第42話 さぁ、あいり先生を尋問だ
「これで万々歳だと思ってたのに、予定外の作業が入っちゃったねぇ」
高杉先生が部室の机へ倒れ込む。部長がとなりの席に座って、先生の頭をさする。
「おお、よしよし。怖かったんに、よぉがんばったねえ」
「山科さん。お願いだから、子ども扱いしないで」
部室へ帰ってくると安心するのか、身体にどっと疲れが押し寄せてくる。
柚木さんや他の部員たちが本を閉じて、俺たちを眺めている。
「先輩。報告書は無事に提出できたんですか?」
「できたよ。新しい方式を採用していいってさ」
「本当ですか!?」
柚木さんの不安げな表情が一変する。
部員たちから歓声が上がって、部室の静寂が打ち破られる。
教頭先生から追加の調査依頼が出されなければ、俺も彼らといっしょに喜んでいるのに。
柚木さんが怪訝そうに首をかしげる。
「先輩、何かあったんですか?」
「あったよ。教頭先生から、いろいろ指示されちゃったんだよ」
教頭先生から指示された内容を、柚木さんたちに伝えた。柚木さんたちの表情にも影が差した。
「だ、だいじょうぶですよっ! そのくらいでしたら、みんなで力を合わせれば、簡単にできますからっ」
柚木さんが、元気な声で励ましてくれた。
俺は身体を起こした。対角線上の席に部長の心配そうな顔があった。
「一番問題なのは、ウィルスの感染経路の追加調査ですね。どうやって調査すればいいのか」
「そやな。報告書には、USBメモリから感染したと書いたんやけど、それも、うちらの想像でしかないもんなぁ」
柚木さんから借りていたノートを鞄から取り出す。
それを柚木さんへ渡して、俺は姿勢を正した。
「ウィルスに感染した状況を考え直しましょう。そもそも、どうしてウィルスに感染したんでしたっけ」
「それは、逢理先生が、変なことをしちゃったから」
柚木さんの言葉に、机に頭を乗せている先生の表情が曇る。
先生が、さっと身体を起こした。
「なんで、あた――先生を、そんな目で見るのよ」
「いえ、普通に見てるだけですけど」
「嘘ばっかり! 宗形くんも柚木さんも、漫画みたいなジト目で見てるじゃないっ。先生が全部悪いって言うの!?」
悪いも何も、パソコンにウィルスを感染させた下手人はあなたじゃないですか。
この人、なんか面倒くさいキャラになってきたな。
ヒステリックに声を荒げる先生を、柚木さんがなだめる。
けれど、彼女の細い声では泣き喚く先生を抑えることができない。
部長が見かねて先生の肩に腕を回した。
「あいりちゃん」
「ひっ!」
「そろそろ、ほんまのことを話してもらおうか」
先生は、蛇に睨まれた蛙のように身体を縮こませる。一瞬で静かになった。
「ほんまのことって、何が?」
「そないせんと、汚部屋の件を学校中に言いふら――」
「やめてやめて! お部屋のことだけは絶対に言わないでっ!」
この間に比奈子に勧められた交渉の手段を、部長が普通に使っている。
部長の手玉に取られる先生を見ていると、妙に虚しい気持ちがこみ上げてきた。
先生がついに観念して、部長の手を振り払って言った。
「わかりました。では、覚えている限りのことを話します」
「先生は、どうやってパソコンにウィルスを感染させたのですか?」
「それが、詳しいことはわかんないのよ。先生はただ、いつも通りにあのパソコンを使ってただけだから」
部長の細長い目がぎろりと睨む。
「ほんまか?」
「ほ、ほんとよ! 嘘じゃないの。斉藤先生に提出する資料をつくってただけだったんだからっ。か、加賀谷くんだって、インターネットがないと、ウィルスに感染できないって言ってたでしょ!」
それ以前に、文研のパソコンで学校の資料をつくっちゃいけないんですけどね。
「そないなら、あの日に何をしたか、全部しゃべるんよ」
「わかったわ。ええと、何をしたのかしら。パソコンを立ち上げて、デスクトップに保存してた資料のファイルを開いて、続きの文章を編集してたわ。編集した文章の内容まで言わないとだめなの?」
「そら、ウィルス感染と関係ないやろ」
「そ、そうよね。でも、こんなものかしら。あのパソコンはインターネットにつながってないから、ネットショッピングとかもできないし」
「USBメモリを忘れてるやろ」
「あっ、そ、そうね。ファイルを持って帰ろうと思ったから、USBメモリを使ったわ。あそこの棚からUSBメモリを持ち出したんだけど」
文研で管理するUSBメモリを保管する箱を指す。
柚木さんに頼んで、その箱を持ってきてもらった。
クッキーか何かを入れていた金属製の箱には、五つのUSBメモリと、四つ折りにされているUSBメモリの貸出用紙が入れられている。
USBメモリは、文研の備品であることがわかるように、同じ製品で統一されている。
細長い形状のオーソドックスなタイプで、USBのコネクタを保護するキャップがついている。
USBメモリのボディは、すべて白だ。お尻にはストラップがついている。
ストラップには番号の書かれた札がついていて、この番号と貸出用紙でUSBメモリを管理するのが文研で定められたルールだ。
柚木さんが二番と四番のUSBメモリを取り出す。
「先生はどのUSBメモリを使ったんですか?」
「どれだったかしら。全然覚えてないわ」
「貸出用紙を見たらわかるかもっ」
「そうよ! 柚木さん頭いいっ」
柚木さんが照れながら、USBメモリの貸出用紙を広げる。
用紙は図書室の貸出カードのように、名前と借りる日付を表に書き込むようになっている。
ウィルスに感染した日付を探す。しかし、最後にUSBメモリを借りた日付は、五日も前だった。
「逢理先生、まさか――」
「ちょ、ちょっと待って! そんなはずはないわよっ。借りるときに、ちゃんと名前を書いてるもん。ほら、これとか、これとかっ」
先生が半狂乱になって、用紙の自分の名前を指す。
部室に白々しい空気が流れた。
「どうして、あの日の書き込みがないの? ちゃんと書いたはずなのに」
「帰るときに書こうと思ってたんですかね」
「そうなのかなあ。ちゃんと書いてたと思ってたのに」
一見すると先生のミスで片付けられる問題だ。
しかし、他の貸出日付は用紙にちゃんと書いてあるのだから、あの日だけ記入が漏れているのは妙だ。
だれかが作為的に先生の書き込みを消したのか?
しかし、貸出用紙に書き込みを消した跡らしきものは見つからなかった。




