第61話 海! 水着! かまくら!
天上に果てしなく広がる青い空。水平線の彼方まで伸びる静かな海。
海はやっぱり最高だ。灼熱のように蒸し暑い日でも、白い砂浜に立っているこのときだけは、暑さに寛容になれる。
真夏の素晴らしさを素肌から直接、そして目いっぱいに感じられる。
江ノ島の広大な海水浴場は、たくさんの人で埋め尽くされている。
砂浜には、黄色や青のビーチパラソルが立ち並び、水着姿の男女があちこちで、ひしめき合っている。
水色のレジャーシートを広げて、いちゃついている若いカップル。砂浜に直接寝転ぶ、腹の出た中年男性。
波打ち際で、海をおそるおそる眺める小さな女の子と、少し離れた場所で彼女を見守る母親。
肌の浅黒い、どこかのダンスユニットみたいな集団もちらほら見えるけども、夏休みの海水浴場は静かな海とともに平和だ。
「麻衣子、海に入ろうよっ!」
「ええっ、でも海水が身体についたら、べとつくし」
俺の前を、大学生くらいの若い女子が通り過ぎる。
麻衣子と呼ばれたセミロングヘアの女子は、横縞の紐のついたビキニをつけている。
もう片方のショートヘアの女子は、燃えるように赤いビキニを胸もとに巻いている。
知らない女子を普段から目で追ったりしないけど、むむっ。ビキニの布の幅のなんと狭いことか。
あんなにも過激な水着をつけて海に入ったら、強い波に襲われた瞬間に、あられもない姿になってしまうではないかっ。
「きゃっ。水つめたーい」
「今日は波が静かだねー」
波打ち際で、足だけを海に浸して戯れている。
彼女たちが動くたびに、ビキニのパンツの紐が左右に揺れる。
いい。非常にいい。美女が戯れる砂浜は、楽園だっ。
この興奮とときめきは、他のどのような情景にも替えられない。
何もしなくていい。真夏の太陽が燦々と照りつけている方がいい。
俺はただ、美女たちの珠のような素肌を眺めているだけで、もう大変満足――。
「あたっ」
頭の後ろを、固い風船のような何かで殴られた。
驚いて振り返ると、比奈子と柚木さんが並んでいた。
「女子をじろじろ見てるんじゃないわよ。エロにいっ」
比奈子の髪型は、とっくに見飽きているツインテールだけど、さっきの大学生に負けじと素肌をさらけ出している。
水玉の少し幼い印象のビキニをつけて、女子っぽく丸い腕やくびれた腰を俺に見せつける。
空手部員と思えない、いや、実の妹と思えないほどに身体のラインがきれいだ。
海豚の形の大きな浮き輪を持って勝ち誇っているが、なんたる哉っ。
三角形のブラジャーで秘匿された胸もとが、あの海の水平線みたいにぺちゃんこだ。
「先輩、だいじょうぶですかっ?」
となりで行儀よく佇んでいる柚木さんも、比奈子に劣らない美貌を放っている。
薄いパレオを巻いた白のビキニは、純白のドレスのようで、少し幼げな彼女を艶やかに引き立てている。
膝まで届くパレオの透明な質感が、俺の心を刺激する。
女子の人気アイドルのように細い体型と、お椀型に少し膨らんでいる胸もと。
きみを眺めているだけで、胸がどきどきと興奮してきちゃうよ。
「ふたりとも着替えが終わってたんだね。なら、呼んでくれたらよかったのに」
「先輩を早く探したかったんですけど、ひなちゃんが浮き輪を使いたいって言うから、海の家で膨らませてたんです」
「だって、浮き輪がないと泳げないじゃん。僕、泳げないし」
えっへんと、比奈子がぺちゃんこな胸を張る。
運動神経はうちの学校で一番なのに、なぜか泳げないんだよな。
柚木さんが、くすくすと笑う。
「ひなちゃん、昔からプールの時間が嫌いだったもんねっ」
「そうよっ。だって、プールの底に足はつかないし、馬鹿な男子が、ここぞとばかりにいじめてくるんだもん。あったまくるわよっ」
それなのに、よく文研にまぎれて海に行こうと思ったな。
「ひなちゃん、からかってきた男子の首をつかんで、返り討ちにしてたよねっ」
「当たり前じゃん! 家でゲームばっかしてるやつが、僕に勝とうっていうのが甘いのよ」
「ひなちゃんは、小学生のときから空手を習ってるんだもんね。みんな羨ましがってたもん」
「そんなことないよ。ことちゃんの方がお淑やかだから、みんなに人気あったじゃん」
「そんなことないってぇ」
ふたりで互いに励まし合って微笑んだ。
「いいからっ、早く海に入ろう!」
「ああっ、待ってっ!」
比奈子が、海豚の浮き輪を両手で掲げて海へ突撃していく。
柚木さんがパレオの裾をひらひらさせて後に続く。
ふたりとも元気いっぱいだ。
浮き輪を取り合ったり、水をかけ合ったりして遊んでいる姿は、無邪気そのものだ。
ふたりを邪魔してはいけない。お腹がすいたから、海の家で焼きそばでも食べよう。
傍のビーチパラソルの日陰に、ハワイの観光客のような女性がいた。
折りたたみ式の白のビーチチェアに傲然と寝転がり、テーブルにはトロピカルジュースらしき液体がコップになみなみと注がれている。
日陰で休んでいるのに、ハート型の趣味の悪いサングラスで目もとを隠し、つばの大きな麦わら帽子をかぶっている。
全身には、タオルケットのような大判のパレオを下品に巻きつけていた。
「おハロー。宗形くん」
女性が俺に合図を送ってくる。
「先生、こんなところで何してるんですか」
「なにって、海を満喫してるのよ。見ればわかるでしょ」
ええ。まったくもって面白みのない満喫の仕方ですね。普通すぎて品がないですよ。
「沖縄には行けなかったけど、せっかく海に来たんだもん。思う存分楽しまなきゃっ」
「海なんて、沖縄もどこも同じですって」
「そんなことないわよ。沖縄の海は、すんごいきれいなのよぅ」
「そうなんですね。俺は行ったことがないので、わかりませんけど。それより、先生は海に入らないんですか?」
「入らないわよっ。先生は大人だから、生徒といっしょに水遊びなんてしないのよ。どう? この余裕な感じ」
先生がトロピカルジュースをとって、俺に見せつけてくる。
当たり前ですけど、そのジュース代は部費に計上しないですよね?
海の家の方から微風がふわりと吹いて、先生の髪をたなびかせる。
麦わら帽子が浮力に負けて、俺の脇を通り抜けた。
「ああっ、帽子が飛んじゃった!」
先生がうろたえて帽子の後を追う。ハート型のださいサングラスが、砂浜の上に落ちた。
「ほほ。あいりちゃんが、麦わら帽子と追いかけっこしたはるわ」
耳を傾けただけで部長だとわかる声がした。部長も着替え終わっていたんですね。
「そうなんですよ。あれのどこが、大人の――」
何気なく部長を眺めて、目が飛び出しそうになった。
「どうしたん?」
部長は黒のシンプルなビキニに着替え、左右の長い黒髪を髪留めでまとめている。
外国のセレブが着用しそうなワイヤービキニだ。
少し背の高い部長は、モデルのようにすらっとしている。
美をきわめた腰のくびれ。脚線美の末に到達する細い足首。
肌は京都の舞妓さんのように白いのに、胸はふっくらと、ブラジャーを内側からふくらませている。
ブラジャーの真ん中の紐から伸びる胸の谷間に目を奪われてしまうっ。
俺は思わず口と鼻をおさえた。部長の水着姿に見入るのは危険だ。
「あらっ、むなくん、どうしたん? 鼻なんておさえて。顔が真っ赤よぅ」
「あ、いえ。別にっ」
俺は、ものすごい奇跡をしかと目に焼き付けてしまった!
部長が、まさかこんなにもナイスバディな方だったなんてっ。
朝早くに起きて、眠たい眼をこすってここまで来て、よかったっ!
「にいっ。お腹すいたから、そろそろなんか奢ってえ――」
比奈子が海豚の浮き輪を抱えながらやってきた。
そして、俺のとなりに立つナイスバディな人を見つけて絶句した。
部長はいつもの眠たそうな目で比奈子を見返している。
一方の比奈子は、部長の全身を舐めまわすように見やって、顔面蒼白になっている。
部長が姿勢を変えるたびに、たわわに育った胸が揺れる。
それを垂涎するほど比奈子は眺めて、自分の胸に視線を落とす。
静かに見守っていると、比奈子の全身がスマートフォンのバイブレーションのように振動してきた。
「この世のすべてが嫌いだあ!」
「なっ、どうしたん!?」
比奈子が猛烈な速さで砂浜を疾走する。その後を部長が珍しく焦って後を追う。
べただ。べたすぎるぞ、比奈子。
「ひなちゃん? どこに行っちゃったの?」
一足遅れて海から引き上げてきた柚木さんが、ふたりを見て首をかしげた。




