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第4話 比奈子のファインプレイ

 俺たちの通う県立富岡けんりつとみおか高等学校は、標準的な偏差値と男女共学のごく普通の高校だ。


 制服は男女ともに黒のジャケットで、校風にも目立ったものがない。


 文研をはじめとした文化部の種類が多いのは、富高とみこうの隠れた魅力かもしれない。


 文研はやる気のない部活だ。真面目に活動している人はいないし、大会的なものを目指しているわけでもない。


 俺や部長が文研をまとめているのも、立候補者がひとりもいなかっただけだし。


 部長なんか、居眠りしていた隙に部長の任を押し付けられた感じだったからなあ。


「やる気のない部員たちの意識を変えていきたいんだけど」


 だれもいない部室で腕組みする。


 しかし、放課後でたるんだ脳みそで妙案なんて浮かばない。


「昨日は部活見学の初日だったから、いつも顔を出さない先輩たちも来てたけど、今日はだれも来ないんだろうな」


 だれもいない部室をぼんやりと眺める。


 漫研まんけんや新聞部なんかもモチベーションはかなり低いらしい。


 文化部なんて、どこもそんなものだろうけど、もうちょっと活気があればなあ。


「こんにちはー」


 部室の扉が開いて三年生がふたり入ってきた。


 しばらくして高杉先生も部室に入ってきた。


 今日も昨日と同じリクルートスーツ姿だけど、髪は束ねずに下ろしている。


「宗形くん、こんにちはっ」


「はい、こんにちは」


 先生が部室をきょろきょろと見回して、


「山科さんはまだ来てないの?」


「はい。今日はたぶん来ないんじゃないですかね」


「そっかあ」


 遠目からでもはっきりとわかるように、がくりと肩を落とした。


「山科さんは部長だから、できれば部室に顔を出してほしいんだけど」


「仕方ないですよ。先輩は自分から部長になった人じゃないですし、昔から幽霊部員でしたから」


「そうよね。嫌がっているのに無理強いするのはよくないもんね」


 先生がクリーム色のファイルを置いて、となりの席に座った。


「でも、宗形くんがいるから安心ね。うちの部活のこと、なんでも知ってるし」


「あ、はい。がんばります」


 俺にばっかり頼られても困るのですが、そんな反抗はできないので素直に頷くしかない。


「今日も新入生が来てくれるといいね」


「来ますかね。うちみたいにマイナーな部活に」


「来るわよっ。ほら、ビラ配りは三年生ががんばってくれたからっ。それに、新歓しんかんの部活紹介だって、宗形くんががんばってくれたじゃない」


「ああ、そんなのありましたね」


 新入生歓迎会は先週の金曜日にあって、文研の部活紹介は最後の方に紹介された。


 けれども、俺は緊張して台詞を何度も噛むし、部長は大勢の前で平然と寝るしで、かなりぐだぐだな結果で終わった。


 いや、あれは完全なる黒歴史だ。


 四次元ポケット的な袋があったら、あの黒歴史を完全に削除してくれる、記憶抹消ツールなるものを出してほしい。


「ああっ、宗形くんは、部活紹介のことをあまり思い出したくないのよねっ」


 先生が慌ててフォローする。


「でもほらっ、そのお陰で昨日はたくさんの新入生が見学に来てくれたんだからっ、だいじょうぶよ!」


「そうですね。昨日の子たちはきっと、部活紹介の俺の無様な姿を思い出して、心の中でほくそ笑んでたんですね」


「そんなことないからっ! 宗形くん、元気を出してっ!」


 先生に背中を叩かれても、丸まった背中には響かないわけで。


 過ぎてしまった過去を消すことはできないけど、とりあえず思うことは来年の部活紹介では先生を駆り出すようにしよう。


「宗形くんには妹がいるんだよね」


「はい。ひとつ年下の妹です」


「そうなんだっ。じゃあ高校一年生になったばっかりなのね」


「そうです。うちの高校へ入学したんですけど」


「えっ、そうなの!?」


 先生が大げさに仰け反ったので、その反動で椅子が後ろへ倒れそうになった。


 慌てる先生の手をつかんで強く引っ張った。


「先生、だいじょうぶですかっ?」


「あ、うん。びっくりしたあ」


 先生の細い手首は小枝のようだ。


 表面は艶やかでしっとりしている。力を少し込めたら手首はぽきっと折れてしまいそうだ。


「びっくりしすぎて、倒れそうになっちゃった」


「気を付けてくださいよ。倒れて床や壁に頭をぶつけたら、大怪我になりますよ」


「そうよね。この前も、うちでお弁当の準備をしてたら、お弁当箱を探してるときに足を滑らせちゃって、床に思いっきりお尻をついちゃったのよっ」


「えっ、だいじょうぶですか?」


「ええ。ほら、あたし、身体だけは丈夫だから。子どものときなんか道路に飛び出して車にぶつかったけど、全然怪我しなかったのよっ」


 先生が、「えっへん」と無駄に胸を張った。


「ごめんなさい。なんの話をしてたんだっけ」


「俺の妹がうちの高校へ入学したという話です」


「ああ、そうだったよね。妹さんの名前はなんていうの?」


「比奈子です。比べる奈良県の奈に子どもの子です」


 机のフックにかけている鞄からルーズリーフを取り出して、比奈子の名前を書いた。


「宗形比奈子さんね。クラスは何組?」


「四組ですね。背が小さいから見たらすぐにわかりますよ」


「そうなんだ――」


「にいっ!」


 部室の扉がばたんと押し開けられた。先生がびくっと身体をふるわせる。


「だ、だれっ!?」


「にいっ、ことちゃんを連れてきたよっ!」


 声を張り上げて部室へ入ってきたのは、妹の比奈子だった。


「ひ、ひなちゃんってばっ」


 怖いもの知らずの比奈子に手を引かれて、柚木さんが申し訳なさそうに頭を下げる。


「ひな、何しに来たんだ。今日も空手部の部活見学へ行ってるんじゃなかったのか?」


「ふっふっふー。昼休みにことちゃんとばっちり再会して、にいのいる文研に行こうか迷ってたから、僕が引っ張ってきてあげたってわけっ!」


 本人の同意を得ずに引っ張ってきたら、迷惑なんじゃないか?


 そう具申しようと思ったけど、今日も柚木さんに会いたいと思っていたから、比奈子のファインプレイに今日のMVPを捧げる。


「わ、わたしは、別に、その……」


 柚木さんは今日も恥ずかしそうに、比奈子の陰でもじもじしていた。


 うつむきながら俺を見つめていた。


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