第136話 球技大会と他のクラスメイトたち
文化祭の頃ほどではないけれど、部活の問題が微妙にごたごたしてきたから、今日から球技大会が行われることを忘れていた。
球技大会は、男女別のクラス対抗で行われる。競技はミニサッカーとドッジボールだったはずだ。
球技大会の二日間に授業が行われないせいか、クラスメイトたちは全体的に浮かれている。
競技の優勝に闘志を燃やす者。
だれにも聞かれていないのに、競技をさぼると公言する者。
まだ朝なのに、お昼休みのことばかり話している者。
普段の気だるい学校生活で見ることのできない教室のこの風景は、嫌いじゃない。
「宗形くんは、ミニサッカーとドッジボールのどちらの競技に参加されるのですか?」
朝のホームルームのすぎたにぎやかな時間。
となりの席で、体操着とジャージに着替えた有栖川が微笑む。
赤ワインのような美しい色の髪を今日は首元で括っている。すっきりした襟元から、細い首が優美な線を描いている。
「俺は、ミニサッカーだよ」
体操着に着替えた有栖川も、きれいだ。
普段の優雅な印象と異なる、やや活動的な雰囲気に心がときめく。
「まあ、わたくしといっしょですわ!」
有栖川が天使のような笑顔で声を弾ませた。
「えっ、有栖川もミニサッカーにしたの?」
「ええ。ミニサッカーって、どのような競技なのか、存じ上げませんけれども、参加する方が少なかったみたいですので、わたくしもミニサッカーにしましたの」
「なるほど。有栖川らしいや」
「その、思い切ってミニサッカーを選んでしまったのですが、ミニサッカーとはどのような競技なのですか? わたくしに教えていただけませんか」
有栖川の真面目に問う姿がおかしかった。
「ミニサッカーは、サッカーを少人数でやる競技なんじゃないかな。詳しいルールは知らないけど、人数が少ないのと、コートが狭いこと以外はサッカーと同じなんだと思うけど」
「サッカーって、あれですよね。ボールを蹴って、お相手のゴールへ入れる競技ですわね。瀬場から何度か聞いたことがありますわ」
「そうなんだ。瀬場さんってサッカーが好きなの?」
「おそらく。ワールドカップですか? サッカーの大きな試合の話を、わたくしによくしますから」
女子のクラスメイトに呼ばれて、有栖川が席を立った。
「それでは、宗形くん。ごきげんよう」
「ああ。ごきげんよう」
彼女の挨拶につられて、慣れない言葉を交わした直後、
「きみ、いつから有栖川と仲良くなったのさ!?」
図ったようなタイミングで、強烈な力で首を絞め付けられた。
「小学生の頃から、お互い抜け駆けするのはやめようなって、契りを交わした仲じゃないかっ。それなのに、ずるいじゃないのさっ!」
俺に暑苦しく迫ってくるのは、クラスメイトの如月だ。
小学生の頃からの腐れ縁だが、気持ち悪い契りを交わした覚えはないぞ。
乱暴にまとわりつく如月を引き離す。如月は、きざったらしい前髪を乱していた。
「いきなり首を絞めるなよ。けっこう苦しかったぞ」
「きみが私を差し置いて、有栖川と抜け駆けしようとしてたからさ。きみはフェアじゃないっ。フェアじゃないぞ。そんなことでは、きみの内に眠る騎士道精神が育たないぞ!」
今日もまた訳のわからないことを言い散らしてるな。この面倒くさい性格は、いつものことだが。
「如月の言う通りだよ。宗形って最近、微妙にもててるよね」
同じくクラスメイトの艸加が、いつもののろま口調であらわれた。丸いお腹に愛嬌は、感じない。
「そんなことはないだろ。俺は普通だ」
「そうかなあ。この間も、有栖川といっしょに帰ってたもんねえ」
「なんとっ!?」
如月の目の色がまた変わった。俺の胸倉を乱暴につかんできて、
「きみ、それはどういうことさ!? 私にくわしく教えたまえっ!」
「や、やめろっ」
前後左右に振り回されたから、目が回ってしまった。
「お前らも、ミニサッカーのメンバーだっただろ。外に行こうぜ」
「あ、待てっ、宗形! 逃げる気かっ」
如月と艸加が後についてくる。
「ねえ、宗形。あの超堅物の有栖川と、どうやって仲良くなったんだよ」
「そうさ。私たちにわかるように、ちゃんと説明したまえよ」
有栖川の話題から、なかなかはなれないな。
廊下の階段を下りて、返答を考える。改めて問われると、どうやって仲良くなったんだっけ。
「文研と、漫研の、副部長だから?」
「くっ、そういうことかぁ」
如月が、お笑い芸人のオーバーリアクションのように崩れ落ちる。
艸加も腹を揺らしながら、わざとらしく頭を抱えていた。
「部活の力か。女子と仲良くなるには、やはり部活の力が必要なのか」
「僕たちも、女子のいる部活に入り直さないと、だめなんだよ」
「そうだよなあ、友よ」
如月と艸加が、階段の踊り場で抱き合っている。通りがかった一年の女子に気持ち悪がられたぞ。
「そうとわかれば、如月」
「そうさ。私たちのすることはひとつ」
「このリア充を、学校から追い出すんだ!」
「やめろ!」
有栖川と仲良くなりたいんだったら、漫研にでも入ればいいじゃんか。
「如月と艸加は、何部に入ってるんだっけ」
「僕たちは生物部だよー。部員は、僕たちを含めて四人だけ」
「そうかあ。みんな男子だっけ」
「そうさ。私たちは、軟弱な文研と違って、ストイックに活動しているのさ」
へえ。だから、毎日ストイックに帰宅してるのか。
昇降口で外履きに履き替える。
向こうのよく晴れた校庭を見やると、気だるさが倍増する。
「まあ、現実から目を背けたところで何も意味はない。今日という日を乗り切り、輝かしい未来へ突き進んでいこうじゃないか」
如月が朝日を受けて無駄にかっこつけるが。
「明日も球技大会だけどね」
「それは言うなあ」
艸加から冷静な突っ込みを入れられて、如月がまたわざとらしく膝から崩れ落ちた。
「運動音痴の僕たちにとって、球技大会って一種の拷問だよね」
「拷問というより、公開処刑さ。情けない姿を女子たちに見せる」
「サッカー部とか野球部のやつらが、ここぞとばかりに見せつけてくるから、すごい嫌なんだよね。早く帰ってゲームしたいよ」
艸加の気持ちはよくわかる。俺だって、女子の前でサッカーなんてしたくない。
「球技大会って、校庭と体育館で試合するんだよな」
「そうさ。ドッジボールは屋内でするものだけど、体育館だけではコートが足りないから、校庭でもドッジボールをやるのさ」
「サッカーにしないで、ドッジボールを選んでればよかったね」
艸加の意見に激しく同意する。今さら競技は変更できないけど。
「でも、ドッジボールはあれだからさ」如月がかっこつけながら、
「ボールに当たったら痛いからさ。やはりサッカーを選んだ私の判断は、賢明だったのさ」
「サッカーでもボールに当たるけどな」
「なんとっ!?」
さらりと反論すると、如月がまたオーバーリアクションで倒れそうになった。
艸加は、いちいち面倒くさい如月を見なかったことにして、
「試合なんて、かったるいから、さっさと負けて、体育館裏でゲームでもしようよ」
「そうだな」
おっとりマイペースな口調で言った。
校庭でおしゃべりする女子の集団の中に、文研の後輩の姿がちらほら見える。
比奈子や、四橋さんと話す柚木さんの姿もあった。