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第2話 文研の部活見学

「じゃあ、新入生の対応、よろしくっ」


 眼鏡の男子部員に促されて俺は反射的に席を立った。


「こんにちは。部活見学の方ですか」


「あっ、はい」


 あの子のとなりで、所在なげに立ち尽くしている新入生が返事する。


 茶色みがかった髪を後ろの一点で結ぶ、面長な顔の子だ。


「部活動の説明をしますから、中へ入ってください」


 ポニーテールの新入生が、あの子と小声で会話する。


 お互いのジャケットの裾を引っ張りながら、ふたりは部室へ入った。


 セミロングの髪の新入生を間近で見つめる。見れば見るほど、思い出のあの子に似ている。


 彼女も何か思うところがあるのか、俺の顔をじっと見つめ返してくる。


 目が合うたびに逸らして、また目を合わせることを繰り返す。


「本日は数多くの部活の中から文研を選択していただきまして、ありがとうございます」


「は、はいっ」


「文研の正式名称は文学研究会と言います。文研は文学の楽しさを校内へ広めるために設立されました。小説やライトノベル、童話や詩など、文学に関わるものならなんでも――」


「副部長っ」


 三年生の女子部員に呼び止められた。


「まずは部活見学用紙にサインしないと」


 新入生は部活を見学した証拠として、部活見学用紙というプリントの携行を義務付けられている。


 見学された部活では、部活見学用紙に日付と代表者の氏名を記入する決まりになっている。


 部活見学用紙のことは把握していたけど、緊張してるのかな。


「すみませんが、部活見学用紙を出してくれませんか。サインしますから」


 新入生のふたりがジャケットのポケットに手を入れる。丁寧に四つ折りにされた用紙を机に置いてくれた。


 部活見学用紙の左上には、所属するクラスと氏名が記載されているはずだ。


 セミロングの髪の子が持っていた部活見学用紙には、「一年一組 柚木ゆずき琴葉ことは」と記入されている。


 間違いない。この子は小学生のときにうちへ遊びに来ていた「ことは」だ。


「申し遅れました。俺は二年の宗形むなかたといいます。僭越ながら文研の副部長を務めております」


「はあ」


「本来なら部長が部活動の説明をするのですが、部長はただいま熟睡中でして、俺が代役を務めています。あそこで熟睡しているのが部長の山科やましな先輩です」


 部長は窓のそばの机に突っ伏している。旋毛つむじを新入生に向けながら。


「部長は寝ているのがデフォなので、あまり気にしないでください」


「あ、はいっ」


「文学系の部活というと普通は文芸部という名前になると思うんですけど、うちは違います。文研を設立した先輩が、『文芸部なんていう名前はへなちょこでかっこ悪い。わたしは文学をストイックに研究したいから、文学研究会にするんだっ』と言って、同級生たちの反対を押し切って、文学研究会という名前にしたそうです」


 文芸部の方がかっこいいし、新入生の受けもいいと思うんだけどな。


「高い志と理念で設立されましたが、厳しい部活ではありません。表向きは毎日の参加が義務付けられていますが、毎日来なくてもだいじょうぶです。先輩たちも自由に活動していますから、あまり硬くならずに活動してください」


 できれば毎日顔を出してほしいけど、帰宅部の隠れ家になっていることが文研の存続理由になっているのだから、贅沢を言ってはいけない。


「文研の主な活動は読書と執筆です。小説やライトノベルを読むのが建前ですが、あそこの本棚には漫画もたくさん入っています。また図書室から本を借りることもできまして、自宅へ持ち帰らなければ、貸出カードに――」


「ごめんなさい! 遅くなりましたっ!」


 部室の教壇側の扉が力任せに開かれる。


 戸口から飛び込んできたのは顧問の高杉先生だった。


 先生は下ろし立ての黒いリクルートスーツに身を包み、栗茶色の長い髪を右側でひとつに束ねている。


 肌も若々しいから、大学生のお姉さんが就職活動をしてるような感じだ。


 教育実習を終えて間もない新米教師だし、アイドルみたいに可愛い人だからクラスメイトがぞっこんになるのは無理もない。


「宗形くん。新入生は来たっ!?」


 先生が俺の下へ駆け寄ってくる。


「はい。こちらに」


「えっ、こちらに!?」


 先生が驚いて大げさに振り返る。腰に机の端が当たって、がたっと物音がした。


「高杉先生、こんにちは」


「あっ、こ、こんにちは。ええと――」


「一年一組の矢野と柚木です。先生が顧問をしてるって聞いたので見学に来ましたっ」


「ああっ、そうだったのね。見学に来てくれて、ありがとう」


 先生の言葉にふたりがくすくすと笑う。


「先生は一年生の現文の担当なんですよね」


「そうよっ。こう見えても教頭先生と学年主任の斉藤先生から期待されてるんだからっ」


 先生がえっへんと胸を張る。ジャケットに隠された胸が大きく揺れた。


「宗形くんっ。ところで山科さんはっ?」


「部長なら、いつもの通りにあそこで寝ています」


「えっ、まあっ!」


 窓際で熟睡している部長を見て先生が悲鳴を上げた。


「山科さんっ、起きてっ! 部活見学の新入生が来てるんだからっ」


「むにゃぁ?」


 先生が部長の肩を何度も揺らす。部長は寝ぼけ眼で身体を揺らされている。


「山科さんは部長なんだからっ。お願いだから今日だけは寝ないでっ!」


「あ、あいりちゃん。目が、回るから、揺らすのは、あかん」


 先生が部長の身体を起こして、こちらまで引きずってくる。


 そのシュールな光景に新入生のふたりが呆気にとられる。


 部長がとなりの席に座らされて、「眠いぃ」とぼやいた。


「ええと、この人が文研の部長です」


「部長の山科どすぅ。やまちゃんって呼んでねぇ」


「はあ」


 新入生のふたりが、ぽかんと口を開けている。


「あだ名で呼ぶんやったら、あいりちゃんみたいに、名前で呼んだ方が、ええわな。ほな、きょうか、ちゃん、ちゅうこと、で」


 身体をふらふらさせていた部長が俺に寄りかかる。


 先生がすかさず立ち上がって部長の身体を支えた。


「あうっ」


「山科さん、寝ちゃだめよっ! 新入生が見てるんだからっ」


「あいりちゃんの、いけずぅ」


「お願いだから、新入生の前では、先生と呼んでねぇ」


 苦言を漏らす先生に、新入生のふたりが苦笑した。


「こんなふうにゆるい部活なので、気軽に入部してください。他の先輩たちも気さくな人たちばかりですから、きっと楽しい部活になると思います」


「はいっ」


「執筆はあそこのノートパソコンでできますし、作文用紙も用意してあります。部室で書いてもいいですし、作文用紙を自宅へ持ち帰ってもかまいません」


 真面目に活動している部員は自分を含めて数人しかいないけど、その事実はふたりに伏せておこう。


「ノートパソコンは四台あります。インターネットにつながっていないので、検索はできませんが、執筆に役立ててください」


「データを持ち帰りたい場合は、文研で保管しているUSBメモリを貸し出すので、先生や副部長に申請してくださいねっ」


「はいっ!」


 先生が言葉を付け加えると、ふたりは爽やかな笑顔で返事した。


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