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第151話 比奈子に相談するしかない

 勢い余って、村田に啖呵たんかを切ってしまったが、柚木さんを説得する方法なんて何も思いつかない。


 またメールしようかと思ったが、無視されることが明白だった。


 村田の含みのある視線は気にならなかったが、他の部員たち――とくに一年生たちから見られることが耐えられなかった。


 部活を早めに切り上げて、逃げるように学校を後にした。


 最近は、部活を早く終わらせることが多くなった。これも、柚木さんの影響によるものなのか。


 夕陽に照らされている歩道を眺めながら、思う。


 彼女の気持ちの変化に、どうして早く気づけなかったのか。


 思い返せば、比奈子から何度も警告されていた。気をつけないと、柚木さんの気持ちがはなれると。


 夕陽を茫然と見上げる。冬が近づいて、陽の落ちる時間がだいぶ早くなってきた。


 ああ、そうか。彼女の気持ちが、俺からはなれることはないと思い込んでいたんだ。


 俺に見せてくれる、彼女の優しい笑顔。あの従順な姿が、俺の中で、いつの間にか当たり前のものになっていたから。


 なんて傲慢なんだ。当たり前だなんて、彼女の好意を踏みにじる最低な考え方じゃないか。


 彼女の気持ちがはなれてしまった本当の原因は、俺が有栖川と仲良くなったからじゃない。


 俺のこうした驕慢きょうまんが、彼女を傷つけてしまったからなんだ。


 帰宅しても沈んだ気持ちは元に戻らない。


 気を紛らわせるために、スマートフォンでゲームをやってみるけど、ちっとも楽しくない。


 夕食の後に、スマートフォンを片手に懊悩していると、メールの受信箱に新着のメールが届いていることに気づいた。


 柚木さんからの返信なのか!?


 期待と恐怖で高鳴る胸を抑えて、メールの受信箱を開くと、未開封のメールの送信者に「有栖川由香梨」と書かれていた。


「なんだ、柚木さんじゃないのか」


 寂しいような、少し安心したような。


 それにしても、有栖川がメールを送ってくるなんて、めずらしい。なにかあったのだろうか。


 不思議に思いながらメールを開封すると、


『後輩を説得することはできましたか?』


 その簡素な文章だけが本文に記載されていた。


 そういえば、柚木さんのことを有栖川に相談したんだっけ。俺のそんな行為が、彼女を苦しめる原因になってしまったのだけれど。


 ――説得はできなかった。


 そう返そうと思ったけど、できなかった。有栖川、すまない。


 スマートフォンを放り出して、柚木さんを説得する方法を考える。


 しかし、いくら考えても良案を導き出すことができない。


 こうなれば、仕方ない。最後の手段だ。


 重い身体を起こして部屋を出る。となりの部屋の扉をノックした。


「ひな。いるんだろ。部屋に入ってもいいか?」


 くだらない意地をいつまでも張っている場合ではない。比奈子を説得して、その力を借りるんだ。


「ひな、頼む。相談したいことがあるんだ」


 部屋からの応答がない。この時間なら、風呂から出てきて、部屋でまったりしてるはずなのに。


 もう一度ノックしようかとためらっていると、


「なに、今さら。やっと反省する気になったの?」


 敵意を過分に含んだ応答があった。


「そうだ。すまない。俺が全面的に悪かった。そのことで相談したいんだ」


 兄の威厳なんて、どうでもいい。どんな方法をつかってでも、柚木さんとの仲を修復したいんだ。


「じゃ、入ってくれば?」


 少しの間があって、そっけない応答があった。比奈子、恩に着るぞ。


 比奈子の部屋の扉をおそるおそる開く。


 比奈子は勉強机の椅子に座って、傲然と腕組みしていた。寝間着に濡れた髪を垂らして。


 比奈子の視線が針のように突き刺さる。だが、喧嘩した後の関係なんて、いつもこんな感じだ。


「急に押しかけて、すまないな。勉強してたのか?」


「そんなのは、別にどうでもいいでしょ。で、なによ。相談って」


 比奈子が突き放すように言った。


 部屋の真ん中に置かれているガラスのテーブルのそばに座る。


 思い立って部屋まで来たが、口が開かない。かゆくないのに、頭を何度か掻いた。


「相談っていうのは、柚木さんのことなんだ」


 比奈子の細い眉尻が、ぴくりと動いた。


 今日の顛末を包み隠さずに話した。柚木さんに嫌われたこと。柚木さんに妙な誤解を受けていることを。


 そして、このままだと文研が崩れてしまうことを告げると、


「だから、言ったでしょ。一度疑われたら、おしまいなんだって」


 そんなことを言ったか? 素朴な疑問が脳裏に出てきたが、有無を言わさずにそれをかき消した。


「ことちゃんは、にいのそういう態度に嫌気が差したから、文研に行く気がなくなったのよ。もう、わかってるよね?」


 それは、承知している。さっき気づいたばかりなんだが。


 比奈子が椅子から降りて、テーブルを挟んだ向かいの床に座った。


「で、その、有栖川先輩だっけ? 漫研の副部長の。その人とは付き合ってるの?」


「付き合ってるわけないだろう。クラスで席が近いから、話すようになっただけだって」


「でも、そのわりには、ふたりで遊びに行ったりしてるんでしょ」


 う。比奈子の見方は今日も冴えている。


「どうなのよ。だまってないで、何か言いなさいよ」


「はい、そうです」


「じゃ、紅茶のあの紙袋とか、前にえろい顔で遊びに行ったのも、その人が関係してるのね」


「はい、そう――」


 比奈子の言い方は、有栖川が諸悪の根源であると断定しているようだ。


 有栖川は何も悪くない。それだけは、なんとしても弁解しなければ。


「ちょっと待て。お前は、有栖川が悪いと決めつけているみたいだが、あいつのせいじゃないぞ。悪いのは俺――」


「なにそれ。この期に及んで、その人の肩を持つわけ?」


「そうじゃない。俺は真実を語ってるだけだっ」


 比奈子の眉間にしわが寄る。こいつの怒っている顔は、それなりに怖さがあるから苦手だ。


「有栖川は、人をたぶらかすようなやつじゃない。真面目で、冗談も言えないようなやつだ。お前だって、話せばわかるって」


「そんなの知らないもん。僕は、その人を知らないんだから」


「それなら、今度会わせてやる。だから、あいつを悪く言うのだけは、やめてくれ」


 そう言い切ると、比奈子がわずかにたじろいだ。不満げに目を逸らして、


「そうやって他の人の肩を持つから、ことちゃんに疑われるのよ」


 ぼそりとつぶやいた。


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