第147話 文研が壊れていく?
「こんにちはー」
部室の教壇側の扉が開いて、どっかのあほな顧問――じゃなくて高杉先生があらわれた。
球技大会はもう終わったのに、今日も派手なピンク色のジャージを着ている。
耳の後ろ括っている髪の毛先が、ぴょんとはねていた。
「先生、こんにちはー」
「はい、こんにちはっ」
いいことでもあったのか、先生は鼻歌を歌いながら俺の席へやってくるが、
「こんちはっす」
村田と目が合うと、「げ」と身体を仰け反らせた。
「げ、ってなんすか。先生」
「そんなこと、言ってないわよ」
「俺を見て、顔が露骨に変わりましたけど」
「そんなこと、ないわよっ。おほほ。おほほ」
先生が俺の腕を強く引っ張る。そのまま部室の端まで連れていかれて、
「宗形くん! あの子、なんで今日も来てるの!?」
半狂乱なことを小声で口走る。
「なんでって、うちの部員だからじゃないすか?」
「えっ!? あ、そ、そうだったっけ」
そうだったっけって、入部の手続きをお願いしたはずなんですが。球技大会の前あたりに。
村田の視線がえぐいほどに先生の背中に突き刺さっているが、先生はまったく気づいていない。
「あのですね、先生。非常に言いづらいのですが」
「なによ、改まって。今日の宗形くん、様子が変よ」
「いや、さっきから、めっちゃ睨まれてますよ」
「ええっ!?」
村田を指すと、先生が深夜アニメの萌えキャラみたいに飛び跳ねた。
村田が「くく」と口元をゆるめる。目はまったく笑っていない。
「なんすか。俺がいちゃ、迷惑なんすか?」
「迷惑じゃないわよ。おほほ。おほほ」
「つくり笑いすんなよ。ばばあのくせに」
「ば……!」
まずい! 嚇怒しそうな先生をなだめて、
「村田も、いい加減にしろっ」
「へーい」
堪え切れなくなって注意すると、村田が間延びした声で返事した。
「あたし、あの子、嫌いっ」
「まあまあ。落ち着いて」
村田が入部してから、部室の空気が最悪だ。柚木さんは来ないし、綿矢さんたちも迷惑そうだし。
部長だったら、こういうときにどう対処するのだろうか。
部長に相談したいけど、何度も電話したら受験勉強の邪魔になるし。
「おっ、このパソコン、ネットできんじゃん。マジやべえ」
村田はこの調子だし。
このままだと、文研が壊れていってしまう。
* * *
柚木さんのことを比奈子に相談してみようか。
しかし、柚木さんは風邪を引いて、学校に来なかっただけかもしれないし。
そうだとしたら、俺は相当な早とちり野郎になってしまうぞ。それは、かなりかっこ悪い。
そもそも、比奈子とはこの前に喧嘩したばかりだから、できることなら、あんなやつに相談なんてしたくない。しゃべりたくもない。
夕食を食べ終えて、部屋のベッドに寝転ぶ。仰向けになって天井を見つめた。
文研に危機が訪れているというのが、俺の取り越し苦労なら、いいんだけど。文研を取り巻くただならない雰囲気に、どことなく恐怖を覚えてしまう。
だけど、ひとりで懊悩したところで、文研の嫌な空気を変える方法なんて、思いつくわけもない。
村田の暴走は抑えられない。先生や部員たちの気持ちを静めることもできない。
このままだと、文研は空中分解。みんなのモチベーションが下がっていって、文研の活動はどんどん縮小されてしまう。
ただでさえやる気がないのに、これ以上やる気がなくなったら、部活の存続すら怪しくなってしまうんじゃないだろうか。
それはまずい。部長から文研をまかされたばかりなのだから、なんとかして文研をよくしていかないと。
寝返りを打って、悶々とする考えをまとめようとする。しかし、危機感ばかり募らせる頭は、からまわりしてばかりで、全然静まってくれない。
部屋のテレビもつけずに一時間ほど悩んで、なんとなく喉がかわいてきた。
一階に降りて冷蔵庫の扉を開ける。ウーロン茶をコップに注いでいると、比奈子とばったり出くわしてしまった。
比奈子は薄い肌着にピンク色のジャージを穿いていた。頭にタオルを被せて、濡れた長い髪をごしごしと拭いている。
比奈子は身じろぎせずに俺を見ていたが、
「ふんっ」
悪態をついてダイニングから出ていってしまった。
こちらの関係も黄色信号が灯ってるな。どうして、こうなった?
注いだウーロン茶を飲むことも忘れて、呆然と廊下を見つめることしかできない。
明日は、柚木さんは部室に来てくれるだろうか。
メールを送って、体調が悪いのかどうかを聞けばいいのかもしれないけど、それをするのもなんだか怖い。
余計なことはしないで、柚木さんが部室に来てくれることを祈るしかないな。
部屋の明かりを消して、目を閉じる。今日はすごく寝つきが悪い。
それでも夜の一時すぎには眠りについて、次の日も学校で授業を受けた。
数学の眠たい授業で欠伸をかきながら、有栖川のきれいな横顔をひそかに眺めたりしてみる。
有栖川は真剣な顔で、今日も真面目にノートをとっている。たまにはさぼってもいいと思うけどな。
昼休みには如月や艸加と実のない話をして、放課後にまっすぐに部室へ向かう。
部室の鍵を開けて、ノートパソコンを立ち上げながら、部員たちが来るのを待っていた。
綿矢さんたち二年生と、一年生。村田に、先生も今日は早めに顔を出してくれた。
けれど、柚木さんの姿はなかった。