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第99話 たよりない人だけど……

 文化祭の二日目の朝も、雲のない空が彼方まで広がっている。


 スマートフォンのニュースアプリで、今日の天気を確認した。


 降水確率ゼロパーセント。今日も文句の付け所のない快晴だ。


 まだ九時を過ぎたばかりなのに、階段の下から子どもの元気な声が聞こえてくる。


 昨日は一般の入場客がたくさん入ってたみたいだから、今日もきっと騒がしくなるぞ。


 校内をひとりで、ぶらぶらと当てもなく歩く。


 二年五組の相席屋の前には、長蛇の列ができている。


 男子ばっかりが待ってるのかと思いきや、女子の二人組も意外と多い。


 相席屋って、恋人をつくるためのお店だったよな。みんな彼氏や彼女がほしいのかな。


 それとも文化祭の模擬店で、相席屋をやるという意外性や話題性が、生徒たちの興味を引いているのか。


 去年だったら、クラスの友達に誘われて、こういうところに足を運んでたんだろうな。


 午前中は部活の当番じゃないのに、足が自然と部室へ向かってしまう。


 文研と漫研の部室にも、お客さんがかなり入っている。


 狐塚先輩と泉京屍郎を目当てにした人たちが、まだたくさんいたんだ。


 ほっと胸を撫で下ろして、図書室へ向かう。


 ここの人の少ない空気と、紙の独特な匂いを吸うと、心が落ち着いてくる。


 図書室の利用者は、小さな子どもに絵本を読ます母親と、受験勉強にいそしむ上級生しかいない。


 受験生のひとりに、ものすごく見覚えのある人がいた。


 美しい艶のある黒髪を生やしたその人は、机に広げたノートの上で熟睡している。


 両腕を枕にして、うつ伏せで寝入っていた。


 髪で隠れた横顔は、改めて眺めると美術品のように精巧だ。


 少し上を向いている睫毛は、少女漫画のヒロインみたいに細くて長い。


「部長」


 部長の左の肘のそばに、数学の問題集が置かれている。


 大学入試に向けた、難しそうな問題集だ。


 部長のとなりの椅子をそっと引く。


 俺たちが文化祭で浮かれているときも、部長は真面目に勉強してるんですね。


 見直した、いや尊敬します。


 俺にできることはないですけど、部長が入試で合格できるように応援します。


 部長の長い睫毛が、かすかに動く。


 まぶたがゆっくりと上がって、部長が身体を起こした。


「あっ、むなくん」


「おはようございます」


 部長が飼い猫のように瞼をこする。


「むなくん。こないなとこでなにしてるん?」


「理由は特にないです。行くところがなかったので、図書室で本でも読んでいようかなと思いまして」


「むなくんは、ほんまに本が好きなんやね」


 部長が目を細めて、うふふと笑う。


「今日は、柚木はんといっしょにおらんの?」


「はい。今日は、ひなといっしょにいたいそうなので、今ごろきっとスイーツのお店にいますよ」


「ひなちゃんとスイーツのお店に行くなんて、そら贅沢な。うちもまぜてほしいわ」


 そういえば部長は、比奈子のことがお気に入りなんでしたね。


 受験勉強で疲れたときに、あいつを差し入れにもっていってみよう。


「ほな、むなくんは、ひとりで寂しいんやな」


「べ、別に、寂しくなんかないですよ。行く場所がなくて、困ってるだけです」


「おほほ。やせ我慢したかて無駄よ。寂しいどすって、顔に書いてあるわよ」


 そんなことは、絶対にあり得ないですっ。


 しかし、なぜだろう。部長の細い目で見つめられると、顔が熱くなってくる。


 部長にそばにいてほしいだなんて、俺は少しも思っていないはずだ。


「むなくんって、意外とツンデレの素質がありそやな」


「そんなもん、ありませんって!」


「こら。図書室で、いかいな声を出しちゃいけへんよ」


「部長が、変なことを言うから悪いんでしょう」


 部長が声を立てずに笑う。


「よっこいしょ」と立ち上がって、床に置いていた鞄に筆記用具と問題集をしまった。


「ほな今日は、うちがいっしょにいてあげるわ」


「え、いいですよ。受験勉強の邪魔になりますから」


「でも、むなくん。暇なんやろ」


「それはまあ、そうですけど」


「一日くらい休んでも、なんとかなるわ。勉強なんて、する気もなかったし」


 こんな日に受験勉強なんてしたくないでしょうし、俺としては部長がいてくれて助かりますけど、部長を止めなくてもいいのかなあ。


「むなくん。なにしてるん。早う」


「あ、はいっ」


 部長といっしょにいるのは、久しぶりだ。いつ以来だろうか。


 部長はきれいだし、スタイルもいいから、近くにいると未だにどきどきする。


 久しぶりに会った影響も大きいのかもしれない。


「なあ、むなくん。アイスクリームのお店はないん?」


「アイスクリームのお店ですか。どうでしょう。ちょっと調べてみます」


「よろしゅう」


 学校のSNSに、文化祭のことが書かれていたはずだ。


「いつも思いますけど、部長って、ほんとにアイスが好きですね」


「そう? アイスばっかり食べてへんけど」


「今年の合宿だって、アイスに食いついてたじゃないですか。ほら、江ノ島に行ったときに」


 江ノ島の商店街でソフトクリームに飛びついていたのを、今でも鮮明に思い出せますよ。


「あの抹茶のアイスクリームな。あら、おいしかったなあ」


「あの日はとくに暑かったから、余計にうまかったですよね」


「そやな。あそこに行って、また食べたいわ」


 スマートフォンで学校のSNSにアクセスして、模擬店の情報を探す。


 アイスクリームを専門で販売しているお店は、見つからない。


 パンケーキのお店でアイスクリームがついてくるだろうから、行くのならここがいいか。


「アイスクリームのお店は、ないみたいです。三年二組がパンケーキのお店を出しているみたいなので、そこに行ってみませんか」


「アイスクリームのお店はないんか。そら残念やわ」


 部長が悲しく肩を落とす。


「しゃあないわ。そのお店に行きましょ」


「はい」


 三年二組の教室は一階にある。上級生のクラスの前だと、少し緊張する。


 三年二組の模擬店は、カフェのような可愛い雰囲気だ。


 廊下にはガラスのショーケースまで置かれてるし。かなり本格的な店構えだ。


「むなくん、これ見てみ。これ全部食品サンプルや」


 部長が、ショーケースに展示されているパンケーキを指す。


 間近で見ないと本物と区別がつかないくらい、精巧につくられたパンケーキの食品サンプルだ。


 パンの生地と生クリームの柔らかさが一目でわかるほど丁寧な仕上がりだ。


 こっちのチョコレートとバニラアイスがトッピングされたパンケーキの食品サンプルも、素晴らしい出来だ。


 白いお皿に盛り付けられた小さなデコレーションケーキのようなスイーツが、食欲をそそる。


「これ、すごいですね。三年二組の人たちがつくったんですかね」


「通販かなんかで買うたんやろ。高校生で、こないなのつくれたら化けもんや。テレビ局が思わず取材に来はるよ」


「今で言うミライモンスターというやつですかね」


「そないな感じ」


 おしゃれな店内でメニューを注文する。


 模擬店とはいえスイーツのお店だから、なんとなく居場所がない。


 俺みたいなやつが、女子だけで来そうなお店にいてもいいのだろうか。


「お店が気になるん?」


 正面の席に座る部長は、普段の穏やかな表情でにこにこしている。


「はい。あの、気になるというか、落ち着かなくて」


「こないなかいらしいお店なのに、落ち着かないん?」


「男子は女子っぽい雰囲気が、なんとなく苦手なんですよ」


「そういうことな」


 部長が、おほほと笑った。


 三年生の女子が、パンケーキを運んできてくれた。


 パーティ用の紙皿に盛り付けられた、手づくりのパンケーキだ。


 部長のパンケーキには、チョコレートアイスが盛り付けられていて、すごくおいしそうだ。


 使い捨ての白いフォークで、パンケーキに切れ目を入れる。


 ふわっとした生地の感触が、フォークの先から伝わってくる。


「部長って、スイーツのお店に行ったりするんですね」


「そら行くわよ。うちかて女子なんやさかい」


「そうですよね」


 部長が細長い目で、俺をじっと見つめて、


「うちがスイーツを食べるんは、似合いまへんと思ったんか」


 俺の本心を的確に言い当てたから、思わずどきっとしてしまった。


「そんなこと思っていませんって」


「そうか? 今日のむなくんは、なんだか怪しいわ」


 今日のっていうのは、なんですか。俺は今日もいつも通りですよ。


「部長が、いつもどんなところでお茶をしてるのか、知らないので、ちょっと気になったんですよ」


「そないなこと言うて、またうちをたぶらかそうったって、そうはいかないわよ」


「またってなんですか。部長をたぶらかしたことなんて、一度もないじゃないですかっ」


 しまった。思いも寄らないことを言われたから、声が大きくなってしまった。


 まわりの女子の客の視線が、身体にたくさん突き刺さる。


 落ち着きなく辺りを見る俺を眺めて、部長はまた、おほほと機嫌よく笑った。


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