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第127話 有栖川は堅物だけどいいやつだ

 ホテルのロビーのような空間が前面に広がっている。


 二階のフロアの中央から、二本の階段が左右に伸びている。


 床は大理石みたいなタイルだ。


 白を基調としたフロアに赤いタイルが網目状に埋め込まれていて、とてもおしゃれだ。


 ロビーは二階まで吹き抜けになっているのか、天井がすごく高い。


 学校の体育館――の天井よりは低いか。でも、思わず体育館と比較したくなるほど天井が高い。


 金色のシャンデリアまでぶら下がっているし。


「宗形くん。こちらですわ」


 有栖川が屋敷の奥へ手招きする。


 紫色の絨毯が引かれているこの部屋は、客間なのかな。


 部屋の真ん中に長いアンティークテーブルが置かれて、八つのダイニングチェアがテーブルを囲んでいる。


 開放的な窓の縁は金色で、森を描いた大きな風景画が飾られている。


 この敷地の森を描かせたものかもしれない。


 風景画の優しい筆遣いが心を和ませる。


「すぐに食事を用意させますから、椅子へおかけください」


 貴族の家にありそうな重い椅子を引く。


 平常心を保つように努力してみる。けれど、どうしても落ち着かない。


 向かいの席に有栖川が座っている。


 俺をちらちらと見ながら、話すタイミングを伺っているのかな。


「有栖川のうちって、すごいな。こんな豪邸に住んでるんだもんな」


「いえ。大したことはありませんわ。もっと広いうちに住んでいる方は、たくさんいらっしゃいますから」


「そうなんだ。うちは、有栖川のうちの何百分の一の広さなんだろう。考えるのもばかばかしくなってくるよ」


「そうなのですか? 宗形くんのうちを拝見してみたいですわ」


 うちなんて、一ミリも見る価値はないと思うけどね。


「宗形くんのうちは、小間にあるのですか?」


「そうだよ。小間の駅から歩いて十分くらいの距離かな」


「駅へ歩いていけるのは、とても便利ですわね」


「えっ、そうかな。普通だと思うけど」


 サラダの盛られている白いボウルが俺の前に置かれた。


 見上げると、瀬場さんのにこりと微笑む顔があった。


「前菜の新鮮野菜のグリーンサラダでございます」


 見た目はクルトンの入ったサラダだ。


 レタスの盛り方や胡瓜きゅうりの切り方がおしゃれなことを除けば、うちの夕食で出されるサラダと大差はない。


 銀のフォークでサラダをいただく。


 レタスと胡瓜はとてもみずみずしくて、野菜特有の臭みがない。


 採れたてだから、野菜に雑味が混ざっていないのか。


 それとも、さり気なく味付けされているドレッシングが野菜の味を引き立てているのか。


「うちは駅から遠いので、車がないと移動することができないのです」


「そうなの?」


「ええ。小学校も中学校も、うちの近くになかったので、通学するのが大変でしたわ。駅の近くにうちがあって、とても羨ましいですわ」


 有栖川の口調から、いやらしさは感じない。本心なんだ。


 この豪邸に意外な盲点があったなんて。


 サラダといっしょに出されたコンソメスープをいただく。


 具が入っていなくて地味だけど、かなり手間のかかっていそうな代物だ。


 市販の出汁のような濃い味付けではないけど、肉や野菜の自然な味がしっかり感じられる本格的なスープだった。


「おいしいよ。こんなにおいしいサラダとスープをいただいたのは、生まれて初めてだ」


「本当ですかっ!?」


 有栖川のやや強張っていた顔が、一瞬で柔らかくなる。胸の前で手を合わせて、


「日直で宗形くんに助けていただいた恩を、ずっと返したかったのですが、やっと返すことができましたわっ」


 声を弾ませて言った。


 有栖川が今日に会おうと言い出した理由は、やっぱり日直の件だったのか。


「恩って、学級日誌の感想を替わりに書いただけでしょ。それだけなのに大げさだよ」


「いえ。どのようなことでも、恩であることに変わりありませんわ。有栖川家の者として、いただいた恩は返さねばなりません。ですから、大げさではありませんわ」


 有栖川は真面目、いや堅物だ。


 三国志の関羽かんうって、きっと有栖川みたいな感じなんだろうな。


 有栖川は、関羽か。


 長い顎鬚あごひげを生やした彼女を想像すると、おかしさが急に込み上げてきた。


「な、なんですの!?」


 有栖川が顔を赤らめる。余裕のない表情が幼い印象で、とても可愛い。


「いや、ごめん。有栖川って超真面目だなあって、思って」


「そ、そんなことは、ありませんわ。普通ですわ」


 そう言いかけて、有栖川が恥ずかしそうにうつむいて、


「真面目だとは、まわりの方々からよく言われますけれど」


 正直な気持ちを吐露する。有栖川は堅いけど、いいやつだ。


「わたくしは普通にしているだけですのに、まわりの方々は、もっと肩の力を抜けとおっしゃりますの。肩の力なんて、入れてはいないのですが」


 俺たちの普通の感覚で考えれば、有栖川は肩の力が入っているように見えるけどなあ。


 でも、有栖川にとってはこれが普通なのだから、やり方を変えろと言われたら戸惑うんだろうな。


「有栖川が気に病むんだったら、まわりの人たちの意見は気にしなくていいと思うよ」


「そうでしょうか」


「うん。有栖川は悪いことをしてるわけじゃないから、有栖川が変えたくないことを無理して変えなくていいと思うんだよ。やり方や考え方を無理に変えるのは、つらいでしょ」


「でも、わたくしのために、みなさまが忠告してくださっているのですから、みなさまの忠告を受け入れた方がいいと思うんです」


「そうかなあ。無理だと感じることは、受け入れなくていいと思うけど」


 有栖川の今の言葉を録音して、比奈子に聞かせてやりたいぜ。


「苦痛なのかどうかは、よくわかりませんが、どうすればいいのかと思うことはありますわ。わたくしは、別段気を配っているわけではございませんので、肩の力を抜けとおっしゃられても、具体的な方法がわからないのです」


「普段のやり方を変えろと言われたら、困惑するだろうね」


「宗形くんは、そういう経験はおありですか?」


 有栖川にまっすぐに見つめられると、どきりとする。


「どうかなあ。妹から毎日のように言われてるけど、俺はあんまり気にしてないからなあ」


「宗形くんには妹様がいるのですね」


 俺と有栖川の会話が途切れたタイミングを見計らうように、瀬場さんがあらわれる。


 差し出されたメインディッシュは、サーロインステーキ!?


 ステーキのランクなんて、見た目で判断することはできないけど、ここで提供されるステーキなんだから、極上のステーキであることに違いない。


 黄金に輝くナイフをステーキへ差し込む。ナイフに力を込めなくても、ステーキが簡単に切れてしまう。


 なんだ、これ。本当にステーキか? うちやファミレスで食べるステーキとは全然違うぞ。


 期待に胸を躍らせて、切り分けたステーキを口へ運ぶ。


 柔らかい肉は肉汁を口へ溢れさせて、すぐに溶けてしまう。


 塩胡椒のあっさりした味わいが、牛肉のうまみと絶妙に絡み合う。


「うまいっ。うまいよこれっ。最高!」


 絶品の味わいにごはんが進む。


 このステーキは、絶対にA5ランクの極上のステーキだっ。


 有栖川がお嬢様のような淑やかさで笑う。


「宗形くんはステーキがお好きなのですね」


「もちろんだよっ。ステーキが好きじゃない人なんて、いないんじゃないか?」


「そうなのでしょうか。お父様は、あまり召し上がりませんけれど」


 こんなにおいしいステーキを食べたがらないなんて、贅沢なお父様だな。


 極上のステーキは、すぐに食べ終わってしまった。有栖川のうちへ来て、よかったあ。


 有栖川は、フォークとナイフを皿に静かに置いて、


「瀬場。わたくしたちのことは気にせず、あなたも適当にくつろいでね」


「はい。お気遣い感謝いたします」


 部屋の隅で待機している瀬場さんを気遣った。


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