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第41話 教頭先生をたおせ!

 徹夜してなんとか書き上げたセキュリティ事故報告書をもって、放課後に職員室へ向かった。


 先生たちの出払っている職員室の前には、高杉先生と部長が集まっていた。


「いい? 教頭先生は、今回の件でめちゃくちゃ怒ってるから、くれぐれも機嫌を損ねるようなことを言っちゃだめよ。叱られても、絶対に口答えしちゃダメだからねっ」


 高杉先生が、耳打ちするような感じで言う。


 セキュリティ事故報告書を持つ俺の手は、少しふるえている。


 それなのに、部長は今日も飄々としている。頭の後ろで手を組んで、口笛を吹きそうな感じで。


「そないにびびらなくても、ええんではおまへん?」


「び、びびってなんか、ないわよ。あた――先生は、穏便に、問題を解決したいだけなんだから」


「あいりちゃん、こないだは散々やったもんなぁ」


「こ――」


 ぷっと失笑する部長に、先生の顔が恥ずかしさで紅潮する。


 しゅんと肩を落として、


「お願いだから、この前の話はしないで」


 職員室の前で泣き崩れそうだったので、俺は先生の肩を支えた。


「だいじょうぶですよっ。この前みたいにたくさん叱られたりしませんって。さあ、行きましょう!」


「そ、そうね! 行きましょうっ」


「おもろいせんせやなぁ」


 俺がふたりの前へ出て、職員室の扉を開けた。


 職員室は、三つの教室を縦につなげたくらいの広さで、粛然とした空気が流れている。


 灰色の業務用の机がたくさん並べられていて、机の上に参考書やノートパソコンが乱雑に置かれている。


 すぐ近くの机に、学年主任の斉藤先生の姿が見える。


 髪は三ミリくらいに短く切られていて、低い鼻のまわりが脂でてかっている。


 縁のない眼鏡は分厚くて、堅そうなイメージをさらに強めている。俺たちに挨拶する気はないようだ。


 窓側の席には木戸先生の背中が見える。


 白のジャージを来て、いかにも運動部の顧問の先生って感じだ。


 木戸先生はノートパソコンを立ち上げていて、その側面に黒のUSBメモリが取り付けられている。


 木戸先生が振り返って、にこっと微笑んでくれた。


「宗形くん。早くっ」


「あ、はいっ」


 高杉先生に促されて、いよいよ敵地へ乗り込むぞ。


 教頭先生は校長室の近くで、今日もノートパソコンを触っている。かたかたと、忙しない音を立てながら。


 高年男性特有のオールバックヘアで、今日はべっ甲の縁の眼鏡をかけている。


 眉間にシワが寄っていて、厳しそうなオーラを職員室へ撒き散らしていた。


 高鳴る鼓動がさらに強くなってくる。


「教頭先生。文学研究会の、山科部長と、宗形副部長に来ていただき、ました」


 高杉先生の口調がたどたどしい。がんばって。


 教頭先生が手を止めて顔を上げた。


「ご苦労だったね、高杉先生。ええと、山科さんは前にも報告しに来てくれたね」


「はい。こないだは、すんまへんどした」


 ぺこりと頭を下げる部長に、教頭先生が苦笑する。意外なほどの穏やかな雰囲気で拍子抜けする。


 教頭先生と目が合った。どきりと胸が跳ね上がる。


「きみが文研の副部長だね。名前は、ええと、なんだったかな」


「二年一組の宗形蓮示です」


「ああ、宗形くん。漢検の一級を持ってるっていう。職員室まで、わざわざご苦労様」


 教頭先生がのんびりした口調で微笑む。


 こんなに優しそうな人が前に激昂していたなんて、なんだか信じられなくなってくる。


「それで、高杉先生。セキュリティ事故報告書はまとめられたのかな?」


「はいっ。宗形くんっ」


 高杉先生に促されて、俺は一歩を踏み出した。


 報告書を両手で持って教頭先生へ渡す。


「こちらに、事故の経緯と対策案をまとめました。技術的なことは文研だけで解決できなかったので、パソコン部の助力を得ることになってしまいました」


「よろしい。では確認します」


 教頭先生が報告書を受け取る。パソコン部の力を借りたことは気にしないのか。


 教頭先生が報告書を静かに読み込む。


 両目を左右に動かして、文章の両端まで隈なく目を通しているのがわかる。


 無言の空気が圧力となって緊張を煽る。


 報告書の体裁を成していないこの書類に、教頭先生は何を思うのだろう。


 何十分間、教頭先生は報告書を読んでいたのだろうか。


 足に疲れを感じて、三回ほど姿勢を変えたときに、


「素晴らしい!」


 教頭先生が唐突に絶賛した。


「コンピュータウィルスの特徴や感染されたパソコンの症状、そしてパソコンの対策方法がしっかりとまとめられている。いや、何よりもこの新しい方式はなんだねっ。無線LANの導入なんて、よく思いついたな」


 教頭先生は、まるで子どものような無邪気さで、報告書の文章を喜々と指してくれる。


「USBメモリの廃止は必須事項だから、文研の部費でインターネットにでも加入するのかと思っていたが、そうか。パソコン部の無線LANルータを経由すれば、簡単にインターネットへ接続できるんだな。うむ、実に見事な方式だ」


 教頭先生が腕組みして何度もうなずく。


 高杉先生が俺の手を取って、「やったぁ!」とはしゃいだ。部長もぷくくと、楽しそうに笑っている。


「技術的な支援を、パソコン部へ依頼したところもいいね。自分たちの力を過信せず、有識者の知恵を借りて原因を分析し、確実に対処するのはとても大切なことだ。これなら、きみたちに安心してパソコンを管理させることができる。今まで通り、文研でパソコンを使いなさい」


「はい。ありがとうございますっ」


 文研のパソコンを守り抜くことができた。


 この許可がいただけるまで、とても長い道のりだった。


 教頭先生が報告書を机に置いて、報告書に署名と捺印を残してくれた。


「ただし、言うまでもないことだが、ウィルス感染したパソコンの復旧は確実に行うこと。今まで使用していたUSBメモリを、すべて職員室へ提出すること。そして、アンチウィルスソフトなどの追加の備品の購入は、すべて文研の部費で賄うこと。いいね」


「わかりました」


「パソコン部でライセンスなどが余っているかもしれないから、買う前にパソコン部へ相談した方がよいかもしれないね。あと、これは報告書に書かなくていいことだが、ウィルスの感染源は特定できたのかね?」


「ウィルスの感染源、ですか?」


 ウィルスの感染源は、USBメモリで間違いないはずだ。報告書にも、ちゃんと記入してあるはずだけど。


 なんて返答しようか困っていると、部長がひょいととなりまで来た。


「どのUSBメモリにウィルスが仕込んどしたか、ちゃんと調べろということどすか?」


「そう。コンピュータウィルスの感染経路が完全に特定できていないから、このままだとまたウィルスに感染する。文研のどのUSBメモリがウィルスの感染源だったのか、そのUSBメモリはなぜウィルスに感染したのかを追求しなさい」


 高杉先生が「はいっ」と返事する。


「わかりました。パソコン部と協力して、原因を徹底的に追究します」


「頼んだよ」


「あ、あのっ、そうなりますと、USBメモリの提出は、原因を見つけた後になりますけど、それでもいいですかっ?」


「かまわないよ。一週間くらいあれば、根本原因を特定することができるだろう。文研のUSBメモリは、それを目処に提出しなさい」


「はいっ。わかりました」


 追加で調査を依頼されるのは想定していなかったな。


 しかも、タイムリミットは一週間。かなり短い。


 俺は教頭先生へ頭を下げて、職員室を後にした。


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