなところに兄を重ね、何かを見たのかもしれない。


ユニコーンに襲われて気絶した失態により、彼の耳は失われてしまった。


私のせいだ。と鹿目悠理こと【仮想空間アバター名ユーリ】はログアウトホームポイントに移動する際、少年に対して深く頭を垂れた。


だが少年は彼女を責めなかった。


あまつさえこう言ったのだ。


「君も被害者なんだろ?だったら何故謝るのか俺には理解出来ない。」


と。

自分の身分を説明しても答えは同じだった。


赤の他人に、それも一般人の耳を削がれるという大失態をした人間にこう器を広く保てる理由がユーリにはよく分からなかった。


セツナ本人からすると素であって理由も何もないのだが、ユーリは確かに少年の中に眩いほどの温かい光を見た。


ユーリはそれが心の底から羨ましかったが、自分には決して真似出来ないであろうと悟っていた。


自分は極度の緊張性だ。

他人と話すだけでも大変なのに、人を気遣う心など持つ余裕など存在するはずがない。


それがユーリの持論だったが、実は周りから見ると最も気が利くのがこの小さな少女だということに自身だけが気付いていなかった。


気のおけない仲間たちはきちんと彼女を理解していたし、彼女も仲間一人一人を大切にし、時には勇気を分かち合った。


そんな大切な仲間も戦線に駆り出されるかつてない異常事態。


モンスターの大量発生というこの一大事にユーリは表面では強く律しているものの内心は(すく)み上がる程怯えていた。


ゲーム空間に入る時、自分たちのような現実的仮想世界の住人は長い時間ログインされていないアバター、いわゆるサブアカウントを取得したままに放置してあるアカウントをハッキングして、それを乗っ取り使用するという手段を用いていて、リアルワードでプレイしていた時と同じようにゲームの中では死ぬことはない。

かといって常にゲームにログインすることは出来ない。

それはDIEディバージョンインカーネイトアイによって無理矢理開くゲートを使用するため、一時的にDIEと融合するため、身体に相応の負担がかかり、下手をすると死の可能性もあるからだ。


たが、この現実的仮想空間ではそうはいかない。


この世界の中においてはサブアカウントが作成出来ないどころか、他人のアカウントに割り込むにはリスクが高すぎる。


何故ならハックしようとしたその一番浅いところに最も難解なロックが掛かっており、解除しようと試みるだけで警報が鳴り響き、運営している政府に知られ、より頑丈なロックがかかるという代物を用いているためである。


更にこの世界は予め殺人が起きるなんてことは想定されていないのだ。


1つ目の理由はまず銃やナイフなどの暴力を象徴する物がこの世界には存在しないということ(あくまで仮想空間なのでどうせ死なないと理由もあり排除された)。


2つ目の理由として、この現実的仮想空間は接続料金が政府から義務付けされているのみでそれ以外は全て使いたい放題。


もちろん、食べ物、服、玩具、車、家具、家、ゲームやカジノ、エトセトラ。


しかも経営は全てNPC任せで、新事業の開発はHQAI(高性能人工知能)が行っているので、この現実的仮想空間で仕事をしている人間はごくごく僅かである。


そんな理想的な世界の中で強盗や殺人が起きるはずがないのだ(その方法が無いともいう)。


だが、結果だけを見れば異なっていた。


確かに人間は比較的大人しい。


しかしこの世界への珍入者とそれを束ねる頭はどうやら違うようだった。


その珍入者、モンスターは人を襲い、今日ログアウトポイントに表示されたメッセージから明らかになったことは、それを操る敵が存在するということ。


ユーリは固く決意した。

この世界を揺るがし、ホンモノの殺人をしようとしているソイツを探し出して必ず始末してやると。


そしてその前に、この戦いが終わるとき自分はもう少年との接点を失ってしまう。


切実な想いに駆られるが自制して無理矢理塞ぎこむ。

全てが終われば少年は強制ログアウトされる。

少年にとっての日常は、こんな実際の死が待つおかしな世界ではないはずなのだ。


もちろんユーリもかつてはそうだったが、長い年月がそれをほぼ忘れさせ、仮想と現実の境界線を曖昧にさせていた。


だが現時点の状況で、ユーリはこの世界が自分の命が存在する現実の世界であると思っている。


50体以上の敵を狩ってもユーリの恐怖は収まらず、それどころか一層強くなったかのように熱く脈を打つ。

まるで私はここで生きていると体が訴えんばかりに。


張り詰めた神経を一瞬でも緩めれば、その場に倒れてしまいそうな程ユーリは震えていた。


早く少年に会いたいと心の隅で考えたのが僅かに行動に出る。


チラリと少年がいるはずの方角を見るとその先には最も見たくなかった光景が広がっていた。


ユーリは叫びそうになったことさえも忘れて、一瞬にしてその脚は大地を蹴り飛ばしていた。

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