第57話 漫研の部長はプロの漫画家!?
「男子みたいに凛々しい方でしたね」
部長や先生といっしょに席へ戻る。柚木さんが呆れ口調でつぶやいた。
「狐塚先輩は、勝ち気で気性の荒い人だからね。俺はどうも苦手だよ」
「狐塚先輩っていうんですね。漫研の方なんですか?」
「柚木はんは、さおたんのことを知れへんのね」
正面の席につく部長が、にこにこしながら言った。
「さおたん、ですか?」
「そう。さおたんは、からかうと向きになって突っかかってくるさかい、そらもう、めっちゃかいらしいんよ」
「はあ」
あの人、可愛いのか? 台風の目みたいな印象しかないけど。
「部長、さおたんなんて、昨今のアニメのキャラみたいなあだ名で呼んだら、またうるさく怒鳴られますよ」
「でもなあ、うちは、さおたんって呼ぶんが、めっちゃ気に入ってるんやけどなあ。さおたんにも、おんなじことを言われるんよ。うちは悲しいわ」
言いながら、部長は両肘を机について、熟睡する姿勢をとった。
「ほな、そういうことやさかい、むなくん、あとよろしゅう」
ほな、じゃないですよ。それなら、もうちょっと悲しそうな素振りを見せてください。
柚木さんも、開いた口が塞がらない様子で、俺に振り返った。
「狐塚さおさんって、いうんですか?」
「そうだよ。名前の漢字はたしか、冴える中央の央じゃなかったかな」
「狐塚冴央さんですね。部長のお知り合いということは、漫研の部長なんですか?」
「そうだよ。あの人、ああ見えて、すごい人なんだよ。高校生なのに、自分で描いた漫画を雑誌に連載してるんだから。しかも大人向けの雑誌に」
「えっ、そうなんですか!? すごいですっ」
呆れ果てた柚木さんの表情が一変する。
「漫画を掲載してるってことは、プロなんですか!?」
「そうだろうね。お金のことは聞けないけど」
「プロになるだけでもすごいのに、高校生でプロの漫画家だなんて、信じられませんっ」
「だよね。俺も初めて聞いたときは、白目を剥くほど驚いたよ」
「そうですよね。プロの方が、こんな近くにいるとは思えませんし。漫研の部長って、そんなすごい方だったんですねぇ」
言いながら、柚木さんが部長へ目を向ける。
寝入る部長のつむじが、上下にゆっくりと動いている。
「すごいことだけが、部長に求められる条件じゃないから」
「そうですね」
向こうの机で三年生の女子たちと談笑していた先生が、俺たちの元へやってきた。
部長のとなりの空いている椅子を、のっそりと引いて、
「宗形くん、どうしよう」
部室へ来たばかりなのに、会社でパワハラに遭っているOLみたいな顔で言った。
「どうしようって、何がですか?」
「だってあたし、このままだと顧問を辞めさせられちゃうのよっ。宗形くん、助けて!」
先生が前のめりになって、俺の腕をつかんだ。決死の形相に、柚木さんがたじろぐ。
「狐塚先輩のことなら、気にしなくても平気ですよ。あの人に、顧問の先生を辞めさせる権限なんて、ありませんから」
「そうなの!?」
「そうなのって、当たり前じゃないですかっ。あれは単なるでまかせですって」
「はあ、そうだったんだぁ」
先生が、へなへなと椅子の背もたれへ崩れ落ちる。柚木さんが、ふふと苦笑した。
「先生に顧問を辞められたら困りますよ。先生は文研にとって大事な人なんですから」
「そう、そうなの? あたしって、そんなに大事な存在だったの?」
「は、はい。そうですよね、先輩」
先生の素直すぎる反応に、柚木さんが困惑する。
俺がうなずくと、先生が「柚木さん大好きっ!」と、机の存在を忘れて抱きついた。
「先生、みんなが見てますから、そろそろ合宿のことを話し合いましょうよ」
柚木さんが困り果てているので、先生を柚木さんから引き離すと、先生が少女のように小首をかしげて、
「合宿? 今年も合宿なんてやるの?」
間の抜けた顔で言った。
「はい。部費がかなり余ってますし、去年に合宿をやって受けがよかったので、今年も合宿をやりたいなあって、部長と話してたんですよ」
「あ、そうだったんだ。いいわねぇ、合宿っ。で、どこに行くの? 伊豆の白浜? 思い切って沖縄に行っちゃうとか!?」
先生がうきうきして、職務を忘れた浮かれモードになる。
「沖縄とか、いいですね! わたしも行ってみたいですっ」
「そうでしょ! 柚木さんもいっしょに行きましょうよぅ」
「はいっ!」
柚木さんの賛同を得て、沖縄に決めかけているけど、
「待ってくださいっ。うちの部費では、沖縄なんて行けませんよ。沖縄に行くのに、いくらすると思ってるんですか」
「う。それは、宗形くんが、なんとかやりくりしてくれるんでしょ」
「無茶を言わないでくださいよ。ホテルの宿泊費だけで手一杯だっていうのに、沖縄になんて、どうやって行くんですかっ。飛行機代って、かなり高いんですよ」
俺が果敢に反論すると、先生は柚木さんとともに、がっくりと肩を落としてしまった。
「そ、そうですよね。冷静に考えたら、合宿で沖縄になんて行けないですよね」
「ええっ、柚木さん、そんな弱気な発言しないでよっ。ね、宗形くん。なんとか沖縄に行く方法はないのっ?」
「そうですね。あることにはありますけど」
「どんな方法!?」
「それはもう、先生のポケットマネーで、飛行機代をなんとかしてもらう方向で」
先生が「げ」と漏らして、身体を仰け反らせた。
「先生のっ、ポケットマネーは、あんまり当てにしないでねぇ」
「なら沖縄は却下ですね」
「そんなあ!」
先生が、泣き出す小学四年生のような顔ですがりついてきた。
「宗形くん、なんとかしてよぉ」
「無理ですって。諦めてくださいっ」
「だってぇ、沖縄に一回も行ったことがないんだもん。一度でいいから、沖縄につれてってよぅ」
「だめですっ。自分のお金で沖縄に行ってください」
きっぱりと断ると、先生は萎れた蕾みたいに大人しくなってしまった。
けれど、「あたしの沖縄がぁ」と、心の芯ではまだ足掻いているみたいだった。
「沖縄は予算的にだめですけど、せっかくですから海に行きたいですよね」
柚木さんが見かねて提案すると、先生が微妙に息を吹き返した。
「そ、そうよねっ。夏休みに行くんだから、やっぱり海がいいわよねっ」
「でも、この辺だと、どこがいいんでしょうか。湘南とかになるんでしょうか」
「そうねぇ。湘南だと、サーファばっかりいそうだけど」
最近だと、イルマニア的な人たちも大勢いそうだから、見つかったらしつこく絡まれそうだ。
「それなら、やっぱり伊豆? 伊豆の白浜も、サーファがたくさんいると思うけど」
「そうですね。伊豆も有名ですから、怖い人たちがたくさんいるんでしょうね」
「っていうか、有名な場所だったら、たぶん観光客ばっかりよ。でも、知らないところに行っちゃうと、ホテルや旅館がないもんね」
「それもだめですよね」
先生と柚木さんが、ぐったりとうなだれる。
他の部員たちからも意見を求めたけど、具体的な案は出てこない。
そもそも山がいいという人もいるから、議論が荒れてしまった。




