目覚めの時
ッ、ッウ・・・。
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目の前は白い光で覆われ宙を浮いているような感覚に包まれていた。
自分が目を開けているのか、閉じているのか、それさえも分からない。
体の感覚は無く、ただどこまでも白い光が続く空間に浮いていた。
『・・・ここは?・・夢か?』
何故か声も出ないが、心の中でそう呟いた。
頭の中がボヤっとしていてあまり思考が回らないが、
この謎の状況を把握しようと頭を働かせた。
『僕は・・たしか、トラックに跳ねられて・・・。』
少しずつ落ち着いてきて直前にあった事を思い出した。
『死んだんだよな?ってことはここは・・天国?』
当然誰からも返事の返ってこない状況だが、
頭を整理する為に自問自答を繰り返す。
確かによくわからないところだが、なんだかとても心地いい。
まるで胎児に戻って母親のお腹の中に戻ったかのような暖かさがあった。
そして僕は思考をやめ、その光の中で安心しきった赤子のように眠りについた。
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時が経ち、僕は意識を取り戻した。
目の前がぼやっとしていてうまく焦点が合わない。
何度か瞬きをしながら目を開くと、うっすら蛍光灯のような灯りが目に入ってくる。
これは・・・天上?
蛍光灯が目の前にあるのだからそこは天上なのだろう。
そしてそれを見つめているということは僕は横になり見上げている状態だと推測出来る。
少しずつ意識がはっきりしてきて状況を把握出来てくる。
体にはサラサラとしたシーツの気持ちいい感触を感じ、干したてなのか太陽の良い匂いが鼻を通る。
ベッドの上に寝ているのか。
しかし、見上げている天上も寝ているベッドもいつも寝起きしている慣れた自分の部屋の物ではない。
ここは・・どこだ・・・?
少し目を下に向けると薬剤を置く棚が見える。
それに意識してみれば、アルコールの匂いもする。
さらに周りを見渡すともう一台ベッドが隣にあり、
中央にはソファとテーブルが置かれている。
察するに学校の保健室みたいなところだろう。
だが、僕の通っている学校の保健室でもない。
もし知っている中学の保健室なら、もう少し散らかってる感があるはず。
これは決して中学の保健室の先生がずぼらで片付けが出来ていないというディスをしているわけではない。
が、この保健室はかなり物が整理整頓されててとても小綺麗にまとまっている様子だ。
ここはどこだろう?
少し不安になりつつ体も覚めてきて、
何日も動かしていないかのような重い体を
ゆっくり起こそうとする。
すると、部屋とドアのさらに離れたところから
カツカツと女性のヒールの音が近づいて来るのに気づいた。
僕はどうして良いか分からず、慌てて再び横になり布団を被って壁側を向いた。
ガラガラガラ
足音が止まりこの部屋のドアが開く音がした。
そしてその足音は部屋の中央のソファに向けて歩みを進めた。
カツカツ・・・ドサッ!
「あぁ〜疲れた〜!!教員ってなんだかんだ忙しいのね〜!」
勢いよくソファに座り込み、足音の主が独り言を喋り出した。
「それにこの入学試験やらなんやと忙しい時に、ヒーリングの才まで使わされて体クタクタよー」
壁を向いて寝た振りをしながらだから、顔は分からないが、声的に自分より年上の大人の女性なのだろう。
それに話している内容も後半はなんの事かさっぱりだが、やはり学校でこの女性は教師、保健室にいることから保健医なのだろう。
「でもあれだけ重症なのを必死に治してあげたって言うのに、いつになったら目覚めるのかしらね?」
そう聞こえた後、背中越しに視線を向けられているような気がした。
ということは僕の治療をしてくれたのはこの女性ってことなのか?
でも僕は思いっきり車に跳ねられたんだぞ?
即死間違いないだろうし、万が一打ちどころが良く治療できたとして、相当な医療器具の揃った大きな病院などのはず。
それがこんなただの学校の保健室の1人の保健医が治したのか?
少し頭が困惑していると、その女性は腰をあげ僕のベッドへと近づいてきた。
「実はもう起きてて寝た振りをしているだけだったりして〜?」
ドキッ!まさに図星を付かれていて、
心臓の鼓動が跳ね上がった。
カツカツ・・カツカツ
少しずつ近づいてきて、ついにベッドのすぐ傍にきた。
ギシッ
女性はベッドに腰掛け僕の顔をのぞき込んでこようとしている。
「ちょっとイタズラしちゃおうかしら?」
そういうと壁を向いて横に寝ている僕の上側の横腹に布団ごしから手を当ててくる。
「くすぐっちゃうぞ〜?起きてるなら今の内に起きなさ〜い」
楽しそうに微笑みながら脇腹から脇の方へと手を移動させてくる。
まずい!!僕はくすぐられるのには弱い!
間違いなく寝た振りなど出来ずに笑ってしまうだろう。
ここは素直に起きるか?
でも知らない場所で知らない人だ。
起きた後何が起きるか分からない。
出来れば誰もいないタイミングで色々情報を集めたかったが・・・仕方ない!
相手は女性だし大人とは言え何かあれば男の僕ならなんとかできるかもしれない!
そう考え僕は勢いよく状態を起こし弁明した。
「すっすみません!起きてます!!」
バサッ!
「キャッ!!」
勢い良く起きたことで女性は後ろに仰け反り床に倒れそうになった。
「危ない!!」
僕はとっさに女性の腕を掴もうとした・・・のだが手をすり抜けてつかみ損ねてしまった
ヤバい!このままじゃ頭をぶつけてしまう!
すると、突然体が軽くなり時間が止まったかのようにゆっくりに感じられた。
あれ?なんだ?・・時間がすごく遅い?
これなら間に合うぞ!
再度腕を掴もうと思ったが、既に頭上に手をあげてしまっていて
ベッドに座っている状態の僕には届かなかった。
こうなったら体で受け止める!!
僕は素早く体の状態を寝かし、頭上の壁を手でポンッと押した。
そして女性の背後に滑り込むように体を入れて後ろから受け止め捕まえた。
ドサッドサッ!
「いったーい・・くない?あれ?」
見事彼女は僕の体の上にのしかかるように倒れた。
「いててて!大丈夫ですか?」
女性とはいえ人1人の倒れてくる勢いを受け止めるとそれなりに痛い。
「だ、大丈夫!ありがと。って!あなたがびっくりさせるから転んだんでしょ?!」
「ははは、ごもっともです。すみません」
「もー!起きてるなら起きてるって言ってくれればいいのに!んでこの手は何かしら?」
女性は自分の胸元を指差しそう言った。
そこには僕手がガッシリと彼女の胸を掴んでいた。
「す、すすすすみません!!」
素早く手をどけ後ろに回した。
「近頃の若い子はお盛んなのね〜」
受け止める為に必死で全く気づかなかった。
完全なる不可抗力だったが、彼女は僕が頬を赤らめているのを楽しむかのように悪く微笑んで見せた。
「いいい、いえ!これは必死で気づかなかったと言うか・・不可抗力というか・・」
「フフフ♪冗談よ!からかってみただけ!びっくりさせられたお返しよ」
さすが大人の女性というか余裕な笑みを浮かべている。
「さて!目覚めたということで!色々と話さないといけないわね」
特に何事も無かったかのように立ち上がりパンパンと足を叩きながら彼女はそう言い、僕の方を見つめた。
突然知らない場所で目覚めて、巨乳・・じゃなかった!
怪しげな笑みを浮かべる女性と2人きり。
僕は何処にきてしまってどうなるんだろうか。
計り知れない不安を抱きながら僕も彼女を見つめ返した。