第137話 球技大会のお昼休み
ミニサッカーとドッジボールは、それぞれの試合がトーナメント方式で行われる。ひとつの試合の時間は三十分だ。
ドッジボールは、どちらかのクラスの内野の選手がいなくなった時点で試合が終了するが、三十分の制限時間が設定されているらしい。
ミニサッカーもドッジボールも、同点で試合が終了した場合は、コイントスで決着を決めるようだ。
優勝したクラスには景品が一応贈呈されるらしい。だけど、うちの学校の生徒会が用意する景品なんて、絶対しょぼいに決まってる。
それでも、運動神経のあるクラスメイトたちは、優勝を目指して張り切っている。
「午前中の試合は、なんとか勝てたなあ」
お昼休みになって、如月と艸加の三人で食堂のテーブルを挟む。
「明日のことを考えたら、あの試合で負けた方がよかったんだけどねえ」
「そうだなあ。しかし、いざ試合になると、つい向きになっちまうんだよな」
「宗形は真面目だねえ」
ずるずると音を立てながら、味噌ラーメンをすする。ゴムのような麺は、今日も全然おいしくない。
如月が箸で俺を差して、
「宗形。きみはゴール前を守ってるのだから、きみが手を抜けばいいのさ」
「そうしたいのは山々だけど、そんなことをしたら、俺がサッカー部の連中に恨まれるから嫌だぞ」
「そこは、うまくやるのさ。一生懸命に守ってる風を装ってだな。サッカー部の連中に必死さをアピールするのさ。やつらは脳筋だから、私たちの高度な芝居には気づかんさ」
如月がドス黒いオーラを全開にして言い放つ。艸加が若干引いた感じで、
「いや、そこまでしなくても、よくない?」
「よくない!」
だんっ! 如月が乱暴にテーブルを叩いた。ラーメンのスープが少しこぼれたぞ。
「必死さも何も、今日の試合は一方的だったんだから、僕たちがいくらさぼっても意味ないんじゃないの?」
さっきの試合の対戦相手だった一年三組は、サッカー部の部員が少なかったのか、かなり弱かった。最終スコアも四対零の圧勝だったし。
如月が箸をプラスチックのトレイへ置く。額の前で緩やかに曲がった髪を掻き上げて、
「ふっ。残念ながら、きみの言う通りさ」
「どうでもいい話し合いで、いちいちかっこつけるなよ」
「私はかっこつけているのではない。優雅な生まれゆえ、優雅な動作に自然となってしまうのさ」
三十五年ローンの一戸建てに住むお前の生まれのどこが優雅なんだよ。
如月がテーブルに飾られている造花に手を伸ばす。
薔薇のように紅い花びらをうっとりとながめて、
「有栖川はどうして私を選ばずに、こんな小汚い男を選ぶのさ。純粋なきみは、ああ。本当に罪な存在さ」
俺と艸加がドン引きしていることを気にも留めず、花びらを一枚ずつとっていく。
それ、食堂の備品なんじゃないの? という艸加の指摘も完全に無視して、
「宗形、きみもそう思うだろう?」
無駄に訊ねてきた。
「そう思うって、何がだよ」
「きみよりも、私の方が彼女にふさわしいかどうかさ。江戸時代の小汚い農民の末裔であるきみより、私の方が彼女にふさわしいじゃないか」
お前の先祖も、江戸時代の小汚い農民だろうけどな。
「ああ。そうなんじゃないか」
「きみは、どうして返答がいつも投げやりなんだね。もっと真面目に答えたまえ」
「真面目に答えたって、自分の意見を曲げる気はないんだろう?」
「もちろんさっ」
如月が「ははは」と高らかに笑った。
「優雅で高貴な私が、きみたちの意見なんて、聞くわけがないだろう?」
艸加と見合わせて、そっとため息をつく。コップの水を一口で飲み干して、席を立っ――。
「あっ、にいだ!」
この声は、もしや。
テーブルとカウンターの隙間の通路に、トレイを抱えている比奈子がいた。
体操着の比奈子の後ろには、柚木さんと四橋さんもいる。目が合うと、ふたりは浅く会釈した。
「ほら、にいのとなりが空いてるよ!」
「あっ、うん」
比奈子が後ろのテーブルの間隙を縫って近づいてくる。
俺のとなりの席にトレイを置いた。
「ほら、にいも、そこに座るっ」
「はいはい」
柚木さんが如月のとなりの席に座る。
あいつに申し訳なさそうに会釈するが、如月は石像のように固まっている。艸加の緊張っぷりも半端ない。
比奈子のトレイに乗っかっているのは、味噌ラーメンだな。俺といっしょかよ。
対して柚木さんの昼食はお弁当だ。女の子らしいサイズの、薄いピンク色のお弁当箱だ。
四橋さんのごはんは、購買のサンドイッチだ。ツナと卵のサンドイッチだった。
「つうかさあ、にい、さっきの試合なによ。ゴール前で立ってただけじゃん」
比奈子が出し抜けに俺をいじってくる。
「仕方ないだろ。守備要員なんだから」
「なんでフォワードじゃないのよ。こんなださい兄貴をもつ妹の身にもなってよ」
だったら、俺のとなりで飯なんて食うなよ。
「無茶言うな。俺は、サッカーなんてやったこともないし、お前みたいに運動神経がいいわけでもないんだぞ」
「そこは気合でカバーするのよ。まったく、いつも言い訳ばっかりなんだから」
比奈子がラーメンを一口に頬張る。男子が見てるから、もう少し淑やかに食え。
「ひなちゃんも、サッカーの選手なんだよね」
対面の席で柚木さんが女子っぽく笑う。
「そ。これから試合だよ。ぼこすか点を取りまくってやるわよ!」
「ひなちゃんだったら、たくさん点がとれそうだねっ」
柚木さんが、となりの四橋さんと顔を見合わせて笑った。
「柚木さんは、サッカーとドッジボール、どっちにしたの?」
「わたしは、ドッジボールですっ」
「試合はもうやった? それとも、これから?」
「試合は、さっきやりました。三年生が相手だったので、負けちゃいました」
三年生が対戦相手なのでは勝つのが難しいな。
「一応、内野の選手だったんですけど、試合がはじまって、すぐにボールを当てられちゃいまして。わたしもサッカーにすればよかったです」
女子でも投げる球の速い人はいそうだからなあ。
「ドッジボールも運動神経のよさで分かれるからね。仕方ないよ」
「はい」
「俺も運動神経はよくないからね。強い球を投げられたら、すぐにアウトになりそうだよ」
四橋さんはサンドイッチを持ったまま、俺と柚木さんを見守っている。
比奈子は、さっきの口うるさい姿から一変、大人しく麺をすすっている。
如月と艸加も、柚木さんたちに怯えて硬直してるし。
みんながしゃべってくれないと、やりにくいんだよな。
「四橋さんは?」
「はっ、はいっ。あたしも、ドッジボール、ですっ」
四橋さんの甲高い声が食堂の天井に響く。
「四橋さんもドッジボールにしたのか。試合はもうやった?」
「はいっ。あたしの、チームも、負けてしまいまして」
四橋さんのクラスも負けてしまったのか。
そういえば、四橋さんの所属するクラスは比奈子と同じ四組だったはずだけど。
「四橋さんって、ひなと同じクラスだよね」
「そうよっ」
比奈子が突然にラーメンの汁を飛ばしながら言った。
「くみちゃんが負けちゃったから、うちのクラスのテンションはどん底なのよ。だから、サッカーでなんとしても勝たなきゃいけないの」
比奈子が重大な使命を帯びた映画のヒロインのように言い放つ。
たかが球技大会で、そこまで熱心にならなくてもいいと思うけどな。
「つうわけだから、にい、必死になって応援してよね」
「はいはい」
俺が適当に相槌を打つと、比奈子が「やる気がない!」と早口で捲し立ててきた。