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第14話 柚木さんとデート?

「先輩、どうですかっ?」


 柚木さんが不安げに俺を見上げる。


「だめだ。何回電話しても出てくれない。どうしてなんだっ」


「そんな」


 比奈子は本当に拗ねて帰ったのか。


 子どもの頃に三人で遊んでいたときに、あいつが拗ねて先に帰ったことはあった。


 この歳になっても、そんなことをするなんて。


 スマートフォンを操作して、メッセージアプリを起動する。比奈子にメッセージを送る。


 今はどこにいるのか訊いてみたら、すぐに返信があった。


「ことちゃんが困ってると思うから、にい、がんばっ!」と、めずらしく絵文字といっしょに書き込まれていた。


 俺が何をがんばるんだよ。いや、そうじゃなくて、拗ねてなんていないじゃないか。


「用事があるなんて嘘だろ。いいから早く引き返してこい!」と送ったら、あっかんべーと舌を出す兎のスタンプだけが返ってきた。


「ひなちゃんから連絡はあったんですか?」


 柚木さんのおろおろしている姿を見ると、守ってあげたいという気持ちが強くなる。


「よくわからないけど、後はよろしくって。帰ってこいって言ったんだけど、全然聞いてくれないんだ」


「そうなんですか」


 俺たちも比奈子を追うように帰れば、余計な気苦労をせずに今日の残りの時間を過ごすことができる。


 でも、それでいいのか。


 柚木さんに岩袋までわざわざ来てもらって、まだ夕方でもないのに、帰り支度をするのは微妙じゃないか。


「ひなは帰っちゃったから、どこか違うところへ行こうか」


 柚木さんに聞こえないように唾を呑む。


 あっさり断られたら、いろいろと立ち直れなくなるかもしれない。


「はい」


 柚木さんは俺をじっと見つめて、静かに返事してくれた。


 思いつめる姿が儚くて、緊張感が一気に最高潮まで跳ね上がる。


 休日にふたりで岩袋を歩くなんて、まるでデートだ。


 デ、デート!? これはデートなのかっ。


 まずいぞ。意識し出したら、途端に顔が熱くなってきた。


「柚木さんは、どこか行きたいところある?」


「わたしは、どこでも」


 さっきも同じ質問をして、柚木さんを困らせたんだった。


「じゃあ、本を見たいから、上の階の本屋に行ってもいい?」


「はいっ」


 エスカレーターで上の階へ行く。


 柚木さんは静かになってしまったけど、俺の後をついてきてくれる。


 会話がないのは気まずい。柚木さんを見下ろして、右手に抱えている小犬のぬいぐるみが目についた。


「そのぬいぐるみ、持とうか?」


「い、いえ。だいじょうぶです。そんなに重くないですから」


 七階の本屋は、だだっ広いデパートのフロアをすべて借りているみたいだ。


 レジの前に設置されている雑誌のコーナーに、立ち読みをしている客の姿が見える。


「なんの本を買うんですか?」


 となりに来ていた柚木さんが首をかしげる。


「ラノベの新刊が出てるか確認したくてね。買うかどうかはわからないけど」


「あ、いいですね。わたしも見たいですっ」


 柚木さんと話を合わせるときは、本の話題を選ぶのが一番だ。


「柚木さんはラノベを読むんだっけ?」


「読みますよっ。女の子向けの恋愛小説ばっかりですけど」


「恋愛系か。『私は国を傾ける女』くらいしか知らないなあ」


「えっ、あれ、知ってるんですか? 楊貴妃が主人公のどろどろした恋愛小説ですよっ」


「恋愛小説でも、有名なものは読んでおこうと思ってね。前に図書館で借りたんだよ」


 柚木さんが口に手を当てて、くすりと笑った。


「さすが先輩ですね。少女向けのラノベまで知ってるなんて、やっぱりすごいですっ」


「有名なやつしか知らないけどね。柚木さんは、少女向けのラノベだったら、何が好き?」


「わたしは、『嘘と妖かしの宴』が好きですっ!」


「人間の女の子が妖魔になっちゃったラノベだねっ。名前だけなら聞いたことあるよ」


「なんで知ってるんですかっ。先輩はやっぱりラノベ詳しすぎですよ!」


 どこからともなく聞こえてきた咳払いに、はっとする。


「本屋では静かにしていないとね」


「そ、そうですね」


 気を取り直して、興味の引かれる小説があるかどうか探してみる。


 目の前の本棚には、少女向けのライトノベルの背表紙がずらりと並べられている。


「あっ、先輩。この本はおすすめですよ」


 柚木さんが取り出したのは、「囚われの花嫁」というライトノベルだった。


「このラノベは知らないなあ。中世ヨーロッパの花嫁が主人公なの?」


「はいっ! 敵の国に囚われてしまった主人公が、花婿の王子に会うために奮闘するっていうラノベです。そんなにシリアスじゃないですから、男子でも気軽に読めますよっ」


 ライトノベルの表紙に描かれた花嫁を眺める。


 純白のウェディングドレスに身を包む主人公の顔は幼い。花嫁の衣装を着た中学生みたいだ。


 恋愛小説は好きなジャンルじゃないけど、柚木さんが薦めてくれたから買ってみようかな。


「せっかくだから、このラノベ――」


 振り返ると、柚木さんが両手に思いっきり力を込めてガッツポーズをしていた。


「えっ、なんでガッツポーズをしてるの?」


「はい。だって、先輩が知らないラノベがあったので、なんか嬉しくなっちゃいましてっ」


 なんだよそれ。俺は物知り博士じゃないぞ。


「そういうことだったら、柚木さんに思いっきり嫌らしいクイズを出しちゃおうかな。信長関連の超マニアックな書籍の問題とか」


「それはやめてくださいっ」


 本や小説があると、やっぱり話しやすい。ここに来て正解だった。


「先輩っ、『花嫁』買うんですか?」


「柚木さんのおすすめだったら、外れないからね。明日の昼までにスマホで感想を送るよ」


「そんなに早く読まなくていいですよっ」


 言いながら柚木さんが苦笑した。


「そういえば、先輩はどのくらいのペースで小説を読むんですか?」


「どうだろう。ちゃんと考えたことはないけど、このラノベだったら、一晩で読み終わるかなあ」


「あっ、やっぱり早いですね」


「ハードカバーだったら、もうちょっとちゃんと読むけど、それでも二日で読み終わっちゃうかな。柚木さんも同じでしょ?」


「はい。ですから、ラノベは買わないで借りてばっかりです」


 好きなライトノベルを一冊ずつ買うと、お金がかかるし、保管場所にも困る。とても賢い選択だ。


「先輩はいつも新品で買うんですか?」


「いや、俺も図書館で借りたり中古で買ってばっかりだよ。新品で買ってたらお金がなくなるし、部屋のスペースもなくなるからね」


「ですよね! わたしの部屋も、昔に読んだラノベが多くて困ってるんですよ」


 柚木さんの部屋の本棚には、センスのいいラノベや小説がたくさん並んでいるんだろうなあ。


「柚木さんのうちの本棚は見てみたいな。知らないラノベがいっぱいありそうだし」


「だめです! うちの本棚を見たら、先輩は絶対にドヤ顔で語りますし、部屋も散らかってるから――」


 柚木さんに薦められたライトノベルを持って話していると、咳払いがまたどこからともなく聞こえてきた。


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