表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

120/164

第120話 柚木さんはやっぱり可愛い

「小説を考えるのって、難しいですね」


 俺のとなりで柚木さんが言った。


「小説を書く人や読む人によって、このみが異なりますから。だれでも楽しめる小説が書けたら、苦労しないんですけど」


「そうだね。万人受けする小説が書ければいいんだけど、そんな小説はとても書けないし」


 だれもが楽しめる小説を書きたい。


 だけど、そんな夢のような小説を、どうやったら書けるのだろうか。


「面白い小説が書きたいけど、今日も思いつかないね。どうしよう」


「わたしは、先輩が書きたいものを書けばいいと思いますけど」


 柚木さんが眉をひそめて言った。


「先輩の書く小説、わたしは好きです。先輩の小説にはこだわりがありますし、安心して読み進めることもできますから」


 きみは、いつもそうやって俺を認めてくれる。


「もっと面白い小説を書きたいと思うのは、すごいことだと思います。けど、無理して小説を書かなくてもいいんじゃないですか。先輩には、小説を楽しく書いてほしいですから」


 夏休みに小説を書いていたときも、柚木さんは同じことを言ってくれた。


 俺を気遣ってくれるこの配慮が、人為的な演技によって行われているのだろうか。


「先輩?」


 気づくと柚木さんが、困惑しながら俺を見ていた。顔を少し赤らめて。


「先輩、どうかしたんですか。わたし、なんか変なことを言いましたかっ」


 目をきょろきょろさせて、まごつく姿を取り繕わないのが、すごく可愛い。


 胸が瞬間的に跳ね上がり、胸の中にある何かが部室へ飛び出してしまいそうだった。


「いや、別にっ。つい、ぼーっとしちゃって」


 電子レンジに入れたおにぎりのように、顔面が急速に温められる。俺は、とっさにうつむいた。


 俺の耳元で、くすくすと忍び笑いする声が聞こえた。


「先輩も、ぼーっとすることがあるんですね。知りませんでしたっ」


「それはそうさ。考えがうまくまとまらないことだって、たくさんあるんだから」


「わたしはまた、先輩が難しいことを考えてるのかなって、思ってましたっ」


 柚木さんが、からかうように言う。けれど、嫌らしさはまったく感じられない。


「またって、それじゃ俺が偏屈で気難しい人みたいじゃないか。全然そんな感じじゃないのに」


「遊園地で観覧車の話をしてた先輩は、ちょっと偏屈で気難しい感じがしましたけどねっ!」


「それは気のせいだよ。柚木さんの身の回りで、観覧車について深く洞察する人が今までにいなかったから、俺の考えが珍しく思えただけさ」


「わかりましたっ。では、そういうことにしておきます!」


 柚木さんが声に出して笑った。


「遊園地の話をひなちゃんにしたら、ひなちゃんも笑ってましたよっ」


「あいつのことだから、俺を老害だとか、ぼけがはじまったって言ってたんでしょ」


「はい。そんな感じのことを言ってましたっ」


 今日の柚木さんは上機嫌だ。


 昨日は体調が悪かったせいか、身体がかなり重そうだったけど、今日は声のトーンが高い。


「ひなに馬鹿にされるのは、いつものことだからね。別に気にしないけど」


「それだけ先輩のことが好きなんですよ。ひなちゃんと遊ぶと、先輩の話ばかりしますからっ」


 恥ずかしいから、俺の話はしないでほしいんだけどな。


「昨日借りたパソコンの本は読んだ?」


「パソコンの本、ですか?」


 柚木さんが目を何度か瞬く。


「あっ、はい。少しだけ読んでみました。とてもわかりやすい本だなあって思いますっ」


 柚木さんの目が、きょろきょろと左右に動いていた。


「そっか。それはよかった」


「パソコンは、まだ苦手のままですけど」


「すぐに克服はできないでしょ。ゆっくり勉強していけばいいんじゃないかな」


「はい。パソコンって、苦手意識がどうしても消えないので、向き合うのがつらいんです」


 その気持ちはすごくよくわかる。ジェットコースターとか、超苦手だし。


「苦手意識を克服するのは大変だよね。俺も同じだし」


「先輩でも苦手なものがあるんですかっ?」


「もちろんあるよっ。だって、ほら。高いところが苦手だし」


「あ、そうでしたねっ」


 柚木さんが口に手を当てて笑う。


「ジェットコースターに乗ってたとき、顔が真っ青でしたっ」


「そりゃそうさ。頼りないレールにつながってるだけの乗り物で、高いところを超高速で移動させられるんだから。一歩間違えたら死んじゃうんだよっ」


「ですから、絶対に死にませんって!」


「きみはわかってないな。遊園地ができたばかりだったら、まだマシだけど、古い遊園地でジェットコースターが老朽化していて、あの乗り物やレールの充分な点検ができていなかったら、俺たちは――」


 文研の部員たちが会話を止めて、俺に目を向けていることに気づいた。


 部員たちの視線が鋭くて、いたたまれない。咳払いでごまかした。


「つまりだ。苦手意識を克服するのは、とても難しいということさ。苦手なものや苦手な理由は人それぞれだけど、克服するためには、それ相応の努力と覚悟が要る。だから、すぐに克服できなくていいんだよ」


「はい。なんだか、すごく説得力のある言葉でしたっ」


「ああ、そう。それなら、いいんだけど」


 わずかに馬鹿にされている気がするけど、わかってくれたのなら、いいや。


 部室の後ろの扉が音を立てて開く。柚木さんと文研の部員たちが振り返る。


「おはようさん」


 部長だ。部室に来るなんて、何日ぶりだろう。


 部長は鞄を肩に下げて、眠そうに目をしょぼしょぼさせている。


「部長。お久しぶりです」


「あら、むなくんに柚木はん。ふたりとも元気、ではなさそやね」


 部長が柚木さんの向かいの席に座る。彼女のマスクをつけた顔を見て、表情をわずかにくもらせた。


「日曜日に体調が急に悪くなりまして、風邪を引いちゃいました」


「今月になって、急に寒くなってきたからな。薄着でおると危ないな。でもマスクをつけて、みんなに風邪をうつさないようにしてるのは、偉いな」


「はいっ。学校に行くんだったら、マスクをつけなさいって、お母さんがうるさいので」


「ほほ。親なんて、どこのうちもそないなもんよ。うちかて、口を開けば、勉強しろ、勉強しろしか言わんさかい、ほんと、嫌になるわ」


 部長が「はあ」と嘆息した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ