第81話 小説をどう直す?
「じゃあ、俺たちの小説をどう直すか、考えようか」
「はいっ」
柚木さんが相槌を打ってくれる。
「俺の小説は、キャラを全体的に見直した方がいいかなって思ってるんだよね。全員を美形キャラにするつもりはないけど、キャラの個性が欠けてるからね」
柚木さんが眉をひそめる。
「それは間違ってないと思うんですけど、中国――三国志って、中国の昔のお話ですよね?」
「うん。そうだよ」
「昔の中国の人って、今の人――わたしたちとは、価値観とか考え方が違うんじゃないでしょうか。ですから、安易にキャラを変えたら、三国志じゃなくなっちゃうんじゃないですか」
さすが柚木さんだ。着眼点が素晴らしい。
「三国志は、江戸時代よりもさらに昔の話だからね。俺たちとは価値観が違うだろうし、文化もかなり異なってると思うよ。でも、そういうリアリティは、そこまで気にしなくてもいいのかなって思うんだよ」
「そうなのでしょうか」
「読者の大半は、三国志に詳しくない人だから、三国志の風土や文化にあんまり興味がない。興味があるのは、キャラの魅力や印象的なシーンだから、リアリティが多少欠けていても問題にはならないと思うんだよ」
柚木さんが、人差し指でカップの縁をさする。
「小説って難しいですね。わたしも、自分の好きなものを書きたいって思いますけど、それだけではだめなんですよね」
「そうだね。悲しいけど、これが現実なんだろうね」
「はい」
自分のこのまない方向で小説を直さないといけないのは、とてつもなく心苦しい。
「先輩の言う通りだと思います。でも、どうやってキャラを見直せばいいんでしょう」
「そこは難しいね。キャラが分別できるように、個性を引き出せればいいんだけど、どうすればそうなるのか」
「個性っていうと、明るいキャラとか、暗いキャラとかになるんですかね」
「そうだね。三国志の世界だと、酒飲みの酔っ払いだったり、神算鬼謀で敵の大軍を退ける人とかが、個性になるのかな。一番わかりやすいのは、見た目に特徴をつけることだけど」
「見た目、ですか?」
「そう。たとえば耳たぶがすんごい長かったり、腰まで届く髭を生やしていたり、首が百八十度曲がるとか、こういう外見的な特徴をつけるのが手っ取り早いね」
「首が百八十度曲がるって、なんですか、それっ」
柚木さんが呆気にとられて苦笑する。
「普通ではあり得ない特徴なんだけど、三国志演義で実際に設定されている特長なんだよ。演義は正史を元につくられた話だから、そんな人は本当にいないんだろうけどね」
「そうなんですね。中国の昔の人に、本当にそういう人がいるんだと思っちゃいましたっ」
柚木さんは三国志を知らないから、驚くのは無理もない。
「キャラに個性をつける方法って、たくさんあるんですね」
「そうだね。他にもいい方法があるかもしれないから、ネットとかを駆使して調べてみよう」
「はいっ」
俺の小説の再検討は、ひとまずこんなものかな。
「柚木さんの小説は、キャラの個性がしっかり出てると思うよ」
「そうですか?」
「うん。主人公は少しおっちょこちょいで可愛いし、憧れの先輩は温和で優秀だけど、意外と抜けているところがあって魅力的だからね」
柚木さんの小説で魅力的に感じたのは、キャラクターを書くのがうまいと思ったことだ。
主人公も憧れの人も美男美女のいい人なんだけど、人間的な欠点があるからいいのかな。
柚木さんが顔を赤くして、
「あ、ありがとうございますっ」
両手をカウンターの下へ隠して、もじもじする。
そんな仕草が可愛くて、俺の顔も熱くなってしまう。
「あ、いや、褒めてばっかりじゃだめなんだよね」
「はいっ」
「早乙女さんは、社内恋愛を辞めて、舞台を学校にしろって行ってたんだよね。柚木さんの小説は、あのままでいいと思うけど、あれを変えちゃうのはもったいないよなあ」
柚木さんの小説の設定は、会社の先輩と後輩だ。学校に置き換えると、部活の先輩と後輩になるわけか。
「学校を舞台にするんだったら、部活の先輩とマネージャーにするのがいいかもね」
「部活の先輩とマネージャーですか?」
「うん。今の設定は会社の先輩と後輩でしょ。それを学校に落とし込むと、部活が一番書きやすいし、読者にもわかりやすいんじゃないかな。学校で、先輩と後輩の男女がいっしょにいるのって、そのくらいしか思いつかないし」
彼らは運動部に所属していて、先輩がその部のエースで、後輩の女の子が部活のマネージャー。
女の子がかっこいい先輩に恋しているという、読者にかなりわかりやすい内容になりそうだ。
「野球部かサッカー部にして、先輩をエースにすればいいんじゃないかな。主人公を後輩のマネージャーにすれば、早乙女さんの言う通りに、かなりわかりやすい作品になるね」
野球部でエースの先輩と後輩のマネージャーだと、本当に陳腐でありきたりな内容だ。
柚木さんが何かを言いたそうに目配せして、
「運動部の方がいいですかっ」
カフェオレのカップを見ながら言った。
「文化部でもいいと思うけど、運動部の方がわかりやすくない? 後輩のマネージャーって聞くと、赤いジャージを着ている姿が真っ先に思い浮かぶから」
「そう、ですね」
「文化部だったら、吹奏楽なんかがいいかもしれないね。でも、そうするんだったら野球部とかサッカー部にした方がいいんじゃない?」
柚木さんは首を縦に振ってくれない。少し不満げに拗ねているように見える。
「わかりました。では、運動部にしてみます」
柚木さんは、しぶしぶ納得してくれた。
「俺たちの小説の見直しは、こんなもんかな」
「他にも何かあるんですか?」
「うん。文研の先輩や部員は、小説の執筆に消極的でしょ。その件を早乙女さんに相談してきたんだ」
「あっ、それで少し時間がかかってたんですね」
「この件は、どうしても早乙女さんに相談したかったからね。小説を書くのが俺と柚木さんだけでいいのか。案の定、文研の全員で書いた方がいいって言ってたよ」
「そうなんですね」
柚木さんが少し肩を落として、
「わたしでは力不足ですもんね。部長や先輩方の力が必要ですよね」
自分のことを責めている。これはまずいっ。
「そうじゃないよっ。先輩たちの消極的な姿勢が、ずっと気になってたんだ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。だって漫研は、みんなで力を合わせて対抗してきてるのに、うちは違うんだ。俺たちにまかせっきりで、何もしてくれないなんて、ひどいじゃないか」
俺と柚木さんだけで狐塚先輩に対抗するなんて、無理がありすぎる。
「そうですよね。先輩方もきっと事情があるんだと思うんですけど、みなさん他力本願というか、冷たいですよね」
「柚木さんもそう思う?」
「はい。勝負に負けたら、先輩や先生がひどい目に遭わされるのに、みんなやる気がないというか、先輩や先生を助けようってあんまり思ってないみたいで、悲しいなって思います」
柚木さんも、文研の現状に不満を感じていたんだ。
「部室で聞いたときは、みなさんがそう言うんですから、そういうものなのかなって思ってましたけど、先輩ばかり重責を感じてるのでしたら、わたしはよくないと思います」
柚木さんに後押しされて、俺の決心は固まった。




