第27話 パソコン部の部長を説得できるか
パソコン部の部長に頭を下げた。
「単刀直入にお願いします。どうか、うちのパソコンを診てください」
脳天の先から、煎餅を食べる音とビニール袋を漁る音が聞こえてくる。
パソコン部の部長からの応答はない。面を上げて、パソコン部の部長を正視した。
「文研の部室に四台のパソコンがあるんですが、そのうちの一台の画面が、急に真っ赤になってしまって、中のファイルが見れなくなってしまったんです」
部長の眉尻がぴくりと動く。
「ダイアログに、タイムリミットのようなものが表示されて、その時間までにお金を払わないといけないみたいで、みんなパニックになっているんです。俺たちに力を貸していただけませんか」
この人だったら、あのパソコンに仕掛けられたウィルスを特定することができるはずだ。
「おそらく、ウィルスの仕業だと思うのですが、原因がわからなくて困ってるんです。パソコン部の人でしたら、パソコンにお詳しいので、すぐに原因を突き止めてくれると思い、やってきました。どうか、文研のパソコンを治してくださいっ!」
俺は背を正して、またまっすぐに頭を下げた。
必死すぎる情けない姿をパソコン部の人たちに見られていると思うと、顔が途端に熱くなってくる。
五秒くらい経って、「ふん」と毒づく声が聞こえた。
「原因がわからないとか言ってるけど、ウィルスの仕業だと断定できてるじゃないか。それなら俺たちに頼らなくても、なんとかなるんじゃねえの?」
「それは違います! ウィルスの仕業だというのは、俺の安易な想像ですっ。俺たちではどうしようもないから、頼みに来たんです。どうか、文研のパソコンを治してください!」
「嫌だね。なんで、そんな面倒くせえことを、俺たちがしないといけねえんだよ。俺たちにメリットは? 彼女でも紹介してくれんの?」
「そ、それはっ」
「お前さぁ、どこのだれだか知らねえけど、頭悪いんじゃねえの?」
部長はあざ笑って、右のこめかみをひと差し指で指した。
「文研の兄ちゃんよ。世の中っていうのはギブアンドテイクで成り立ってるんだぜ。わかるよな。家族でも友達でもねえやつを説得するには、それ相応の対価が必要なんだよ。リーマン的に言ったら、ウィンウィンの関係ってやつ?」
部長の言葉に部員の何人かが失笑する。
「仮に俺たちが出向いて、お前らの部のだせえパソコンを治したところで、ありがとうございましたって、礼を言われておしまいだろ。こんな面倒くせえこと、だれがやるかってんだ――」
そう言いながら、部長が机をとんとん叩く。
「と、言いてぇところだが、お前、さっきなんて言ってたんだ?」
「なんて言ったと申されますと? ウィルスの仕業だと言ったことですか?」
「違うっ。最初に言ってたパソコンの症例だっつーの」
この人は急に何を言い出すんだ?
「パソコンの症例は、画面が急に赤くなってしまったことと、ファイルの中身が妙な記号ばかりになってしまったことです」
「他には?」
「他には、ええと、画面にタイムリミットが表示されていたことと、あとは、その時間までにお金を払わないといけないという警告メッセージが表示されていたことくらいでしょうか」
「ファイルが見れなくなって、タイムリミットまでに金を支払えと言われたのか」
部長が小言を漏らして、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。
そして、丸い指で画面を操作しはじめた。
パソコン部の部長の心変わりに、柚木さんと顔を見合わせる。柚木さんも眉尻を下げている。
パソコン部の部長は、スマートフォンを楽しげに眺めて、にやりと笑った。
達磨のような身体を急に起こして、
「お前ら、ちょっと出かけてくっから、後を頼んだぞ」
「はいっ」
俺の脇を颯爽と通り抜けた。
「パソコンを治してほしいんだろ? さっさと案内しろよ」
「あっ、はい」
この人の気がどうして変わったのか。意味がまったくわからない。
柚木さんが、硬い表情を少しくずして微笑んだ。
「先輩、よかったですねっ」
* * *
文研の部室へ帰ると、ウィルスに感染されたパソコンに、文研の部員たちがまた集まっていた。
その中心でパソコンを操っているのは、木戸先生だった。
「先生」
「あ、宗形くんか」
振り返った木戸先生は、ひどく狼狽していた。
「どうして、木戸先生が部室にいるんですか」
「高杉先生が教頭先生に呼ばれたから、僕が替わりにパソコンを診ているんだ」
木戸先生は、パソコンのタッチパッドを操作して、画面に複数のウィンドウを表示している。
右手でマウスを忙しく動かして、「くそ、どうしてだっ」と苦言を漏らしている。
「あーあ。全然なってねえな」
後ろから、どんと押し出される。パソコン部の部長が押したんだ。
そのまま、木戸先生の肩も押しのけて、
「先生、どきな」
「あ、ちょっとっ」
問題のノートパソコンと対峙した。
パソコン部の部長が、画面上のウィンドウを閉じて、真っ赤な画面を見やる。
そして、タイムリミットの表示されているダイアログを眺めて、喜色を浮かべた。
「すげえ。マジで感染されてるよ」
部長がダイアログの説明文を指でなぞる。せせら笑って何度もうなずいた。
「原因がわかったんですかっ?」
「当たり前だろ。つっても、生で見たのは初めてだけどな」
「それは、どういう意味ですか?」
「どういう意味もねえよ。ランサムウェアに感染されてるパソコンなんて、生で見れるわけねえだろっ」
「ランサムウェア? それが、うちのパソコンに仕掛けられたウィルスの正体なんですか!?」
パソコン部の部長の肩を揺する。部長が嫌がって俺の手を払いのけた。
「べたべた触んじゃねえよっ。気持ちわりい」
「すみません。つい興奮してしまったものですから。それで、ランサムウェアというのは、どんなウィルスなんですか?」
部長は、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。
指で画面を何度か操作して、
「これだよ」
スマートフォンを差し出してきた。
目の前に表示されていたのは、コンピュータの技術を紹介するホームページだった。
タイトルに太字で「ランサムウェア」と書かれている。
柚木さんや他の部員たちも、後ろからスマートフォンを覗き込んだ。
× × ×
ランサムウェアとは、感染したパソコンをロックしたり、ファイルを暗号化することによって使用不能にし、元へ戻すことと引き換えに「身代金」を要求する不正プログラムです。
「ランサム(ransom)」とは、身代金という意味をあらわす英単語です。
スパムメールや、改ざんされた正規のサイトから、脆弱性を攻撃する不正サイトへ誘導され、ランサムウェアに感染します。
ランサムウェアが活動を開始すると、感染したパソコンの特定の機能を無効化し、操作不能にする、もしくはファイルを暗号化して、利用不能にします。
パソコンを感染前の状態へ戻すことと引き換えに、金額の支払いを要求する画面が表示されます。
ランサムウェアに感染した影響として、パソコンの有効な操作ができなくなります。
また、身代金を支払うことで、金銭的な被害を被ります。
身代金を要求された連絡先へ送金しても、パソコンを感染前の状態へ戻される保障はありません。
パソコンを元へ戻すどころか、さらなる身代金を要求される恐れがありますので、身代金は絶対に支払わないでください。
ランサムウェアは、実在するコンピュータ・ウィルスです。
パソコン内のファイルが暗号化されてしまう(使えなくなる)ところや、身代金を要求されるところは、実在するランサムウェアの動作です。
ランサムウェアに感染してしまった場合は、絶対に身代金を支払わないでください。
ランサムウェアに感染したパソコンは、初期化で対応するしかありません。。




