第43話 ウィルスを仕込んだ犯人はだれだ!?
「むなくん、どう思う?」
部長が眉をひそめる。
「そうですね。先生の言葉を信じるなら、ウィルスに感染した日付を、だれかが消したのだと思いますが、消しゴムで消した跡はないですよね」
「そやな。なんにも書いてへんように見えるわ」
「そうすると、やはりただの記入漏れだと結論を出さざるを得ないのですが、部長の考えは違いますか?」
「うちの考えも、むなくんとおんなじよ」
やはり先生の記入漏れなのか。
しかし重要なのは、記入が漏れているかどうかではない。どのUSBメモリに、コンピュータウィルスが仕込んであるかどうかだ。
それを調べるために、四つのUSBメモリをすべてチェックすればいいんだ。
「そうだっ。思い出したっ!」
先生が急に生き返ったように立ち上がった。
「あの日に使ったのは、黒いUSBメモリよっ。角の鋭い高そうなやつよ!」
「えっ、そうなんですか!?」
「そうよ。あの日、変なUSBメモリがあるなあって思って、宗形くんが用意した新品だと思ったから、それを使ったのよ」
俺が新品のUSBメモリを用意したのか? そんなことをした覚えはない。
「それで、番号札がついてなかったから、後で宗形くんに確認しようと思ってたのよ」
「ちょっと待ってください。俺は新しいUSBメモリなんて買っていませんよ。この四つだけで充分に足りてるんですから、新品なんて買いませんって」
「じゃあ、だれがあのUSBメモリを用意したの!? 先生はたしかにあのUSBメモリを使ったのよっ」
先生の主張を裏付ける証人がいないから、この主張を退けることは簡単だ。
先生は必死に責任逃れをしているように見えるけど、人のいい先生の言葉を否定するのは、良心が咎められる。
「先輩っ、先生の言っていることは本当ですよ。信じてあげましょうよ!」
柚木さんは先生を信じるのか。
俺も先生を信じたいのだけど、確固たる証拠がほしいんだよな。
「とりあえず、このUSBメモリを全部調べればええんではおまへん?」
保管庫から四つのUSBメモリを取って、部長が言った。
「このUSBメモリを全部調べて、どれかにウィルス――ランサムなんとか言わはったっけ。それが入っとったら、あいりちゃんが嘘ついてるというこっちゃ。ランサムなんとかが、どれにも入っておへんどしたら、あいりちゃんはほんまのことを言うてるというこっちゃ」
「では、パソコン部にUSBメモリを診てもらいましょう。加賀谷先輩なら、すぐに結論を出してくれますから」
「そやな」
「先生は絶対に悪くないですよっ。わたしは信じていますからっ!」
柚木さんが両手をぐっとにぎりしめる。先生が感極まって、柚木さんに抱きついた。
* * *
加賀谷先輩に文研のUSBメモリの調査を依頼したら、お約束とばかりに嫌そうな顔をされてしまった。
文句と嫌味を散々に浴びせられてしまったけど、「お前らじゃ手に余るだろうから、俺らが調べてやるよ」と最後に言ってくれた。
四つのUSBメモリのすべてのファイルを、アンチウィルスソフトでスキャンしてもらった。
結果、どのUSBメモリからもランサムウェアは検出されなかった。
「あいりちゃんの言うことは、ほんまやったんね」
パソコン部から返却されたUSBメモリを眺めて、部長が嘆息する。
後ろで先生と柚木さんが手を取り合っている。
「よかったですねっ、先生! 先生の身の潔白が証明されましたよっ」
「うん。柚木さんがずっと信じてくれたから、先生、すごく心強かったわ。柚木さん、ありがとうね」
「はいっ!」
他の部員たちも、先生に祝福の言葉をかけている。
お祝いムードに浮かれている部員たちを尻目に、俺と部長は腕組みして考え込んでいる。
先生の主張が証明されたということは、先生の言う黒いUSBメモリがどこかから持ち込まれたということだ。
だれが、どうやって、なんの目的で文研にランサムウェアを持ち込んだんだ?
「むなくん。こら、どういうことなんや」
「わかりません。だれが黒のUSBメモリを持ち出したのでしょうか」
「部室には鍵がかかってるんやさかい、USBメモリを持ち込めるんは、うちの部員しかおらん」
「そんな! それだけは断じてありません。うちの部員に限って、そんなことをするはずがありませんし、そんなことをするメリットもありませんっ」
「うちも、そうやと思うんやけども」
部室ではしゃぐ部員たちを眺める。
部室にいるのは、柚木さんも含めて五人しかいない。
彼らは先生と談笑したり、小説に夢中になっている。
この中に凶悪なコンピュータウィルスを仕込んだ人がいるのか?
それとも、幽霊部員の中に犯人がいるのか?
彼らの中に文研をひどく怨む人がいて、彼がコンピュータウィルスを持ち込んだのだと考えたら、犯行は充分に可能だが。
「文研の部員を疑うにしても、動機が不十分ですよ。どうして、うちで大して使われていないパソコンがいたずらのターゲットになるんですか」
「そやな。嫌がらせを純粋な目的にするんやったら、コンピュータウィルスなんかをいちいち仕掛けんでも、パソコンをそのまんま盗めばええんやもんね」
「そうですよ。それなのに、パソコンはおろか、本もうちで管理しているUSBメモリすら盗まれていません。やはり、今回の一件はすごく不自然ですよ」
「そやけども、むちゃ不自然どすで結論付けたら、教頭せんせは絶対に納得せんもんなあ。
どないしようか」
先生が部長のとなりの席へ戻ってきた。
「山科さん、今日はどうしたの? 宗形くんも浮かない顔をして」
「そうですよ、先輩っ。先生は無実だったんですから、楽しく本でも読みましょ!」
柚木さん、先生はたしかに無実だけど、事件はまだ完全に解決してないんだよ。
だけど、そんな暗い言葉で咎めたら、せっかくの祝賀ムードを台無しにしてしまう。
口からため息が漏れる。
「あいりちゃんは呑気でええなあ」
部長が遠いものでも見るような目で先生を見やる。
先生がすかさず取り乱したから、柚木さんたちに取り押さえられた。




