第139話 有栖川が気になる?
「ねえ、宗形」
艸加が丸い顔で尋ねてくる。
「なんだよ」
「宗形はさ。実際、有栖川のことをどう思ってるの?」
真顔で言われると、視線を逸らしづらい。
「どうって言われてもな。しゃべるようになったのは最近だし、あいつのことを知ってるわけでもないから」
「ふうん」
「あいつのことを知らないのに、好きになったりしないだろ」
「そうかなあ。そんなことはないと思うけど」
艸加が細い目で俺を見て、
「有栖川を好きかどうかと、あいつを知ってるかどうかは関係ないんじゃない?」
おっとりしている口調で、意外なことを言い出した。
「そうか?」
「そうでしょ。だって、その女子のことを知らなくても、女子を好きになるんだから」
女子を知らなくても、好きになる?
「さっきのお前みたいにか?」
「ぼ……!?」
ぼっ、と艸加の顔に火がつく。
「僕のことは、べつに、いいじゃないかっ。僕は、一般論として、そうだと言いたいだけ」
こいつの言う通りかもしれない。
「艸加くん。きみもなかなか言うじゃないのさ」
如月が無駄に身体を回しながら割り込んできた。
「女子のことを知らなくても、好きになることがある。まったくもって、きみの言う通りさ」
「僕はっ、思ってることを、言っただけだからねっ」
「その割りには、顔がお熱になっておりますぞー」
如月がにやにやしながら、艸加の頬をつつく。艸加が嫌がって如月を引き離した。
有栖川を好きかどうかと、あいつを知ってるかどうかは関係ない。
一目惚れすることだってあるのだから、相手との親密度と恋愛に比例関係はないのか。
じゃあ俺は、有栖川のことが好きなのか?
有栖川はきれいだし、いいやつだし、お互い部活の副部長で苦労しているから、共感できる部分もある。
でも、好きなのかと言われたら、よくわからない。嫌いではないのは確実だけれども。
サッカーコートでボールを追っている有栖川が、俺たちに気づいた。
芸術品みたいな白い肌に、雨雫のような汗が流れている。
有栖川は恥ずかしいような、少し気まずそうな顔でうつむいた。
「有栖川は、やっぱり可愛いよなあ」
如月がぼけっとした顔でつぶやく。頭のてっぺんから白い花が咲きそうだ。
「才色兼備で、うちがお金持ちなんだもんねえ」
「そうなんすよ。わかってくれましたか、艸加さん」
「二年にあがったときから、僕はわかってたよぅ。でも僕は、宗形の後輩の方がいいけどね」
「きみは頑固なのさ」
艸加と如月が「えへへ」と口元をだらしなく緩めた。
* * *
有栖川たち女子のサッカーのチームは、健闘むなしく負けてしまった。
男子のドッジボールも負けて、残ったのは俺たちと、女子のドッジボールだけか。
「がんばったんですけど、試合に負けてしまって残念ですわ」
帰りのホームルームのとなりの席で、有栖川が肩を落としている。
クラスメイトの大半が体操着のままなのに、有栖川だけは制服に着替えている。
「向こうにはサッカー部の部員がいたんだから、仕方ないよ」
「そうですけれど、負けるのはくやしいですわ」
有栖川が地団駄を踏むような表情で言う。
「宗形くんたちが応援してくださってたのに、残念でなりません。来年の球技大会では、勝てるように精進いたしますわ」
――有栖川のことをどう思ってるの?
艸加の言葉が頭で反芻される。
あいつらが余計なことを言ったから、意識しちゃうじゃないか。
「宗形くん?」
有栖川が小首をかしげて俺の顔をのぞいてくる。距離が、近いって!
「お顔が、少し赤いみたいですけど」
「そんなことないって」
今日の有栖川は、なんか積極的だ。心臓に火がついたように鼓動が早くなる。
「具合が、よろしくないのですか?」
「いや、だいじょうぶ。風邪とかは引いてないから」
鞄の中を漁る有栖川を制止する。
「有栖川だったら、次の球技大会で勝てるよ」
「そうでしょうか」
「そうだよ。真面目に球技大会に参加してるんだから」
「そうだと、よいのですが」
有栖川が弱弱しくつぶやく。
窓側の席から、突き刺さるような視線を感じる。きっと如月と艸加だ。
「男子は羨ましいですわ。サッカーの試合に勝てて」
「羨ましくなんてないよ。女子の方が羨ましいって」
「どうして?」
有栖川が生真面目な顔で問う。
「どうしてって」
「男子は試合に勝てたのですから、男子の方が羨ましいに決まってますわ」
有栖川って、ほんとに真面目だ。寸分の淀みもない瞳の輝きに、つい尻込みしてしまう。
「明日の試合も、勝てるといいですわねっ」
「あ、ああ。そうだね」
明日の試合は手抜きできないぞ。如月と艸加にも後で言っておかないと。
「宗形くんは、これから部活ですの?」
「いや、今日はもう帰るよ。みんな、くたくただから」
「そうですか」
「有栖川は?」
「漫研も、今日はお休みですわ」
やる気のない文化部は、どこもお休みだからね。
「じゃあ、帰ろっか」
「はい。あ、宗形くんは、制服に着替えなくて、よろしいのですか?」
制服に着替えていないことを忘れてた。
「いいよ。めんどくさいから、このままで」
「えっ、ですが」
「みんなもだいたい着替えてないからね」
有栖川と教室を見回す。放課後の教室で、体操着のままのクラスメイトは半分以上もいる。
「みなさま、制服には着替えないのですね」
「着替えるのは面倒だからね。先生もいちいち言って来ないから」
「体操着で帰宅するのは、お行儀がよくないと思うのですが」
有栖川が不服そうに鞄を持った。