表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

156/164

第156話 いっしょに落ち込んでくれる人

「にい」


 思いがけない声がかかって、心臓が胸から飛び出しそうになった。


 力なく振り返ると、校舎の陰に比奈子の姿があった。となりには四橋さんもいる。


 比奈子は、しょんぼりと肩を落としていた。普段の快活さと覇気は見る影もない。


 四橋さんは俺と比奈子を見比べて、少しそわそわしていた。


「さっきから、そこで見てたのか」


 比奈子が浅くうなずく。いたずらをして怒られている子どものように。


 告白する姿を覗き見されて、いつもなら怒りの感情が沸いてくるはずだった。


 しかし、今は怒りがまったく沸いてこない。覗き見されていたことなんて、もはやどうでもよかった。


 比奈子がとぼとぼと歩み寄ってくる。強い風が一回でも吹いたら、校庭の彼方まで吹き飛ばされてしまいそうだ。


「にい、ごめん。僕、僕……」


 弱弱しい比奈子の口元が、うじうじと小さく動いた。


 つぶらな瞳から一筋の雫が流れ落ちる。静かな表情がくしゃっとつぶれて、涙がとめどなく流れはじめて――。


「ひなっ」


 俺の足がまた急に力を得ていた。泣き崩れる比奈子の身体を全身で受け止める。


「にい、ごめんなさい。ごめんなさいっ」


「お前のせいじゃない。お前は、何も悪くないっ」


 比奈子は、俺の胸の中で何度も懺悔ざんげしていた。四橋さんもつられて涙を流す。


 俺はどうすることもできず、わんわんと泣く比奈子の肩を抱きしめるしかなかった。



  * * *



 四橋さんを教室へ帰して、俺は比奈子と二時過ぎまで近くのベンチでたたずんでいた。


 好きだった子にふられて、午後の授業なんて受ける気になれない。


 比奈子も泣き止みはしたけれど、大泣きしたせいで目もとが赤く腫れあがっていたから、午後の授業を受けられる状態ではなかった。


 比奈子の鼻をすする音を聞きながら、昼下がりの空を呆然と見上げる。


 だれも通らない学校の裏庭にあるのは、静寂だけ。ゆるやかな空気の流れが、傷ついた心をそっと癒してくれる。


 今日は何もする気が起きないから、ここでじっとしていたい。


 だけど三時を過ぎれば、生徒たちが校舎から出てくる。それは微妙に気まずいな。


「ひな。ここにいたら、先生とかに見られるかもしれないから、とりあえず学校を出ようぜ」


 比奈子は両手をにぎりしめたままだったが、


「なんで、にいは平気なの」


 少しの間を置いて、そう訊ねてきた。


「平気って、何がだよ」


「ことちゃんのことっ。ことちゃんにふられたのに、なんでそんな冷静でいられるの!?」


 俺は平気じゃないし、大して冷静でもないんだけどな。


 でも、比奈子に不審がられているから、今の気持ちの整理をしなければ。


 俺は右手で頭を掻いた。


「別に平気じゃないし、めちゃへこんでるんだけどな。でも、そうだな。言われてみれば、気持ちはわりと冷静かもしれない」


 比奈子が真剣な面持ちで俺を見上げている。


「ふられた直後は、立ちくらみが起きそうな感じだったけど、今はそうでもない。それは、たぶん、お前のお陰なんだと思う」


「僕の、お陰?」


「ああ。お前がさっき、俺の分まで泣いてくれたから、なんというか、悲しさに耐えることができたんだ。ああ、だめだったんだなって、現実を静かに受け入れられたんだと思う」


 自分の心境がよくわからないから、思いつく限りのことをしゃべってみる。


 こんな理論のかけらもない意見で、比奈子が納得するとは思えないが。


「なによ、それっ。意味わかんない」


 比奈子がへそを曲げるように言った。


「仕方ないだろ。好きな人にふられたことなんてないんだし、俺だって、今の気持ちがよくわからないんだから」


 諦めるように言い返すと、比奈子は途端に悲しげに、


「そうだよね。にいにとっても、ことちゃんは大事な人だったんだもんね。そんな人にふられて、気持ちの整理なんてできないよね」


 俺の言葉を静かに受け入れてくれた。


「すまないな。頼りない兄貴で」


「ううん。僕の方こそ、変なこと言って、ごめん」


 立ち上がって、ぐっと伸びをする。今日は暖かいから、夜まで外にいてもだいじょうぶそうだ。


「じゃ、とりあえず学校の外に出ようぜ。ここにいたら、先生とかに見つかりそうだから」


「うん。あ、かばん」


「かばんなんて、一日くらい学校に置いていってもいいだろ。財布とスマホはポケットに入ってるんだろ?」


「うん」


 重い足を引きずって、学校の裏門に向かう。比奈子が静かについてくる。


「学校、さぼるんだ」


「ああ。こんな気持ちで、授業なんて受けられないだろ」


「うん。そうだけど」


 そうだけど、なんだよ?


「僕はともかく、真面目なにいが学校をさぼるのって、なんか変だなって、思って」


 比奈子が少し呆れるように苦笑した。


「そうか? 俺は真面目じゃないし、授業なんて、毎日さぼりたいって思ってるんだけどな」


「そうなの? そういう風には全然見えないけど」


「それは如月や艸加にもよく言われるよ」


 俺はまったく真面目じゃないのに、どうして他人からそう思われるのだろうか。


 部長にも、事あるごとに真面目だと呆れられていた気がする。


「なんだろう。なんとなく真面目に見えるのかな」


 落ち葉を踏みしめながら、学校の裏道を歩く。


「俺は自分から羽目を外すタイプじゃないし、学校の授業も一応さぼらずに受けているから、なんとなく真面目に見えるのかもしれない」


「ふうん」


「内心では、学校の授業なんてかったるいし、羽目を外せないのだって、変なことをして問題が起きたら怖いと思ってるだけだから、やはり本質的には真面目じゃないと思うぞ、俺は」


 なんで、俺が真面目かどうかを真剣に語っているのだろうか。腕組みして考えてしまう。


 比奈子が俺のとなりまで歩み寄って、


「そういう、どうでもいいことをいちいち考えるから、真面目だって思われるんじゃないの?」


 俺の意見に真面目に反論する。


「そうなのか?」


「そうでしょ。他の人だって、そう言ってるでしょ?」


「そうだな。部長には、よく言われてるかもしれない」


「ほら、やっぱり」


 比奈子が「えっへん」と胸を張った。


「じゃあ、俺のくだらない話にいちいち付き合ってるお前も、実は真面目なのかもな」


「はあ? なにそれ。にいといっしょにしないでほしいんですけどっ」


「嫌なのか? いっしょじゃあ」


「嫌に決まってるでしょ。なにそのシスコン体質。きもいから、いい加減に卒業してほしいんだけど」


 比奈子がいつものように悪口を言う。そして、くすりと笑った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ