第55話 最後は観覧車の中で
アイスクリームを食べながら柚木さんと話をしていたら、陽がだんだんと西へ傾いてきた。
赤い観覧車が、陽を背に受けて佇んでいる。よく見ないとわからないような速さで自転していた。
「先輩?」
柚木さんが、きょとんと俺を見上げる。
「先輩、どうしたんですか?」
「ああ、いや、観覧車って一回も乗ったことがないなって思って」
柚木さんが観覧車に目を向ける。
観覧車の鉄筋は車輪のように、円の中心から放射線状に伸びている。
それらを円状に伸びる鉄筋が連結して、花のように美しい模様を描いている。
観覧車はどこの遊園地にも建設されている。それは、どうしてなのか。
観覧車は、絶叫マシンやお化け屋敷と違う。コーヒーカップなどの子ども向けのアトラクションとも、当然ながら違うものだ。
観覧車って、よくよく考えると摩訶不思議だ。
「観覧車に乗りたいんですか?」
「どうかな。乗りたいというほどでもないんだけど、ちょっと気になって」
「そうですか? すごく乗りたそうに見えますけど」
柚木さんが口に手をあてて、くすくすと笑った。
「いろんなものに乗ったし、そろそろ帰り支度をしてもいい時間だから、最後に観覧車に乗って帰ろうか」
「はいっ!」
アイスクリームのコーンの包み紙をごみ箱へ捨てる。
ぐっと伸びをすると、肩にわずかに疲れを感じた。
「観覧車に乗りたいというかね、観覧車の存在ってとても不思議だと思ったんだよ」
「観覧車のどこが不思議なんですか?」
「だって、考えてごらんよ。観覧車ってさ、ジェットコースターや空中ブランコなんかと種類が違うのに、どこの遊園地にも絶対にあるでしょ。その存在価値ってなんなのだろう。観覧車のどこが人を引き付けてるんだろうって、疑問に思わない?」
「そうですか? わたしには、ちょっとわかりませんけど」
俺は変なことを口走ってるのかな。
「観覧車を眺めながら考えてたんだけど、観覧車は景色を楽しんだり、大事な人との憩いの場を提供するといった、多様な目的があるからなのかなって、思ったんだよ。どちらもジェットコースターなんかじゃ感じられないものだし、お客は憩いや安らぎを求めているから、観覧車が遊園地に必要なんじゃないかなと、思ったわけで」
柚木さんは目を丸くして、俺の主張を聞いていた。
「はあ、そうなんですか。先輩って、いろんなことを瞬時に考えてるんですね」
柚木さんがそっと嘆息する。そして笑顔を向けてくれた。
「先輩の考えって、なんだか哲学的ですね。不思議な感じがしましたっ」
「えっ、そ、そうかな」
「はいっ。ひとつの物事をそんなに深く考えることって、ないじゃないですか。聞いてて、少しびっくりしちゃいましたけど、そんな思慮深いところも、先輩らしいところなのかなって思いました」
観覧車の待ち行列は、そんなに長くない。十組くらいの家族やカップルたちが、おしゃべりしながら順番を待っている。
柚木さんと話しながら二分ほど待っていたら、俺たちの乗るゴンドラが流れてきた。
ゴンドラの開いた扉に手をついて飛び乗る。
柚木さんの手をとって、ゴンドラへ引っ張ると、社員が外から扉を閉めた。
ゴンドラがゆっくりと上昇をはじめる。外の景色がゆるやかに下降してゆく。
正面の椅子に座る柚木さんが、ゴンドラの脇に伸びる柱をつかんで、
「わあ、景色きれいですねぇ! 観覧車って初めて乗りましたっ」
幼稚園に通う女の子みたいな笑顔で言った。
「柚木さんって観覧車に乗ったことなかったの?」
「はいっ。友達と遊園地に行ったら絶叫マシンにしか乗りませんので、観覧車って乗ったことがないんですよ」
観覧車に乗ろうという発想が、そもそもないのか。
「観覧車って、いいですね。先輩の言う通り、少し不思議な感じがします!」
「あ、ほら、そうでしょ。他の絶叫マシンと趣が全然違うんだから、観覧車には哲学的なものが含まれてるんだって!」
「もうっ、マニアックなことを言うのは止めてください!」
俺たちを乗せたゴンドラは、ぐんぐんと上昇していく。
ジェットコースターやフリーフォールの高さを超えて、空に届きそうな高さにまで昇っていくぞ。
窓から遊園地を見下ろして息を呑む。
観覧車の哲学的な意味ばかりを考えて、肝心な高さを考慮していなかった。
古い高層ビルなんかよりも、全然高いぞ。
「今さら気がついたんだけど、観覧車ってけっこう高いところまで昇るんだね」
「そうですよ。ですから、先輩が乗ってもだいじょうぶかなあって、思ってたんですよ」
それは、できれば先に言ってほしかったな。
「先輩、だいじょうぶですか? 顔が青いですよっ」
「だいじょうぶ。たぶん。下はなるべく見ないから」
身じろぎしただけで、ゴンドラが前後に揺れる。
考えてみれば、このゴンドラは、観覧車の本体と一本の鉄筋でつながってるだけなんだよな。
これは、ジェットコースターやフリーフォールよりもはるかに怖い仕組みだ。
「先輩、また何か考えてるんですか?」
柚木さんが、身体を少し屈めて俺を見つめる。
「さっきの考えとは方向性が違うんだけど、このゴンドラって、観覧車の本体と一本の鉄筋でしかつながってないんだよね」
「そうですね。おそらく」
「ということはだよ。その鉄筋がもし経年劣化で脆くなっていたら、俺たちは地上へ落っこちちゃうんだよっ。これって絶叫マシンよりも怖くない?」
「もう、考えすぎですってっ」
柚木さんがお腹を抱えて笑う。
「観覧車でゴンドラが落ちたことなんてないですから、安心して乗ってくださいよっ」
「そうかなあ。可能性はゼロではないと思うけどなあ」
統計学的に考えて、落ちる確率はあると思うんだけども。
「柚木さんは落ちると思っていないから、ジェットコースターに乗れるんだね」
「そう、ですかね。そこまで深く考えていないんだと思いますけど」
女子の大半は、柚木さんと同じ感じなのかもしれない。
「逆に先輩は、落ちることばかり考えちゃうから、絶叫マシンが苦手なんですね」
「そうだね。楽しむことより、落ちることばかり考えてるかも」
「それも、なんだか哲学的ですね。女子と男子の感じ方の違いというか、ひとつの物事でも、人によって認識は違うんですもんね」
「なるほど。研究したら面白い結論が導き出せるかもしれないね」
観覧車の不思議な時間が、あっという間に終わりを迎える。
空が茜色に染まる頃に、遊園地の入場ゲートを後にした。
「先輩、今日はありがとうございました」
駅のホームで、柚木さんが頭を下げる。
「いや、こちらこそ。絶叫マシンとお化け屋敷は怖かったけど、すごく楽しかったよ」
「はい。お化け屋敷は、もう入りたくないですね」
柚木さんがうつむいて頬を赤くする。恥ずかしそうな姿がいじらしい。
「そうだね。あれは怖かったからね」
「でも、先輩がいっしょにいてくれたから、よかったです。わたしひとりだったら、きっとパニックになっていましたから」
お化け屋敷で、柚木さんと身体を寄せ合ったことを思い出す。俺も恥ずかしくなってきた。
臨時とはいえ、あんなにも大胆なことをしたと比奈子が聞いたら、なんて返されるんだろうな。
もっと抱きつけとか言われそうで嫌だ。
「先輩、また遊園地に遊びに行ってもいいですかっ?」
「いいよ、俺でよければ。絶叫マシンにはたくさん乗れないけどね」
「はいっ。わかりましたっ」
柚木さんが、こぼれんばかりの笑顔で返事してくれた。




